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THE MOON RANG LIKE A BELL Hundred Waters (Traffic) by JUNNOSUKE AMAI
YUYA SHIMIZU
May 27, 2014
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THE MOON RANG LIKE A BELL

シーンやトレンドの間隙を埋める、目覚ましく洗練された
“電子音楽通過後”のポップ・ミュージック

髪を短くしたポーリー・ジーン・ハーヴェイがジョニ・ミッチェルの『ブルー』をシャーデーのように歌う。あるいは、フォー・テットの『ポーズ』を再現するビーチ・ハウスかアルト・ジェイ、だろうか。自主制作された2年前のデビュー・アルバム『ハンドレッド・ウォーターズ』は、「ジェイムス・ブレイクを通過したフォークトロニカ」とも評された秀作だったが、けれど2ndアルバムの本作『ザ・ムーン・ラング・ライク・ア・ベル』の前では、それもあくまで習作に過ぎなかったと印象をあらためざるを得ない。デビュー・アルバムの再リリースを機にスクリレックス主宰の〈オウスラ〉と契約を結んだことが、次回作にどう影響を及ぼすのか不安がなきにしもあらずだったが、まったくの杞憂だったようだ。

デビュー・アルバムのリリース時、『ピッチフォーク』をはじめ海外プレスが「digital fork」という言葉でそのサウンドを形容していたのが目に留まった。実際、ラップトップや電子器材と生楽器を組み合わせた5人組(※現在は4人)のアンサンブルは、フォー・テットからダーティ・プロジェクターズやフェアポート・コンヴェンションまで引き合いに出され、なるほど、「フォークトロニカ」という括りも差し当たりはふさわしい代物かもしれない。しかし、それこそフェネスやオーレン・アンバーチらに代表された初期の「アコースティック・エレクトロニカ」を経て、ノイズ/ドローンやサイケデリックと合流しフリー・フォーク周辺に拡散も見せた2000年代における「フォークトロニカ」の変遷と、ハンドレッド・ウォーターズの「digital fork」とは勿論隔たりがある。「フォークトロニカ」とはすなわち「電子音楽通過後のフォーク」とするなら、そのテクスチャーやビートに「通過元/参照先」としてチルウェイヴやダブステップ以降の感性を窺わせることは、それが2010年代のアクトであれば当然のマナーであり殊更強調するまでもない、だろう。いや、そもそも彼らがクローズアップされた背景には、チルウェイヴやダブステップがヴォーカルや“歌”へと傾倒を深めていった動きとの共振を見るべき、と言うべきか。そして、本作においてそのサウンドは、ざっくりと言って「フォーク」から「R&B」へ、いわゆるインディR&B的なテイストも打ち出された変化を披露している。

リード・トラックの“キャビティ”や“チャンバーズ(パッシング・トレイン)”が象徴的だが、その濡れ落ちるようなメランコリアと官能的なバラードは、たとえば昨年のライやインクの作品も連想させてやまない。エレクトロニックなプロダクションが前景化し音響的な陰影を彩ることで、紅一点のヴォーカリスト兼キーボーディスト、ニコル・ミグリスの歌声が際立ち、その強烈な個性は本作を彼女のソロ・アルバムかと錯覚させるほどだ。ほとんどアカペラに近いオープニングの“ショウ・ミー・ラヴ”、『ヴェスパタイン』の頃のビョークも彷彿させる“ダウン・フロム・ザ・ラフターズ”の繊細な電子音響とのハーモニーも、素晴らしい。

一方、スクリレックスやEDMに刺激されたわけではないだろうが、随所にダンス・フィール溢れる仕上がりも本作の特徴だ。トライバルな“[アニマル]”、あるいは、フォー・テットがプロデュースしたネナ・チェリーの最新作『ブランク・プロジェクト』にも通じるミニマルなエディットが刺激的な“エックストーク”において、その傾向を鮮明に聴き取ることができる。こうしたクロスオーヴァーやベース~クラブ・ミュージック的なアプローチとの相性の良さは、ティーブスやグライムスの相棒ブラッド・ダイヤモンズらをリミキサーに迎えた昨年のEPで示されていたが、それでも「フォークトロニカ」と括られたデビュー・アルバムからこの展開は大胆な飛躍と言えるだろう。そして、これをあくまでバンドのアンサンブルとして作り上げているところに、彼らのポテンシャルはある。

デビュー・アルバム以上に、レコード棚の置き場選びに困る作品だ。音楽性を広げながら、しかし、ソングライティングにおけるヒエラルキーは一点に収斂を見せるようなトータリティを強く感じさせる。そのサウンドにはいくつもの符合めいた同時代性が窺えるが、いわゆるシーンやトレンドを象徴するような作品とはいい意味で別物だろう。それでも、『ピッチフォーク』が「今年最も期待されている新作リスト」の一枚に本作を選出したのも頷ける、得難く魅力的な作品であることは保証する。

文:天井潤之介

水のない砂漠にユートピアを築くような
無謀で、しかし美しい試み

子供の落書きをそのまま現実に移し替えたような、カラフルで奇抜なデザインで知られるオーストリアの建築家、フリーデンスライヒ・フンデルトヴァッサー。彼の苗字の英語読みに由来するバンド名を持ったハンドレッド・ウォーターズもまた、画用紙に描いた馬が走り出したような、幻想的な音楽を奏でてくれる。

昨年公開された映画『スプリング・ブレイカーズ』で、バカンスに訪れた女子高生達がセックスとドラッグに明け暮れる、アメリカ最南東のフロリダ州。しかしながら、その映画のサウンドトラックを手掛けていたスクリレックスの主宰する〈OWSLA〉と契約したフロリダ州ゲインズヴィル出身のハンドレッド・ウォーターズは、EDMともビーチの狂騒とも、まったく無縁の存在だ。

大学でクラシック・ピアノを学んでいたというニコル・ミグリスと、絵描きでもあるトレイヤー・トライオンらを中心に結成された彼らは、2012年に地元のレーベルからセルフ・タイトルの1stアルバムをリリース。そこで展開されていたのは、どこかビョークやバット・フォー・ラッシーズにも通じるような、フォークともエレクトロニカともつかない、抽象的でミステリアスな音楽だった。

そんなハンドレッド・ウォーターズが〈OWSLA〉と契約したのは、スクリレックスのマネージャーが偶然彼らと同じ街に住んでいたのがきっかけだそうだが、列車に乗ってカナダ全土を横断しながらライヴをするというスクリレックス主催の「フル・フレックス・エクスプレス・ツアー」に招かれた彼らは、ディプロやグライムスといった、畑違いのアーティストたちとステージを共にすることになる。

だがこうした経験が、ダンス・ミュージックに対する彼らの目を開かせたのだろう、新作では前作以上にビートが強化され、スウェーデンのナイフを思わせる、“[アニマル]”のようなトライバル・テック・ハウスまで収録されている(と思ったら歌詞にも「ナイフ」というフレーズが登場していた)。けれどもやはりそこで歌われている風景には現実感が乏しく、アルバムを聴き終わった後には、なにかひどく寂しい夢を見て夜中に独りで目が覚めた時のような、不思議な感覚に襲われることだろう。

アルバムのタイトルは、レコーディングを終えた日の夜、アリゾナ州郊外の砂漠にある都市アルコサンティで、メンバーが見上げた月に由来しているという。イタリア系アメリカ人建築家のパオロ・ソレリが設計したアルコサンティは、自然と文明との共存を目指して、現在も建設が進められている。そこでは植物のように都市そのものが息づき、成長するのだ。そしてアルコサンティのように、このアルバムにも人間の歌声と生楽器、電子音が有機的に共存している。もしも水を浴びる植物のように、音楽を浴びることで人の心の中で何かが育つのだとしたら?ハンドレッド・ウォーターズの音楽は、水のない砂漠にユートピアを築こうとするような、無謀で、しかし美しい試みなのだ。

文:清水祐也

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