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SWEETENER Ariana Grande (Universal) by MARI HAGIHARA
KENTA TERUNUMA
September 25, 2018
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SWEETENER

自らのストーリーから時代のナラティヴへ。悲劇と衝突の時代に
暮らす「あなた」がスウィートに輝き出す瞬間をアリアナは歌う‬

「人生にレモンを与えられたら、それでレモネードを作ろう」という英語の言い回しを知ったとき、最初に浮かんだのは「朝起きたらレモンを吸ってた」というトム・ヨークの歌詞だった。不意に口に突っ込まれるような苦しみ、悲しみに襲われる感覚。ビヨンセの『レモネード』は、まさにその苦さを乗り越えるプロセスそのものがアルバムになっていた。けれど、苦味を美味にするもの、人生の酸っぱさを甘くするものって、いったいなんだろう?

アリアナ・グランデの4枚目のアルバム『スウィートナー』はそんな問いかけ――おそらくは切羽詰まった、繰り返される自問から始まったようなアルバムだ。2017年5月、マンチェスターで起きた理不尽なコンサート爆破事件。あれは皮肉なことにSNSでのアリアナの迅速な対応や、わずか2週間後に開かれたベネフィット・コンサートの成功によって、彼女のアーティスト像に新たなフォーカスを与えることになった。押し寄せる暗さのなかの光、ポップの楽しさで人々をアップリフトする存在として。

『スウィートナー』は確実にそのスピリットで作られたレコードだ。ただ、アリアナ曰く「最高に変なものを作る」チャンスと捉えたことで、曲調としてはマックス・マーティンとイリヤが手がけたR&B風味のポップ・チューンと、ファレルが手がけた実験的なプロダクションが混ざり、ややとっ散らかった印象。とはいえ、それがむしろ25歳の女性に起きたさまざまな出来事、さまざまなエモーションを率直に映し出しているようにも思える。もちろん、本作には悲劇ではなくそのあとの「生」を見つめる、という大きなナラティヴがある。でも実生活のアリアナはPTSDやヘイターのバッシングに悩み、恋人マック・ミラーと別れ、新たな恋人ピート・デヴィッドソンと婚約するなど、ハイとロウの両方を経験している。その並置が一曲のなかにも、レコード全体にも表れているのだ。感情が渦巻くというより、どこか冷静で澄んだトーンで。

例えば、美しいピアノ・バラッドで始まるタイトル・トラックは、裏でオノマトペのようなサウンドやラップが鳴り、でも基調はあくまで「人生を甘くしてくれるもの」を見つけた喜びをアリアナが高らかに歌う。リード・シングル“ノー・ティアーズ・レフト・トゥ・クライ”も最初はゴスペルのように「もう流す涙も残ってない」と歌い上げつつ、軽やかなリズムで「でもそれがいい感じなの、だって立ち上がれるんだから」と切り替わる。ファレルらしいビートが鳴る“ザ・ライト・イズ・カミング”では、アリアナとニッキー・ミナージュがヘイターへの反撃ラップを繰り出しながら、「光が来る、闇が奪ったものを元に戻すために」と歌うのだ。

時折挟まれる静かなナンバーでは細やかに心の痛みや恋の喜びが描かれ、最終曲“ゲット・ウェル・スーン”では、アリアナがこんなふうに直接リスナーに語りかける。大切なものはいつ奪われるかわからない、だから笑ってハッピーになることが大事。あなたは一人じゃない。見せかけの自分を作ったり、こもってしまわないで、大切な人にハグしてあげて。私の音楽もいつもそばにいる、あなたをハグしてるの――と。本作のリリース直後にマック・ミラーの急逝が伝えられたいま、彼女にもたくさんのハグとキスを。『千と千尋の神隠し』をタトゥーにした女性に、また立ち上がる勇気を。

文:萩原麻理

同時代を生きるアーティストの音楽を聴く、ということ

「ネクスト・マライア」という呼び声ももはや昔の話。お騒がせゴシップや、それへのバッシングをものともせぬほどに親密なファンベース、そして何よりもハイクオリティなポップ・ミュージックを次々と生み出すことで、アリアナ・グランデは確固たるアイデンティティを獲得してきた。

まさしくアイデンティティがテーマの一つとなっていた3rd『デンジャラス・ウーマン』を経て、2017年にはカルヴィン・ハリスやカシミヤ・キャット作品へのフィーチャリングでキャリア史上最高ともいえる名演を披露。さらには映画作品関連楽曲でジョン・レジェンド、そしてスティーヴィー・ワンダーとも共演を果たすなど、そのキャリアは右肩上がり。持ち前の軽やかでポップなキャラクターを維持しながらも、音楽的にはよりトレンドを貪欲に取り入れながらアーティストらしい方向へとシフトし続けてきたアリアナ・グランデだが、4作目となるこの『スウィートナー』ではそれとはまた違うベクトルに進んだように見える。

まず何よりも本作を特徴付けているのが、ファレル・ウィリアムスによるプロデュース楽曲だ。アリアナ本人がファレルに「どこか完全に新しいところに連れて行って欲しい」と伝えたという通り、その楽曲はどれもがN.E.R.Dの2017年作『ノー・ワン・_エヴァー・リアリー・ダイズ』を習作扱いするかのようなエッジーかつポップな傑作揃いで、アリアナ・グランデの新たな魅力を引き出す大役を見事に勤め上げている。中でも“R.E.M.”は古きディズニー・アニメ主題歌のようにドリーミーな楽曲でありながら、それでいてトラックはフューチャリスティックなエッジを持つ白眉の出来だろう。

そしてその一方で従来のアリアナ・グランデらしさを担保しているのが、これまで共に数々のヒット曲を作り上げてきたマックス・マーティンを中心とした盤石のプロデュース陣によるアルバムの残り半分だ。そちら側の楽曲は“ゴッド・イズ・ア・ウーマン”に象徴されるように「トラップ以降のポップ・ミュージック」という現在のトレンドど真ん中を、当のトレンドセッター本人が描いてみせる「強烈な現在」とも言える内容が中心となっている。

ただし、未来志向的なファレル・サイドと、現在を克明に描き出すマックス・マーティン・サイド。その鮮やかなコントラストは、本作にメリハリをもたらしているようでもあるが、やや中途半端な印象をもたらしているのも事実。そもそも2016年から制作されていたという本作は、当初10曲の予定だったが、マンチェスター公演でのテロ事件発生を受けて5曲追加されることになったのだそう。もし当初の予定通り全10曲だったならば、アリアナ・グランデが自らを飛び越えた野心作となっていただろう。しかし、悲劇や苦難を乗り越えるためには、マックス・マーティンやイリヤという旧知の仲間とともに自身のアイデンティティを強固なものにする楽曲を描く必要があったのではないだろうか。事実マックス・マーティンとの楽曲はその多くがテロ以降に書かれたものだという。そして何より「もしも」は存在しない。テロは起きてしまったのだ。そしてアリアナは諦めることなく本作を作り上げた。マック・ミラーの死やそれに伴う心無いバッシングにも、どうか打ちのめされることなく、新しい音楽を作って欲しい。

文:照沼健太

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