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  • ありがとう、トニ・エルドマン(2016) directed by Maren Ade by TSUYOSHI KIZU June 02, 2017 1
  • マスター・オブ・ゼロ(2015-) created by Aziz Ansari and Alan Yang by TSUYOSHI KIZU June 02, 2017 2
  • 怪物はささやく(2016) directed by J.A. Bayona by TSUYOSHI KIZU June 02, 2017 3
  • セールスマン(2016) directed by Asgha Farhadi by TSUYOSHI KIZU June 02, 2017 4
  • 残像(2016) directed by Andrzej Wajda by TSUYOSHI KIZU June 02, 2017 5
  • 2時間42分もあるこのドイツ映画が2016年最高の映画として世界中から愛されたのは、たんに父娘の葛藤と愛がユーモアたっぷりに描かれていたからだけでなく、現代らしい問題意識がそこに含まれていたからだろう。容赦なく合理化を進めるグローバル企業で働く娘イネスの仕事や生き方を父ヴィンフリートはあまり快く感じられず心配しているが、父はそのことをどうやって娘に伝えればよいのかわからない。つまり、父は20世紀後半を生きた世代、娘は21世紀の非人道的な資本主義を受容する世代として配置されており、その分断がここでは語られているのだ。20世紀の遺産はどこへ行くのだろう……という、近年のポップ・カルチャーが提示する問題がここでも掲げられている。だが、そして、ここからがこの映画のチャーミングなところなのだが、父は娘に説教するのでもなく懇願するのでもなく、「トニ・エルドマン」という意味不明なキャラクターを演じることによって娘(=次世代)とコミュニケートしようとする。いつだって大切なのはアイデアとユーモア、そして思いやり。シュールな笑いに満ちた映画だが、その芯にあるのはそうしたシンプルで人間的な心に他ならない。

  • 今年シーズン2が始まったこのドラマはいまが見ごろ。人種問題に揺れる昨今のアメリカにあって、マイノリティの立場から「あるある」ネタをきわどめのジョークにしたコメディだからだ。ただ、本作が本当の意味でいまっぽいのはそれをあくまで自堕落な日常のスケッチとして描いているところ。インド系のコメディアンであるアジズ・アンサリが演じる主人公デフは、過去に出演したCMの収入によって生活には困らないけれど、そのせいでかえってフラフラした毎日を過ごしている。この「べつに困らないけれど」という感覚は、現代の都会でマイノリティとして生きることとどこかでリンクしているだろう。その上で、デフは実にならないデートを繰り返してみたり、結婚して子どもを持つ友人を見て焦ってみたり、同じようにフラフラしている友人たちとやっぱりいっしょにダラダラ過ごしたりと、いまどきの(だらしない)若者のひとりとしてそこにいる。つまり、マイノリティのネタを使いながら、そのレッテルを巧妙に剥がしているシリーズだと言える……かもしれないが、基本は脱力系となっているのが良さだろう。

  • パトリック・ネスによる児童文学(英国の女性作家シヴォーン・ダウドの遺稿を基にしている)の映画化。難病を抱えた母親と暮らす少年が夜中にやって来る樹の怪物と対話する……というオーソドックスなファンタジーの物語を描きながら、語られているのは人間や人生の複雑さや矛盾というところがおもしろい。怪物は少年におとぎ話を3つ話して聞かせるのだが、それらは善と悪がはっきりと分かれていなかったり、努力が報われなかったり、罪に対する罰が訪れなかったりするという、子どもには理不尽なものだ。だが、その理不尽さは少年がまさにそのとき向き合っているものであって、つまりここでは逃避のためでない、世界に立ち向かっていくためのお話(=ファンタジー)が語られているのだ。CGやアニメーションを使った流麗な映像も見どころだが、物語が示す哲学が新しい時代のファンタジーを思わせる。ちなみに怪物役はモーション・キャプチャーによる動きも含めてリーアム・ニーソン。相変わらず達者だ。

  • アカデミー賞を欠席し、そして外国語映画賞を受賞したことでも話題となった、現代イランを代表する映画作家アスガー・ファルハディの新作。夫の不在中に妻が暴行されたことをきっかけに、複雑に変化していく夫婦の関係性を描く。冒頭に大胆に挿入される「亀裂」を映すショットから、寸分の無駄もない緻密かつ硬質な脚本と演出はまさにファルハディだ。その話法はここで洗練の極みにまで達している。夫は事件の犯人を追うが、必ずしもこの映画の主題は犯人探しと復讐ではなく、そうすることでむしろ夫婦関係に「亀裂」が入っていくことだ。なぜ妻は警察に被害を訴えないのか、犯人を追う夫に不安と苛立ちを覚えるのか……は、現代のイランにおいて女性が置かれている社会的立場と分かちがたく絡み合っている。それはファルハディの映画を通して繰り返されているモチーフであり、彼が紛れもなく現代の映画作家である所以でもある。観る者の息を詰まらせる緊張感に貫かれているが、この上質さには抗えない。

  • 2016年に他界したポーランドの巨匠、アンジェイ・ワイダの遺作。ポーランド社会や政治、歴史を厳格な眼差しで描き続けてきたワイダだが、それはポーランド人の画家ヴワディスワフ・ストゥシェミンスキ(1893 - 1952)の晩年の4年間を描いた本作でもまったく同じだ。第二次大戦後スターリン政権の影響下に置かれたポーランドにおいて弾圧され追いつめられていく芸術家の姿を描きながら、政治体制によってアートが破滅させられる様を容赦なく見せつける。その、迷いのない簡潔で粛然とした演出。しかしながら、ここで描かれるストゥシェミンスキは知性と芸術的情熱に溢れた人物であり、困窮しながらもひとりの人間としての尊厳は手放そうとしない。これはケン・ローチ作品とも通じるテーマであり、彼ら20世紀の巨匠がどうしていまそのことを描こうとするのか、わたしたちはもっとよく考えたほうがいい。本作についてワイダが遺した「全体主義国家で個人はどのような選択を迫られるのか」という言葉はいま、あまりにも重い。

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