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  • レ・ミゼラブル(2019) directed by Ladj Ly by TSUYOSHI KIZU March 06, 2020 1
  • アンカット・ダイヤモンド(2019) directed by Josh & Ben Safdie by TSUYOSHI KIZU March 06, 2020 2
  • ジョン・F・ドノヴァンの死と生(2018) directed by Xavier Dolan by TSUYOSHI KIZU March 06, 2020 3
  • ロングデイズ・ジャーニー この夜の涯てへ(2018) directed by Bi Gan by TSUYOSHI KIZU March 06, 2020 4
  • 名もなき生涯(2019) directed by Terrence Malick by TSUYOSHI KIZU March 06, 2020 5
  • 舞台となるのはパリ郊外モンフェルメイユ地区。ヴィクトル・ユゴーの『レ・ミゼラブル』に登場する地区であり、19世紀当時、そこでは権力者たちの横暴による貧困が蔓延していた。同じタイトルを引用した本作は、その約200年後の現代においても出口のない貧しさが同じ街を覆っていることを前提とする(奇しくも描かれるのは黄色いベスト運動直前の時期である)。そして、犯罪防止班に配属された警官ステファンの目を通して、そこで異なるグループ間の緊張が絶えず続いていることを浮き彫りにしていく。『パラサイト』で描かれていたように、現代の格差社会で起きていることは「強者vs弱者」というよりむしろ、弱者同士が生き残るためにつぶし合わなければならないという悲惨さ(レ・ミゼラブル)である。そしてその悲惨さは当然の帰結として、暴動への欲望を蓄積させていく……。マチュー・カソヴィッツの『憎しみ』(95)から約四半世紀、現代のフランスに生まれるべくして生まれた映画。監督のラジ・リにとっては初長編作だが、彼はもともとロマン・ガヴラスらとアーティスト集団を結成していたクリエイター。ガヴラスによるジャスティスの“ストレス”のMV(08)では、パリの街で覆面の若者たちが暴れていた。あるいは、劇中でも言及される2005年の暴動。それは、そう、いつも目の前にあったのだ……。今度こそわたしたちは、この現実に向き合えるだろうか。

  • サフディ兄弟はつねに人間の「愚かさ」がエンジンとなる映画的運動を描いてきたが、『神様なんかくそくらえ』(2014)や『グッド・タイム』(2017)では「愚かさ」の温床となっているのはおもに貧困であったように見えた。が、本作はニューヨークのジュエリー業界を舞台にすることで、人間のとめどない欲望それ自体に肉薄するようだ。ギャンブル中毒の宝石商ラトナーはブラック・オパールを手に入れ、それをもとに巨額を獲得しようとしていたが、そこには当然ドロリとした欲望を抱えた人間たちが群がってくる……(ちなみに、ウィークエンドがセックス&ドラッグまみれのシンガーのイメージをそのまま引き受けて登場する)。歯止めがきかずに狂気と同化していくアダム・サンドラーの怪演には呆気にとられるばかりで、ワンオートリックス・ポイント・ネヴァーことダニエル・ロパティンのプログレッシヴな劇伴とともに、人間の「愚かさ」こそがいつも映画のスリルになってきたことを思い知らされる。ギラギラした刺激に満たされたモダン・ノワールだ。

  • グザヴィエ・ドランの映画のエモーショナルさにはつねにどこか幼さがあったが、本作では11歳の少年にかつての自分の姿を託すことで、繰り返し主題としてきた母親への愛憎をもっともストレートに描き出した。TVスターであるジョン・F・ドノヴァン(キット・ハリントン)と秘密の文通をしていた少年ルパートの回想を通して、抑圧的な母親の愛に囚われる息子(たち)の苦しみと喜びの入り混じったフィーリングを立ち上げていく。その甘美でもある桎梏を。ジョンの不安定な母親を演じたスーザン・サランドンもさすがの貫禄だが、いつの間にか「母」に扮する年齢になっていたナタリー・ポートマンのニュアンスに富んだ演技が光る。息子たちはいつか、母の愛から逃れなければならない……ザ・ヴァーヴの“ビター・スウィート・シンフォニー”が威風堂々と流れるなか、ようやくその呪縛から自由になった(ように見える)青年ルパートのように、ドランは自身の主題を本作で完結できたのだろうか。

  • 中国に現れたアレクサンドル・ソクーロフ? ウォン・カーウァイとアンドレイ・タルコフスキーの出会い? 世界に驚嘆とともに発見された1989年生まれのビー・ガンの才気は、しかし、そうした安易な形容で捉えることはできないだろう(しかしながら、ソビエト~ロシア映画からの繋がりが見受けられる点はこの作家の重要な個性であるように思われる)。というのは、2Dから始まり、途中で3Dグラスをかけるように指示(!)が入るこの前代未聞の映画は、たしかに『ゼロ・グラビティ』や一連のアン・リー作品におけるスペクタクル性「以降」の感性が入っているからだ。そしてそこでこそ、ある孤独な男の記憶を巡る旅――映像的「トリップ」と言っていい――が繰り広げられる。とりわけ後半の60分の3Dシークエンスは長回し(のように見える)ショットとなっており、ほとんど催眠的な映像体験を用意している。また、どこかノスタルジックな風合いを持つ男女のドラマは、激変する中国社会へのリアクションのようでもあり、そういう意味ではジャ・ジャンクー以降の中国映画の(さらに)新しい波と言えるかもしれない。とにかく、夭折したフー・ボー監督『象は静かに座っている』といい、中国映画に何かが確実に起きている。ビー・ガンの初長編『凱里ブルース』(2015)も日本公開が決まっているので、併せてぜひ映画館で体験してほしい。

  • そうした圧倒的に新しい世代の台頭に比べると、76歳を迎えた巨匠テレンス・マリックの映像はどこか「いつも通り」に見えるかもしれない。動き続けるカメラによる短いショットの積み重ねや、そのことから生まれる音楽的な叙情性は、とはいえ監督の過去の作品群を観てきた人間にはさして新しいものとして映らないだろう。だが、『ツリー・オブ・ライフ』(2011)以降、スピリチュアルな風合いを深めていたフィルモグラフィに踵を返すようにして、実話を基にした本作で監督はかなり直接的なメッセージを掲げているように見える。第二次世界大戦時のオーストリアの農村で、ナチスドイツからの徴兵を拒み続けた男の「名もなき生涯」について。3時間近い長さはそれ自体が男の苦しみの果てのなさを体感させるものであり、そして、わたしたちの現在はこうした無名の人びとの苦闘と死の後にあることを突きつけるのである。

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