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  • ある家族の肖像/アイ・ノウ・ディス・マッチ・イズ・トゥルー(2020) directed by Derek Cianfrance by TSUYOSHI KIZU August 13, 2020 1
  • ディック・ロングはなぜ死んだのか?(2019) directed by Daniel Scheinert by TSUYOSHI KIZU August 13, 2020 2
  • カラー・アウト・オブ・スペース―遭遇―(2019) directed by Richard Stanley by TSUYOSHI KIZU August 13, 2020 3
  • ポルトガル、夏の終わり(2019) directed by Ira Sachs by TSUYOSHI KIZU August 13, 2020 4
  • ドリーム・ウェディング ~幸せをプロデュース!~(2020-) created by David Collins by TSUYOSHI KIZU August 13, 2020 5
  • なぜ人生はかくも厳しく過酷なのか――。「試練は乗り越えるためにある」というような啓発めいた言葉は、この物語の前であまりに無力だ。ウォーリー・ラムのベストセラー小説『この手の中の真実』(1998)の映像化で、全6話のドラマ・シリーズ(HBO)。統合失調症の双子の兄トーマスを持つドミニクは、兄が自分の手を切り落としてしまった事件を機に、義父の虐待、母の死、子どもの死と壊れていった結婚と、次々と見舞われた過去の不幸を振り返っていく。それでも生き続けることの意味は何なのか? あるいは人生に意味が存在しないのであれば、どうやって人間は正気を保るのだろうか? 『ブルーバレンタイン』や『光をくれた人』のデレク・シアンフランスはあくまで落ち着いた眼差しでドミニクを中心とした人間たちの苦悩を見つめ、彩度の低い映像(撮影監督は『マンチェスター・バイ・ザ・シー』などで知られるジョディ・リー・ライプス)で荒涼とした風景を立ち上げる。また減量と増量を経て双子の兄弟をともに演じたマーク・ラファロは、キャリア最高のパフォーマンスで酷烈な物語に応えてみせる。アメリカ文学が繰り返し向き合わざるをえない「真実/現実」の重さ(タイトルを直訳すると「これだけは確かだとわかっている」)がそのまま、この静かなドラマのなかに封じこめられている。

  • 長編デビューにして珍作『スイス・アーミー・マン』(2016)で観客を煙に巻いた〈A24〉きっての異端児ダニエル・シャイナートの新作がこれまた……観終わったあと何とも言えない感情に連れて行ってくれる、奇妙な一本だ。アラバマ州のある田舎町。いつもバカ騒ぎをしてつるんでいる男3人組のひとりがある「事故」によって死亡し、それを誤魔化そうとする残りふたりがじりじりと追いつめられていく様を脱臼感のあるダークなユーモアとともに描くのだが、やがて明らかになっていく真相は(世のなかの常識や良識に照らし合わせて見れば)相当に常軌を逸したものだ。しかし、ここで語られるような人間の「異様さ」はむしろこの世界に隠されたまま遍在しているはずで、アメリカの田舎町が舞台であることで妙な説得力を獲得してしまっている(実際に起きた事件に着想を得た物語だし)。クリードやニッケルバックといった挿入歌のセレクトがまた絶妙。「ディック・ロングはなぜ死んだのか?」――原題は『ディック・ロングの死』――、その問いは、理解しがたい欲望や不可解さを人間がその内側に抱えているから、としか答えようがない。

  • これまた怪作。クトゥルフ神話の祖として知られるH・P・ラヴクラフトのカルト作の映画化だが、監督もまた『ハードウェア』(1990)や『ダスト・デビル』(1992)といったカルト作で(一部の好事家に)知られるリチャード・スタンリーである。強烈なピンクの色彩で覆われた、トリッピーで奇怪なホラー映画が出現している。田舎に住む一家の住む土地に隕石が落下し、それ以来地球外変異体によって精神的・肉体的に与えられる影響と闘うという基本的なプロットは一応あるにはあるのだが、それ以上に一家が体験する恐怖は徹底して不可解なものであるために、ただただバッド・トリップを追体験しているような気分になる。あるいは人間が普段心の奥に閉まっている抽象的な不安や恐怖を。『ミッドサマー』がカルトを現代的なモチーフを乗せつつ洗練とともに語り直したとするならば、本作はカルトがカルトたる純度を死守しようとする。いずれにせよ、このラインの異端ホラーの再評価/再定義は続いているようだ。なお音楽はサックス奏者であり、最近はもっぱら映画音楽家として活躍するコリン・ステットソン。そのサウンド・デザインもまた強烈に歪で、奇妙に気持ちいい。

  • ヨーロッパ映画界の大女優フランキーを演じるのは、そのままヨーロッパ映画界の大女優イザベル・ユペール。自らの死期を知った彼女がポルトガルの美しい町シントラに家族や友人を呼び寄せ、そこでいくつかの人間関係が繊細に複層的に移り変わっていく様が描かれる。ユペールはいつものように貫録たっぷりの存在感を見せつけているが、本作で興味深いのはむしろその周囲の人間模様だ。それぞれがそれぞれの事情を抱えており、それらが複雑に絡み合っていることによって、彼らはすれ違ったり、支え合ったりしている。それらもまた変化する。ひとりの人間がいくつも抱えている関係性の抽象性や複雑さを単純化せずに抜き出すのは、『人生は小説よりも奇なり』(2014)のアイラ・サックスらしい手腕。はっきりしたプロットやドラマを廃しているためにカンヌでは賛否があったようだが、そこで描かれていることと同期するように、光の移ろいを柔らかく捕まえた映像のデリケートさは彼の優れた作家性だ。俳優陣も総じて良いが、やがて来る妻の死を前にしてそれでも穏やかであろうとするブレンダン・グリーソンが素晴らしい。『人生は小説よりも奇なり』のジョン・リスゴーとアルフレッド・モリーナしかり、アイラ・サックスは中高年男性の魅力を撮るのが抜群である。

  • ややくどい邦題がついているが、原題は『Say I Do』。一言でいえば、『クィア・アイ』のウェディング版だ。様々なカップルが登場し、そのカップルの夢の結婚式を3人のゲイのプロフェッショナルがプロデュースする模様を記録したリアリティ・ショーである。ゴリゴリにロマンティック・ラヴとしての結婚を推しているし、そもそもそんなにゴージャスで素敵な結婚式する必要ある? と思わなくもないし、若干「ハイパーでオシャレなゲイたち」というステレオタイプに乗っかってるようにも感じるし……いろいろと微妙な気持ちになるところもあるが、それでも本シリーズが現代的なのは、様々な人種のカップルや同性カップル、高齢カップルらが登場するダイヴァーシティは前提として、カップルが個人の問題として抱えがちな「事情」を社会化するというテーゼにおいてだ。だから結婚式というモチーフにはまっている。どこから観てもいいシリーズなのでオススメをいくつか挙げると、虐待を受けた甥っ子たちを引き取ったカップルを取り上げたE2と、インターナライズド・ホモフォビア(内在化された同性愛嫌悪)に苦しむゲイ・カップルを取り上げたE8。それらはたしかにパーソナルな問題なのだけど、同時に社会みんなで向き合っていかねばならないものなのだと。僕なんかは、「結婚式」自体が時代に合わせて変化しているようにも感じます。ぜひ#poplifethepodocast結婚/パートナーシップ回と併せてどうぞ。

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