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GREEN LANGUAGE Rustie (Beat) by YOSHIHARU KOBAYASHI
YUSUKE KAWAMURA
September 03, 2014
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GREEN LANGUAGE

ネット・ネイティヴ世代の台頭をものともせず、
マキシマリズムのその先で見せた、強烈な存在感

同郷の盟友ハドソン・モホークの後を追うようにして、その才能が〈ワープ〉から広く世に知らしめられたラスティは、新しい感性の台頭を象徴するアーティストとして歓迎された。彼が2011年に送り出した1stアルバム『グラス・ソーズ』を評する時によく使われたのは、マキシマル、もしくはマキシマリズムという言葉。つまり、一切の無駄を削ぎ落とし、選びに選び抜かれた一音一音で最大限の効果を発揮することを狙ったミニマル・テクノとは対極に位置する音楽、という意味である。

実際、その点では『グラス・ソーズ』は凄まじかった。グライム、トランス、フュージョン、ヒップホップなどがごちゃ混ぜとなり、忙しなく展開していくサウンド。他のダンス・ミュージックのように音の鳴っていない空間をデザインすることよりも、過剰なまでに音を詰め込むことに主眼を置いた曲構成。それだけではない。チープなPCディスプレイのようにギラギラとした光沢のある音色や、陰影や奥行きを欠いたフラットなプロダクションも目新しかった。これが現代的なものとして称賛されたのは、やはり、台頭が始まりつつあったネット・ネイティヴ世代の感性とかなり親和性が高い音楽だと感じられた、というのが大きいだろう。

ラスティ3年ぶりの新作『グリーン・ランゲージ』は、相変わらずハイパーで情報過多ではあるが、1stと較べればだいぶ緩急がつくようになった。シューゲイザー~アンビエントの風合いを持ったトラックがインタールード的に登場し、“ロスト”や“ドリーム・オン”といった甘ったるいR&Bバラードも新機軸として打ち出されている。そのため――あくまで超アッパーな前作と較べればだが――ややレイドバックした印象を受けるかもしれない。1stのようにメタリックでアニメーション的オブジェではなく、自然や動物をテーマにしたアートワークとタイトルは、おそらくそういったこととも関係しているはず。だが、そのような「レイドバック」がラスティ本来の過剰なエネルギーを完全に削いでいるかというと、答えはノーだ。むしろ適度に引くことをわきまえた結果、突き抜けたサウンドは更に突き抜けるようになっている。

そのハイライトと言えるのが、“ラプター”~“アタック”までの流れだろう。ぶっといベースのヒップホップと倍速のハードコア・トランスが合体したような“ラプター”は、これぞマキシマリズム!といった爆発力。そして、グライムMCのDダブルEを迎えたド派手な“アップ・ダウン”と、ダニー・ブラウンの金切り声ラップがマシンガンの如く放たれるトラップ・レイヴ“アタック”は、ビッグ・フェスのアンセムになり得る問答無用のフロア・キラーだ。これらのトラックは、どれもラスティらしい過剰さを身にまといながら、そのスケール感は一皮剥けたように大きくなっている。

ラスティのマキシマルなスタイルは、いわゆるインターネット・ミュージックの本格的な台頭を経て、今や物珍しいものではなくなった。スタンダードになった、とまでは言わないものの、ラスティと近からず遠からずの嗜好性やスタイルを持ったアーティストが確実に増え、ある程度のポピュラリティを得ているのは確か。そのような状況においても、本作における強弱の「強」の部分で彼が見せる突き抜けたエナジーは、有象無象の中に埋もれないだけの強烈な存在感を放っている。そう断言していいだけの説得力が、ここにはあるのではないか。

文:小林祥晴

シンセ過多のエクストリーム・グライム、か・ら・の……

高い評価を受けた1st『グラス・ソーズ』、その音楽性を決定付けているのは、そのハイパーな音色というよりも実はリズムや展開であるように思える。せわしないリズムと展開、それをよりエクストリームに聴かすためにシンセのフレーズが増幅された、というのがラスティの音楽性ではないか。また、あの過度の展開と飛び回るリズムの非ミニマルな感覚、それはトランスやポップなハウスの構造を意外と守っているEDMと彼のトラックの大きな違いだったりする。

実際、初期のジョーカーとの楽曲をはじめ、〈ワープ〉初期ぐらいまで、そのシンセのラインは、ある種のエレクトロ・ファンク的なメロウさすらある。が、しかし、順を追って、徐々にメリハリがくっきりした、トランシーなシンセのラインが、そのリズム、展開を過度に強調するように出現し、『グラス・ソーズ』へと至っているのだ。

そのリズムや展開が、どこに着想があるかと言えば、やはりグライムではないかと思う。勿論、ヒップホップやトラップも近くにはあるのだが、中心はグライムではないだろうか。まずはリンスFMの『グライム・ショー』をユーチューブあたりで片っ端から、そのトラックを中心にして聴いてみればなんとなくわかると思う。シンセのギラギラ感をオミットすれば、リズムや展開に関して、その他のベース・ミュージックよりもラスティの楽曲と似た部分を感じ取れるのではないだろうか。MCのフロウの起爆剤として進化した感覚のあるグライムのトラックは、せわしなく展開し、“点”の起爆剤とも言うべきエネルギーに満ちている。ハメやグルーヴといった、いわゆるDJ的なタイムラインの観点から作られていない、その展開の感覚は、非常にラスティのスタイルに近いものを感じる。

ラスティの初期の朋友でもあるジョーカーは、1stアルバムのインタヴュー時に自らのことを「ダブステップと呼ばれたくない、グライムのプロデューサーだ」と強く述べていたことが印象深いのだが、ジョーカーがグライムのカルチャーにある種のテリトリーがあったことを考えれば、その初期の朋友としてラスティが近いネットワークにいたことも想像に容易い。

グライムに親和性があるというところで、わかりやすく示されている点は、お気づきのように、本作にはUKガラージ~グライムのMCクルー、ニューハム・ジェネラルスに属するベテランMC、DダブルEが参加していることも忘れてはならない。

勿論、そのコマ切れに刺激物を投下していくスタイルは、ここ数年、ダンスフロアの現場で顕在化しつつあるDJカルチャーの変容も大きく影響あるのではないかと。DJスタイルは、ヴァイナルの2ターンテーブルを基礎としたスタイルとは異なる、新たな枝葉を作りつつある。それはPCDJとCDJ、〈パイオニア〉のDJミキサーによる、いわゆるこれまでのミックスのスタイルを超えるようなサンプリング、エフェクトといった、ある種の過度のギミック&エデットを、テクノロジーの変化によって味方につけたことだ。そこからの変容、もしくは新たに生まれたスタイルが間違いなくある。それは楽曲にも影響を及ぼす。それがDJカルチャーだからだ。

それは、ディスコから脈々と続く、ハウスやテクノなどのタイムライン的なグルーヴではなく、ある意味でグライムと同様の“点”の起爆力を重視するようなスタイルだ。そこでこうした楽曲が生まれるというのはあながち、全く関係がなくもないだろう。この過度の展開は、そうしたDJカルチャーから着想を得ているのではないだろうか。そして、また、このハイパーな色彩を持ったシンセがそうしたDJスタイルにはぴったりと合う。

こうした影響、そしてグライムの影響を、インストとして展開するために獲得していったのがあのシンセ音、言ってしまえば、それが1stのあのスタイルではないかと。事実、今回のヴォーカル参加曲は、逆に言えば最初期のラスティのトラックのスタイルから実はそんなに大きな変化を感じることができない。

しかしながら面白いことに、本作『グリーン・ランゲージ』のインストにおいては、逆に、展開やリズムのグライム色が後退している。それ故に、どこか抑制の聴いた音楽性を獲得しているのではないだろうか。が、その結果としては、彼が進化の過程で獲得したシンセの音色のみが残っている。ある種のアーティストとしての表現の進化だ。メランコリックな“パラダイス・ストーン”の表現、プログレッシヴ・ハウス時代の〈ボーダー・コミュニティ〉あたりを彷彿とさせるネオ・シューゲイズ的な感覚を自らのものとした“テンペスト”。ラストの“レッツ・スパイラル”~“グリーン・ランゲージ”の流れにも、まさにそういった感覚がある。ということは、グライム的なリズムでシンセの音色の表現を身につけ、今度はそのシンセの感覚のみが残りつつある、さてこの後にどんなことになるんでしょうか。

文:河村祐介

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