女性に生まれて女性として生きることとはどういうことなのだろうかと、ときどき想像する。勿論それは常に徒労に終わるのだが……。大森靖子の音楽は、シングル“マジックミラー”を境としてなにか大きなものを引き受けつつあるように思う。ここには「女性に生まれて女性として生きること」を半ば祝福し、半ば諦めながら引き受けて生きている女性たち(あるいは男性たち。あるいは他の……)の情念のようなものがとぐろ巻いていて、それを覗き見ている、ような気がする。すくなくとも大森靖子の個人的な情念が駆動させていた初期の音楽とは似ても似つかないものになっている。ツイッターやインスタグラムの通知欄、遡れないほど長大になったカメラロールと未読数百件のLINEグループのトークルーム。“生kill the time 4 you、、❤”はそういったものを表象している。サウンド的には典型的なJ-ROCKのスタイルを用いながら。「ようこそ地球/ここは安全圏じゃないっすよ」。そう、安全圏などどこにもない。
大森靖子の音楽に渦巻くものとは正反対の、しかしそれはコインの裏と表の関係にあるであろう恋する女子のピュアな心象を歌う、キュートでラヴリーで軽快で川本真琴の新曲。あらゆる憂鬱とワイドショー的な邪推を吹き飛ばす、キラキラと光る水面のようにシャイニーで伸びやかな歌声。シンコペーションの効いたストーン・ローゼズ風のファンク調。かつてあんなにヒリヒリとしていた歌を歌っていたとはまるで思えないような、心地良い音楽に撃ちぬかれる。“アイラブユー”や“息抜きしようよ”と並んで、現在の川本真琴を伝える快曲。動画は謎の短編映画。デビュー20周年を記念したもの、らしい。
毎日iPhoneで彼女の『エミリーズ・D+エヴォリューション』を聞いている。最小限のバンド編成による新作。ここまでロックへと舵を切った作品をつくってくるとは思わなかった。YouTubeのコメント欄に目を向けると様々な名前が挙がっている。ジョニ・ミッチェル、ハイエイタス・カイヨーテ、エリス・レジーナ……。そのどれでもあり、どれでもないのがエスペランサ・スポルディングだろう。ブラジル(とアルゼンチン)音楽は彼女の音楽においてその初期から重要なファクターであり、エリス・レジーナの名前が挙がっているのは重要だ。エスペランサはミルトン・ナシメントをレコーディングに呼んだこともある。血肉化されたボサノヴァやMPB、ミナス音楽のエッセンスは本作でもリズムのあり方やコーラス等随所で聞かれる。アルバムの中でもこの“ワン”は白眉だ。印象的なギターを弾いているのはマシュー・スティーヴンス。
インターネット・パンク。“防長バスと山陽電鉄”、“ツタヤとブックオフ”といったタイトルの曲名が並ぶ、「DJWWWW aka Lil Sega aka Nicole Brennan aka OROKIN aka the king of soundcloud」の〈オレンジ・ミルク〉からのデビュー作『Arigato』。サンプリング・アート、というよりも、ピエール・シェフェールのミュージック・コンクレートのインターネット版と呼ぶべきDJWWWWの音楽を聞いていると耳を塞ぎたくなってしまう。まだパチンコ屋のノイズのほうが音楽的だとさえ思わせるほどにノイジーで暴力的。ラップトップの向こうで意地悪くほくそ笑むリル・セガの顔が目に浮かぶ。ビートは押し潰され、ぐちゃぐちゃにかき混ぜられ、散逸している。アニマル・コレクティヴからわけのわからないフリー素材の効果音、R&Bのヴォーカルから「インターネットの環境音」まで脈絡なくかき集められて切り刻まれた音のかけらは薄気味悪く加工され、並べられ、ただ反復を強制させられている。カニエ・ウェストは「俺は21世紀に生きていて、それを表現しようとしている」と鼻息荒くラップしていたが、カニエ・ウェストと並ぶ21世紀的なアーティストはDJWWWW以外にいないだろう。って、言いすぎかな?
〈ファクト〉誌で「『ブレードランナー2』で劇伴を担当してほしいプロデューサー」という企画があって、それがなかなかおもしろかった。アルカや『アンダー・ザ・スキン』のミカチューと並んで名前が挙がっていたのがこの『イット・フォローズ』のディザスターピース。ジョン・カーペンターの現代版とでも言うべきハードで冷ややかで、しかしどこか親しみ深いシンセサイザー・ミュージック。勿論、音楽も印象的だったが、内容的にも『イット・フォローズ』は今年観た新作映画のなかで特に良かった一本。ゆっくりとこちらへ近づいてくる人間の形をした「それ」に捕まってしまうと死んでしまう。誰かとセックスをすると「それ」を相手に移すことが出来る。移した相手が死んでしまうと「それ」は再び自分の元に戻ってくる――という都市伝説のごとき設定で映画は展開する。ホラーというジャンル映画としてもよく出来ているが、しかしそのホラーの意匠をひとたび剥がしてしまえば、『イット・フォローズ』は典型的なアメリカの青春映画。そこが実にいい。「それ」とはティーンエイジャー特有の性に対する期待感とそれを上回る不安感の象徴なのでは、と僕は思っている。