あの瑞々しい名作『6才のボクが、大人になるまで。』(2014)の「精神的続編」だという本作。たしかに同作や「ビフォア三部作」のようにある「時間」を切り抜いたリチャード・リンクレーターらしいテーマの映画なのだが……野球部の寮に入った大学生が入学までの3日間バカ騒ぎするのをダラダラ映すのにほとんど終始しているという、ある意味「さすが」という一本だ。『シン・ゴジラ』(2016)を観たときに、大量のショットや登場人物が無駄なく配置されていることに窮屈さを覚えたのだが、その点この映画はすごい。ほとんどのショット、人物、エピソード……が無駄なものばかりだ。なぜならそれこそが、若さだから。あまりにも体育会系ノリだしホモソーシャルだし、僕はこれで「青春最高!!」とまではなれないけれど、それでもダラダラしたなかにあの時代だけの一瞬の光が封じ込められているとは思わされる。バカな大学生の無駄な会話のなかで、ときおりキラーな台詞が出るのもリンクレーター監督作らしい。あ、70、80年代のヒット曲がかかりまくるのだけれど、それもハイ・センスなセレクトと言うよりは、わりとテキトーな記憶で当時のナンバーがピックアップされている感じでいい。
ペドロ・アルモドバルといえば、古典映画のメロドラマを下敷きに女の生を色濃く描いてきたスペインの名匠。本作はそんな彼の味わいが隅々まで行き渡ったあまりに「らしい」一本だ。美しい中年女性ジュリエッタはあるとき生き別れとなった娘のことを思い返すのだが、同時に悲劇に満ちた半生と娘への愛を思い出していく。アルモドバルの映画の多くにおいて、女は男との情動によって翻弄されはするが、本当の意味で支えとなるのは女同士の関係である。喪われたかと思えた愛を女たちはその関係性のなかで再生させ、苦しみのなかでこそその生命力を輝かせていくのだ。『オール・アバウト・マイ・マザー』(1999)、『トーク・トゥ・ハー』(2002)、『ボルベール<帰郷>』(2006)と続いた「女性讃歌三部作」のさらなる続きがここにはある。そしてその色彩……底の知れない悲しみは海の深い青に、そこで逞しく生きる女たちの強さと美しさは強烈なまでに鮮やかな赤で表現されている。
もう一本ヨーロッパのヴェテランから。ドイツのヴィム・ヴェンダースの新作は、ある事故をきっかけに主人公の作家と周囲の人物が葛藤と苦悩に囚われるようになる……という繊細な人間ドラマ。身近な人間を苦しめてまで、表現者はアートに向かうべきなのかという根源的な問いがそこには内包されている。主人公の作家を演じるジェームズ・フランコの周りには3人の女たちが登場するのだが、それぞれ違った形で人生とその苦難と向き合っていく様が興味深い。そして何よりも撮影監督ブノワ・デビエによる流麗な映像が見どころ……なのだが、これがなんと3D映画である。ゴダールをはじめヨーロッパの野心的な作家が3Dのアート映画に挑戦しているが、ヴェンダースにとっても『Pina/ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち』(2011)に続く3D作品だ。人間の心理の「奥ゆき」が文字通り映像で表現される大胆さもここにはある。
イタリア映画が元気いいこともあって何度目かのヴィスコンティ・ブームをちょっと感じる昨今、ルカ・グァダニーノは『ミラノ、愛に生きる』(2009)でヴィスコンティに通じるエレガントな作風で注目を集めている。本作はウディ・アレンのアンサンブル・ドラマをよりヨーロッパ的に、よりシルキーにした感じというか……。ティルダ・スウィントン演じる声帯の手術を受けたばかりのロック・スターが、年下の恋人(マティアス・スーナールツ!)とシチリアにヴァカンスに訪れる。そこに昔の恋人の音楽プロデューサー(レイフ・ファインズ!)が現れる……という、これだけ書くと「おいおい」という感じなのだが、嫉妬や執着といった生々しい感情が交錯するなかなかにスリリングな心理劇である。とくにレイフ・ファインズがローリング・ストーンズのレコーディングに立ち会ったというエピソードが面白く、つまりこれは悪魔的な誘惑にどう対峙するかという物語だろう。ダコタ・ジョンソンもコケティッシュな魅力を撒き散らすが、まあ、僕としてはいまもっともセクシーな俳優のひとり、マティアス・スーナールツの胸板に完敗でした(ジャック・オディアールの『君と歩く世界』(2012)を観てみよう!)。
ポーランドの映画作家、アンジェイ・ワイダが亡くなった。またひとり、20世紀の巨匠をわたしたちは喪ったことになる。もし彼の作品を観たことのない若者にワイダの映画を薦めるならば、もちろん「抵抗三部作」だけでなく代表作『大理石の男』(1977)やその続編『鉄の男』(1981)、あるいは晩年期の傑作『カティンの森』(2007)も観ていただきたいが、意外と遺作長編となった本作かもしれない。「連帯」で知られるレフ・ワレサ(正しい発音はヴァウェンサ)の伝記映画であり、政治的にはワイダはワレサとある時期から袂を分かっているのだが、これがかなりストレートに彼の偉業を讃える熱い一本となっているのだ。1970年から1989年の激動のポーランドに焦点を絞っているのも分かりやすいし、何より同時代を果敢に生き抜いたワイダが撮ったというだけで歴史的意義は多大だ。20世紀の闘いとは、理想主義とは何だったのか。自由とは。その大いなる遺産をわたしたちはいま、再訪することができる。R.I.P.