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SICK! Earl Sweatshirt (Warner) by MASAAKI KOBAYASHI
RYUTARO AMANO
March 25, 2022
SICK!

厭世的なヒキコモリ価値観をヒップホップに持ち込んだ彼は
全世界的ヒキコモリ社会の中で「SICK!」を再定義する

げっぷ? なのか、はたまた、自分が寝落ちしていたことに気づき、あたふたした瞬間にアールの口から漏れた、言葉にならぬ声なのか。あれはなに? このアルバムを初めて通しで聴いたとき、6曲目の“ライ”の冒頭数秒のところで、一旦プレイを止めて、その謎の部分を聴き返してしまった。

直前の5曲目にあたる“タブラ・ラサ”に登場するアーマンド・ハマーの二人の声量の豊かさや(地)声の大きさゆえに、寝落ちしていたアールが目を覚ましたと考えられなくもない(アルバムの流れから考えると)。ちなみに、2020年発表のEP『フィート・オブ・クレイ』収録の“エル・トロ・コンボ・ミート”のビートは、アールが寝落ちしているあいだに、自分が完成させたヴァージョンが採用されたとプロデューサーのオーヴァーキャストは言っている。

さらに、もうひとつ考えられるのは、まっさらな状態を意味する“タブラ・ラサ”を経て彼が眠りから目覚めたのだとしたら、「仕切り直し」や「再始動」のイメージと結びつけやすい。この曲でアールを加えた三人は共通して「これまでの自分史」を盛り込んでいるからだ。また、この曲の1曲前の“ヴィジョン”には、プロデューサーのブラック・ノイズにとって、アールに知り合う以前から旧知の仲である同じデトロイト出身のジルーパーズがフィーチュアされている。

と、いきなり、5、6曲目について書いてしまったが、今回のアルバム『シック!』は10曲入り、つまり、折り返しあたり(もっとも、作品時間はトータルで25分に満たない)で、不可思議な、なにかの予兆のようなチェンジ・オブ・ペースを感じとることになる。続く2曲は、アールがラップをしてはいてもインタールード扱いの7曲目“ロビー(int)”、それと同じく1ヴァースのみの8曲目とサクッと進む。件の“ライ”も1ヴァース(+アウトロの短い語り)の曲だ。

そこに、慌ててビートをプレイバックしたようなイントロで9曲目が始まる。「ストレートにいくぜ、余計なお飾りはなし/カムコーダーに唾を吐く、まるでマキャべリ」とアール。その直後に、ヴィデオ・カメラを向けてきた相手に毒突いたマキャベリ=2パックの声が入っている。“タイタニック”と名付けられたこの曲は、三つの先行シングルの最後の1曲として事前にリリースされたとはいえ、この出だしの文句を聞く限り、アルバム(という形態をどう捉えるのかにもよるけれど、そ)の1曲目にこそふさわしい、と言うこともできる。

そうなると、本作の1曲目(プロデュースはジ・アルケミスト。ロックステディをサンプル&ループしたかのような前述の“ライ”も)がどんな曲なのか気になる。冒頭から、二重の意味を持たせているようだが、ウイルスのせいで、出たいところにも出られない、出るのはリスキーだが、テキトーなことをほざいている連中が出てきている、というような始まりかたで、アール自身もそこに出て行くことを予感させる。その点では、前の“タイタニック”とのつながりは感じられるが、曲名が“オールド・フレンド”だし、バトル・ライムを核に曲が作られているわけでもない。ただし、アールが、外に目を向けた「つかみ」であるのは間違いない。

「アルバム」というものをどう捉えるのかにもよるけれど(例えば、構成は起承転結的なものであるべし等)、そもそも、これまでのアールの作品は、アルバムの1曲目=イントロではなく、ウォームアップ的なもので、2曲目がアルバムの本題に触れる実質的なイントロとして機能する構成をとってきた。

では、今回の『シック!』の2曲目に置かれた“2010”は、どうなのかと言われれば、これまた、1ヴァースの曲だが、「戸外に歩いて出てみたら、やっぱりいいよな」で締め括られている。思えば、アールは、2010年の初のミックステープ『アール』以降、望むと望まざるにかかわらず、隔離されたり、引きこもり/自主隔離を選らばざるをえなかったりしてきた。『アール』の内容が原因で、母親にサモアの学校に送られ、帰還後のデビュー・アルバムの2曲目でヴィンス・ステイプルズに発破をかけられ、ラッパーに復帰するものの、あらためて人気が出れば出たで、逆に引きこもりを選び、2015年の2作目の『アイ・ドント・ライク・シット・アイ・ドント・ゴー・アウウトサイド』の“グリーフ”は「やれやれだぜ、自分がしてきたことが実を結んだけど、一分たりとも外に出ずに、アルバム・タイトルに書いた暮らし方をしている」と始めている。

そんな彼だから、パンデミックにより外出自粛が、自分以外の人たちにも常識化/日常化した2021年は、世の中がアールのほうに近づいた、いや、彼の馴染んだ世界が一般化したとも言える。そんなとき、内向きでいいはずがないのは、彼がよくわかっている。その結果、“タイタニック”をはじめとする前向きな曲ができたのだろうし、この曲に続くアルバム・ラスト曲“ファイア・イン・ザ・ホール”は、表題(「爆発するぞ、逃げろ」の意)だけで、彼の勢いがうかがいしれる。もっとも、この曲は他の同業者云々に向けたものではない。アール自身の内側に蓄えてきたものが、いよいよ、思いきり吐き出せる、と興奮と同時に自分で自分を整理できた落ち着きが感じられる。曲の半分からあとは、穏やかなギターのフレーズのループが印象的なインストのみの構成になっている。

この曲のプロデューサーも“タイタニック”と同じアールのレーベル、〈タン・クレシダ〉の第一弾アーティスト、ブラック・ノイズだ。彼の嗜好がサイケデリックなものだけではないこともわかる。1曲目のプロデューサーが、優にアルバム1作分以上のビートをアールに提供してきた旧知のジ・アルケミストなら、ラスト2曲のそれがブラック・ノイズというあたりからも、内から外へ、過去から未来へと向かう「動き」や「力」が、これまでになく強く感じ取れる。自分自身を見つめ(直し)てはいても、もはや内向きのままで自己完結しきっているのではない。先に触れた“2010”は「仲間のために俺には大金が要る」と始まっている。

パンデミックは、多くの人たちにとって「やまい(病)!」に結びついてしまうものだけれど、隔離や引きこもりを知っていたアールには、これは「ヤバい!」と確信できる方向性を獲得できたチャンスとなったのだ。それゆえに、今回のアルバム・タイトルが『シック!』なのだろうか。ラスト曲“ファイア・イン・ザ・ホール”の「Threw on some Bootsy, I rather be with you when I'm high」の「Bootsy」の直後に、“アイド・ラザー・ビー・ウィズ・ユー”のド頭の一音だけがサンプルされていて、そこにも茶目っ気が感じられる一方、後半のインスト部分は、余白のようにも、次章につながるインタールードの始まりのようにも聴こえるのだが。

文:小林雅明

オッド・フューチャーの元悪ガキによる、
パンデミック下の希望のヒップホップ・レコード

1.
得体の知れない粉末やバッズ、ドリンクをミキサーに放り込んでかき混ぜ、出来上がったものを仲間たちと回し飲みする。すると、血を吐いたり、歯が抜けたり、痙攣したり、爪が剥がれたり……。悪ノリがこれでもかと詰め込まれた“アール”のヴィデオがオッド・フューチャーのYouTubeチャンネルにアップロードされてから、12年が経とうとしている。ポップでクールなファッション・ブランドにしか見えない今のオッド・フューチャーしか知らない者にとって、2010年の悪ガキたちの露悪性は、ちょっときつすぎるかもしれない。

ヴィデオの中でラップしていた、見ようによっては小学生くらいに見える幼い少年は当時、まだ16歳で、悪ガキたちの中でも特に若かった。“アール”を収録した、薄気味悪いカヴァー・アートに飾られたミックステープ『アール』がインターネットの大海に放たれたのも、2010年だった。

『アール』を2022年に聴いてみると、アール・スウェットシャートの音楽がそれほど変わっていないことに気づく。ロウキーなムードと奇異な音を散りばめたサウンドの不思議な感触は、ミックステープのリリースから12年後の今も、彼の新しいレコード『シック!』に残されている。もちろん、声は変わったものの、フロウはそこまで変わっていない。街路を歩いているかのようにゆったりとしたペースで、言葉をひとつずつ置いていくスタイルで、2022年の今も彼はラップしている。その一貫性、つまり、彼がオルタナティヴなヒップホップをやりつづけ、自分のペースでラップしつづけていることは、驚くべきことだと思う。

2.
もちろん、変わったこともある。というか、変わったことの方が多くて、そのことこそが重要だ。少年は声変わりし、リリックも変化し、仲間たちとつるんで活動することも、いつのまにかなくなった。少年だけでなく、オッド・フューチャーの成員たちは、誰もがそれぞれ別々の道を歩み、中には蓄音機をかたどった金ぴかのトロフィーを贈られたり、高級ブランドのショーに起用されたりするほどの成功を掴んだ者もいる。

重要なのは、アール・スウェットシャートという才能が、一貫性を保ちながら、それとは別の点での変化を同時におこなってきたことで、それこそが彼のアーティストリーを形作っている、ということだ。それは、どこか、アールの友人であるタイラー・ザ・クリエイターに似ている。

3.
『アール』を発表した後、素行不良を心配した母親によってサモアにある全寮制の更生学校に送られた彼には、活動休止期間もあった。2013年の復帰作にしてデビュー・アルバムの『ドリス』が絶賛を受けた後も沈黙した時期が長く、2015年にひっそりとリリースされた『アイ・ドント・ライク・シット、アイ・ドント・ゴー・アウトサイド』も、謎めいた『ソラス』も、彼のミステリアスさを増しただけだったかもしれない。

4.
そんななかで、あやしげな“ノーウェア2ゴー”、それに続く、たった24分のアルバム『サム・ラップ・ソングズ』(2018年)で本格的に表舞台にカムバックしたのは、今思えば、必然だったと感じる。彼は、そこで、ついに最適な居場所とビートを獲得したのだ。

“ノーウェア2ゴー”でアールは、「俺は人生の大半を鬱状態で過ごしてきたと思う/心の中にあったのは死ぬことだけ/俺の番が次なのかどうかはわからなかった」と明かした。しかし、それに続けて、「このクソをリファインしようとした 自分を再定義したんだ/まずはそれをやらなきゃいけなかった」と抑鬱感を翻そうと試みる。「俺には友だちがいなかったから、自分の知恵に頼らざるをえなかった/(今は)マイクやメッド(ヘイン)と一緒にいる/最近はセイジ(・エルセッサー)とシックス・プレスといるんだ」。「ちがうアプローチをしてみよう」、そして「乾杯で祝福するよ」とまで、アールはラップする。父ケラペトセ・クゴシトシルとマック・ミラーの死を受けて、「なんとかやっていくための新しい方法を見つけなきゃいけない/俺の魂は奴隷じゃない/でも、思い出はそばにありつづける」と決意し、彼は前に進んでいった。

アールが手に入れたのは、新しい、共鳴する仲間たちだった。彼よりも少し年下で、彼の音楽に感化された若者たち――NYCのマイクや彼を中心とするスラムズの周りで遊んでいる連中、今やシーンにおける最も重要なプロデューサーの一人になったネイヴィ・ブルー(セイジ・エルセッサー)、エクスペリメンタル・ヒップホップ・バンドのスタンディング・オン・ザ・コーナー……。地下水脈で緩やかに繋がっていた彼らは、今ではひとつのコミュニティの中にいるように見える(そして、2021年、そこからはウィキの『ハーフ・ゴッド』という新たな傑作も生まれた)。

その後、『サム・ラップ・ソングズ』の続編と言えるEP『フィート・オブ・クレイ』(2019年)を続けざまにリリースした近年のアールは、とても快調に見える。『シック!』は、結果的に2年2か月ぶりの新作になったが、その間に彼はアーマンド・ハマー(ビリー・ウッズ&イルーシド)やマック・ホーミーの作品にぽつぽつと参加していたし、ブランクは気にならなかった。

5.
子どもが生まれ、父になったアールがリリースした『シック!』は、彼のディスコグラフィにおいては、どこか「明るい」作品である。とはいえ、もちろんそれだけではない。プレス・リリースで明かされているとおり、このアルバムには、パンデミックにおける経験が強く反映されている。「人々は病んでいた。怒り、孤立し、不安に襲われた」という彼の実感、その「空気」から、このLPは生まれているのだ。

6.
『アイ・ドント・ライク・シット、アイ・ドント・ゴー・アウトサイド』以降、ほとんどのビートを自ら手がけていたアールは、ここで多くの曲のプロダクションをジ・アルケミストやブラック・ノイズに託している。それと同時に、前述のコミュニティと共振するプロダクション――ビートレス/ドラムレス、あるいは拍節感の薄いサウンドを特徴にしていた『サム・ラップ・ソングズ』と『フィート・オブ・クレイ』とは打って変わって、『シック!』ではTR-808によるトラップ・ビートが導入されている。音像も晴れやかに、明快になったことが感じられ、これにはジェイ・Zのエンジニアであるヤング・グルーがミキシングしたことによる影響が大きいようだ。

ビートの変化には、やはりパンデミックが関係しており、アールは、「ちょっとドラムを使わざるをえなかったんだ。というのも、今、ふわふわと漂ってなんかいられないから」と語っている。つまり、『シック!』のビートは、地に足をつけることの表現になっているのだ(とはいえ、その一方で、ジ・アルケミストによる“オールド・フレンド”と“ライ”、ロブチェインバーズとテラヴァーダによる“タブラ・ラサ”、アリグザンダー・スピットによる“ゴッド・ラフズ”、そしてブラック・ノイズによる“ファイア・イン・ザ・ホール”と、アルバムの半分は、これまでと同じ短いループをベースにした、ビート感の希薄な曲が占めている)。

7.
アルバムには、「保護を受けられない身体に宿った強い魂/生活費は高い ピケットラインを越えるな ウイルスにもかかっちゃいけない/野良猫がやつらを窮地に追いやった 家にこもっていな」(“オールド・フレンド”)と、冒頭から重苦しい空気が漂っている。それに続けて、「藪の中から笑いながら出てきたのはわかっているよ」と、思わせぶりな、意味深長な言葉が繋げられるが、タイトル・トラックでは、「それはエクスペンシブ・シットだ 叔父のフェラが言ったとおりね」というラインに続いて、フェラ・クティの強烈な宣言が引かれる。「アフリカに関係する限り、音楽は楽しむためのものであってはいけない、と思う。音楽は革命のためのものでなければならないんだ。人々と協働し、啓蒙し、市民の義務として音楽を演奏して、システムに対して行動する。悪と感じるものがそこにあるなら、何か行動を起こそう」。

8.
もうひとつ、印象的な引用がある。それは、黒人の子どもたちの啓発や教育を目的にシカゴの各地で催されていたという、移動式ジャズ・ファンク・ミュージカル『ブラック・フェアリー』(1975年)からのサンプリングだ。

“ヴィジョン”のアウトロでは、「子どもたちを幸せにするなら何でもする。私たちのブラック・チルドレンを、魔法を使わずに幸せにするにはどうすればいいの?」と、「子どもたちを幸せにする」ための魔法の力を持たない「ブラック・フェアリー」が問いかける。それに対して、「ブラック・バード」はこう答える。

それは、子どもたちに何を語るか次第だよ。真実を伝え、自分自身であることに誇りを感じてもらうんだ。真実の魔法は、見せかけの魔法よりもずっとパワフルなんだから。「あなたたちはブラックで、美しい」と、子どもたちに伝えて。

ここには、2020年以降、パンデミックの渦中とブラック・ライヴズ・マター・ムーブメントが燃え盛る中で父になったアールの実感とメッセージが込められている。

9.
未知のウイルスの感染症と混乱が世界を覆い尽くした2年間で、人々は病んだ。孤立し、怒りやディプレッションによって、自分自身と理性を見失った人々を、私たちは多く見てきた。特にブラック・ピープル、そして「白人社会にウイルスを持ち込んだ」エイジアン・ピープルは、その犠牲になっただろう。『シック!』には、そんな絶望やロックダウン下の憂鬱とともに、私たちが私たち自身であることの美しさ、そしてそれに誇りを持つことの大切さを改めて伝えよう、という意思が込められているように思えてならない。

悪ガキから父親へ。あるコミュニティから別のコミュニティへ。アール・スウェットシャートの表現は一貫しているが、12年間の変化は著しく大きい。一番の大きな変化は、彼のヒップホップがこんなにも希望のあるものになった、ということだろう。

文:天野龍太郎

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