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MY NAME IS MY NAME Pusha T (Universal) by MASAAKI KOBAYASHI
YOSHIHARU KOBAYASHI
November 19, 2013
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MY NAME IS MY NAME

カニエをも唸らせたスキルフルなベテランMCが
浮かび上がらせた、ヒップホップ史における自らの地位

プッシャ・T。この、笑おうにもすっきり笑えない、あるいは、どう反応していいのかわからない、微妙なMCネームから、彼が“売人”と何らかの関係がありそうだと誰でも考えられる。だが、元売人だからマイクを握っても、リアルなはずだとか、そういうレヴェルで、彼はラップ・ゲームに参入していない。プッシャは兄とコンビを組み、90年代前半から活動を始め、クリプスと改名する前からファレルに気に入られ、彼の制作チーム、ネプチューンズが全面的にプロデュースした2002年のアルバム『Lord Willin'』で大きな注目を集めた。そのきっかけとなった独創的なビートのシングル“Grindin’”で、プッシャは「I Move 'caine like a cripple"とか"I'm the neighborhood pusher/Call me subwoofer/Cause I Pump "Base"like that...」(俺は地元の売人、人呼んでサブウーファー、ド派手にベース(低音とクラックの二重の意味)を出してやるからな)とライムしている。ちなみに、前者は「俺は杖を動かす、まるで、足の悪い人」と聴こえるけれど、真意は「俺はコカインを動かす、まるで、ヤクでヘロヘロになる奴」であるわけで、この手の表現手法というか、リリカルな技を前面に押し出しながら、ストリートの精神性を表現する独自のスタイルを編み出したのだった。そこから、これまで継続的に発表されてきたミックステープで獲得したファンの多くが、実生活では売人未経験者であり、彼ら、そして、プッシャと契約を結んだカニエ・ウェストも、そのアーティスティックな側面に魅了されたと想像しても間違いはないだろう。

よって、デビュー・アルバムとなる本作から先行カット“Nosetalghia”が「20年以上売ってきた、ジョンソン&ジョンソン」と始まった瞬間に、プッシャが扱っているのは“別の”白い粉のことであり(タイトルの“Nose-”に要注目!)、表向きは、一ラインごとに、赤ちゃん用品からスクールゾーンを経て云々の成長譚であるものの、同時に、それが、赤ん坊の頃からの“白い粉”との密接な関係の比喩になっていることに気づかされ、これぞプッシャの十八番!真骨頂!と唸らざるをえない状況に追いやられる。おまけに、この曲では、それこそ、売人どもが割拠するL.A.はコンプトン育ちながら、いかなるドラッグも全く嗜好しないと公言して憚らないケンドリック・ラマーをフィーチャーし、彼なりのドラッグにまつわるノスタルジアが綴られ、ドープなやり方で決着をつけている。

本作で興味深いのは、こうした共演という単純な形態以外のところで、これまでは、どちらかと言えば、自分とそのクルーの方しか向いていなかったプッシャが、外部のラッパーたちと自分との距離を測り直そうとしている面だ。今年の1月末に無料DLで発表されたミックステープ『Wrath of Caine』収録の“Blocka”が、カニエ・ウェストの“ギルト・トリップ”でサンプルされ、その曲が入った『イーザス』の“ニュー・スレイヴス”のほんのわずかな一節をサンプル&ループして作り上げたビートでプッシャがライムしているのが、本作のオープニング曲“King Push”である。ミニマルという点では、カニエがプロデュースに当たった先行曲“Numbers on the Board”は、後の『イーザス』の作風に接続されるタイプのものだ(今、思えばクリプス時代の『Lord Willin'』のアルバム・カヴァーが、イーザス・ツアーの舞台上で具現化されているとも言える!)。同時に、プッシャに最適なビート作りには不可欠の存在と言われて久しいファレルも、今回手がけたのは2曲のみながら、“Suicide”では、この流儀に倣っている。プッシャの存在をカニエの“ランナウェイ”で初めて知ったリスナーも多いかもしれない。ただ、あの曲での彼は、カニエの要望に応じ、別キャラを演じていた。それが、本作に至っては、むしろ、カニエのほうが収録曲のほぼ3分の2のプロデュースになんらかの形でかかわり、そのうちの1曲で、ハドソン・モホークと共同制作にも関わらず、妙に『マイ・ビューティフル・ダーク・ツイステッド・ファンタジー』モードな仕上がりの“Hold On”では、出だしから十八番のライム・スタイルを繰り出している。

だからといって、カニエのアルバムのラップをプッシャのそれに差し替えても、なんら問題はない、とまでは全く思わないけれど、カニエとのコンビネーションによって、ステイタスとキャリアの維持に成功したジェイ・Zという存在に対しては、プッシャは本作において意識しているように聞こえる。例えば、アルバムの1曲目“King Push”の締めのパンチラインは、ジェイ・Zのキャリアを踏まえた上での自分の立ち位置をタイトに表現したものだし、続く“Numbers on the Boards”では、ジェイ・Zの“Intro: A Million and One Question / Rhyme No More”の一部分が曲に組み込まれ、疑似共演的に仕上げられ、3曲目の“Sweet Serenade”になっても、「Triple Double」という表現を繰り返し、二重、三重に意味を持たせているのは、ジェイ・Zが数字の2にこだわった“22 Two's”(のリリックス)を超えたかったのかもしれないし、他の曲でも、ジェイ・Z絡みの表現を確認できるはずだ。そして、“Let Me Love You”に至っては、ジェイ・Zと同じ90年代半ば以降に一大ブレイクを果たしたメイスのフロウに完全に則ってライムしている。メイスは、パフ・ダディ(現在はディディ)が後見人的な存在になって以来、一般的にはギンギラギンのチャラいラッパーのイメージしか残らなかったが、本来は技で聴かせるタイプのMCだ。それを、リリカルでスキルフルなMC(というイメージを持つ)プッシャがなぞってあげることで、メイスの真価を問う形になっている。

本作のタイトル『My Name is My Name』には「プッシャ・T」という名前を掲げて「マイクを握ってるこのオレ、どうよ」的なニュアンスが込められていると考えられるが、それを突きつめてゆく(表現)過程で、十八番のスタイルの練磨に加えて、ヒップホップ史における今現在の自分自身の位置(あるいは地位)が浮かび上がってくるような作品となっていったようだ。「本作の前置き」であることが、何度となく作中で触れられ、全曲異なるプロデューサーを起用したことからも、本作にとっての習作にあたる『Wrath of Caine』のタイトルにコカイン('caine)が隠されていることは、もう、すぐにわかるはずだ。だが、プッシャとしては、1989年のアルバム『It's a Big Daddy Thing』収録曲に“Wrath of Kane”という強力な一曲があり、それは、ジェイ・Zも自身のスタイル形成の上で大きな影響を受けたという超絶テクニシャンMC、ビッグ・ダディ・ケインの曲であることにも気づいてほしい、と望んでいたに違いない。

文:小林雅明

カニエのバックアップを受けてまとったモダンな意匠。
近年のヒップホップへの越境者も惹きつけ得る、その魅力

ここ数年でインディ・ミュージックのリスナーの間でもヒップホップとR&Bに対するアテンションは明らかに高まった。その契機となったのは、やはりドレイクやフランク・オーシャンやウィーケンド、あるいはフランク・オーシャンも属するOFWGKTAといった新世代が次々と台頭してきたことだろう。リヴァービーでメランコリックな彼らの音楽はチルウェイヴに慣れ親しんだリスナーにも親和性が高かったし、その浸透度の速さという意味ではフリー・ダウンロードのミックステープ・カルチャーが花開いたことも大きな後押しとなった。

そしてこの気運が年々高まっていることは、昨年度の『ピッチフォーク』年間ベスト・アルバム1位がケンドリック・ラマーだったという事実が何より雄弁に物語っている。今ではインディR&Bという言葉がある程度一般化していることからも分かる通り、インディ音楽とヒップホップやR&Bのクロスオーヴァーは過去10年以上で最も盛んになっていると言って間違いない。

そのような状況下において、90年代に兄マリスとのユニットで活動を始め、2000年代前半にはネプチューンズのバックアップで脚光を浴びることになったプッシャ・Tのソロ・デビュー・アルバム『My Name Is My Name』もまた、インディ・リスナーが興味をそそられる作品だろう。なにしろ、彼はそのスキルフルなラップが認められる形でカニエ・ウェストの〈G.O.O.D.〉に迎え入れられ、本作ではそのカニエが半分以上のトラックでプロデューサーとして鎮座。おまけにハドソン・モホークが二曲でビートを提供し、リード・トラックの“Nosetalsia”では人気者のケンドリックと共演しているのだから。

実際のところ、これはそういった聴き手の期待にも十分応えてくれるアルバムだ。ドラッグ取引や犯罪をテーマにするプッシャ・Tと、ギャングスタの街コンプトンに生まれながら売人/ギャングの道には走らなかったケンドリックが極めてミニマルで緊張感が走るトラックの上で絡む“Nosetalgia”がやはり白眉だが、カニエのカラーが強く出ているダークで攻撃的な“Numbers On The Boards”にも耳を奪われる。速射砲のようなビートとケバケバしいシンセが派手に絡む“No Regrets”はいかにもハドソン・モホークであるし、もうひとつのハド・モー参加曲“Hold On”は『マイ・ビューティフル・ダーク・ツイステッド・ファンタジー』を思い起こさせるだろう。全般的にカニエの影は色濃く見えるが、それはベテランの実力者がモダンな意匠をまとう上で大きな貢献を果たしているように思える。

当たり前だが新世代的なフレッシュな感性が光るタイプの作品ではない。しかし、その際立ったスキルは小林雅明氏が詳しく評している通りであるし、これもまたヒップホップのヘッズとインディ・ミュージックのリスナーの両方を惹きつけ得るという意味では、2013年らしい空気を孕んだ魅力的な作品のひとつだと言える。

文:小林祥晴

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