『きっと、星のせいじゃない。』(2015)や『ぼくとアールと彼女のさよなら』(2015)など、近来良作を生んだティーン映画のサブジャンル、「不治の病」もの。オーストラリアのシャノン・マーフィ監督は長編デビュー作でそこに記憶に残る一作を付け加えました。がん治療を続けながら高校に通うミラ(『ストーリー・オブ・マイ・ライフ』のエリザ・スカンレン)は、通学中のプラットホームで運命の恋に落ちます。まさにスライディング・ドアの瞬間。モーゼズ(トビー・ウィリアムズ)が年上のジャンキーでもミラには関係なく、無鉄砲に飛び込むだけ。そのアナーキーな感覚、モラルを超えたエモーションが、お涙頂戴でも説教臭くもないストーリーにしています。心配する周りの大人たちもむしろ若者より頼りない。その不安定さが切迫感を生み、カラフルな映像で一瞬の輝きに反転されていきます。このジャンルは死ではなく、ティーンが生きるエナジーを感じるためのもの。スカンレンとウィリアムズによる幼くて勝手でひたむきな恋人たちが素晴らしく、ヴァシュティ・バニヤンなど一風変わった音楽のセレクトもユニークです。
西川美和監督の映画にはどれも人間の底知れなさがベースにあり、それが役者の肉体によって生々しく迫ってくるので、私の場合見るのに心積もりとガッツが必要だったりします。『すばらしき世界』の原作は佐木隆三の『身分帳』。殺人犯として服役していた三上(役所広司)は出所後まっとうな生活を送ろうとするも、うまくいかない。日本社会の真綿で締めるような不寛容さがあぶりだされます。一方、三上のモンスター的な側面も明らかになる。テレビ番組のために接触する津乃田(仲野太賀)は、恐れつつも彼の「相容れなさ」を理解していく。他にも彼を助けようとする人々との細やかな交流も描かれますが、実はそれより、外国人労働者や障害を持つ人など、ふと出てくる社会の周縁部の描写に心削られます。『すばらしき世界』とはなんなのか、それは何を犠牲にしているのか。ずっしりと重い一作。
2000年にフランスで38歳の女性が失踪し、夫が殺人を疑われたヴィギエ事件。本作はいったん無罪となった夫が10年後に再審にかけられた実話の映画化です。死体さえない不可解な設定、そこへ次々新展開が起きるサスペンス、冷静な弁護士(オリヴィエ・グルメ)と彼を手伝うシングルマザー(マリーナ・フォイス)の対照的なバディ……と、法廷劇としての見どころはたくさんあれど、ハリウッド的な結末を予想していると足をすくわれる。というのも、これは「私は確信する」ことの危うさを扱った映画でもあるのです。誰もが謎を解き、犯人を見つけようとして、自分の直感に従ってしまう。「ピンとくる」という事象の実態は、裁判やマスコミといったこの映画での題材を超え、いまどきの陰謀論や健康法にも当てはまるかもしれません。ありがちな心の闇を鮮やかに切り取ったのは、これが長編デビューとなるアントワーヌ・ランボー監督。
Netflixの人気ドラマ『ブリジャートン家』の世界が好きなら、Apple TV +でシーズン2が始まった『ディキンスン』もおすすめ。前者がセックスたっぷりのロマンス小説版ジェーン・オースティンだとしたら、これはティーン・コメディ版のエミリ・ディキンソン。死後多数の詩作が見つかった情熱的な詩人像を自由にフィクショナライズしています。ヘイリー・スタインフェルド演じる主人公は19世紀米社会のミスフィット。彼女の恋愛観・人生観は受け入れられず、詩を発表することさえ父親に禁じられている。一方、病や死が身近にある当時の生活が彼女に大きな影響を及ぼします。特にシーズン1はファンタジックな色を帯びた「死」がテーマ。シーズン2では創作や名声が掘り下げられます(なので、第3話のテーマ曲はスーパーオーガニズム)。『ブリジャートン家』同様、衣装など時代設定とモダンな演出のギャップが楽しく、『ディキンソン』では実在の作家やアーティストが登場するのも見どころ。ヘンリー・ソローのパロディには笑いました。ただディキンソン自身の詩はそのまま引用され、彼女の言葉がヴィヴィッドによみがえります。ディキンソンの実像を知るには伝記映画『静かなる情熱』(2017)も。
いまの状況のせいで、『アベンジャーズ/エンドゲーム』(2019)後の第一弾、MCU新フェーズの幕開けとなったのが配信ドラマ『ワンダヴィジョン』。でも案外、こういう異色作のほうが違う段階に入ったことがアピールできる気がします。エンドゲーム後、超能力を持つワンダ(エリザベス・オルセン)とアンドロイドのヴィジョン(ポール・ベタニー)のカップルは郊外で幸せな新生活を始める。それは『奥様は魔女』や『ステップフォードの妻たち』そのもの。50〜70年代シットコムの様式は映画『カラー・オブ・ハート』(93)やドラマ『MR. ROBOT/ミスター・ロボット』(2015-2019)でも使われたモチーフで、モノクロの世界に突然色が差したり、メタフィクションになるところも似ています。とはいえいちばん色濃いのはデヴィッド・リンチ的な感覚で、コメディに謎と不穏さがにじんでいる。この書き割りのような結婚生活をワンダの「夢」と考えると、時折それが歪み、裂け目からのぞくのは一体なんなのか。タイトルはワンダとヴィジョン、それともワンダのヴィジョンなのか。この先が楽しみです。テレビシリーズであることを徹底的に追求したMCU新章。