今のご時世、プロモーションっていうのは本当に難しいものですね。なんてことを、U2の新作に対するバックラッシュを目の当たりすると感じてしまいます。「U2なんて好きでもないのに勝手にiCloudに入れるな、しかも消せないじゃないか!」とか。日本の若い世代からは不快感どころか、「U2って誰?」みたいな寂し過ぎる反応も多数あったり。つらい。これはファンならずともU2に同情せざるを得ない。ちょっとだけ。でも、その一方、iTunesでU2のバック・カタログが売れまくっている、という明らかなプラス効果もあったようです。
今回のU2とアップルの試みが、成功だったか失敗だったかはわかりません。っていうか、プラスもマイナスもあった。海外ではストリーミングに押され気味だというiTunesにとっても、U2にとっても。何にせよ、フィジカルやダウンロードやストリーミングなど、音源の手に入れ方が多様化している中で、誰もが試行錯誤しつつ、苦労してるってことなんでしょう。いやはや。
先日、アルトJが発表したアプリも、そんな試行錯誤の中から生まれた面白い実験のひとつだと思います。おそらく日本では、U2より遥かに「誰?」なアーティストでしょうが、世界的には完全にビッグ・ネーム。エレクトロニカやダブステップに目配せしたサウンドに英国伝統の情緒的なメロディが乗り、「フォークステップ」とも「ポスト・レディオヘッド」とも騒がれた前作『アン・オーサム・ウェイヴ』は、全世界で100万枚上のセールスを記録しています。マーキュリー・プライズの栄冠にも輝きました。
そんな彼らが発表したアプリ『This Is All Yours』は、2年ぶりの新作『ディス・イス・オール・ユアーズ』を丸ごと試聴できるという太っ腹なもの。でも、どこでも聴けるわけではありません。それぞれの国で聴ける場所があらかじめ指定してあり、そこに足を運んでアプリを開くことで初めてアルバムが聴けるという仕組みです。
これは面倒と言えば面倒。でも、これはおそらく、ダウンロードやストリーミング・サービスの(過度な)利便性に対するちょっとしたリアクションでもあるのでしょう。いつでもどこでも簡単に新しい音源へとアクセスできる今の時代に失われつつある、CDやレコードを買うためにわざわざ店頭に出向き、そこでようやく手に入れたものを大切に楽しむという体験を現代的に再定義するトライアル、というか。労力を掛けたぶん喜びもひとしお、という非ダウンロード/ストリーミングの長所を上手く取り込もうとしている、というか。少なくとも、これは手間が掛かる代わりに、ささやかなワクワク感を演出してくれるのは確かです。
ちなみに、このプロモーションは早くも功を奏しているようで、ヨーロッパのiTunesチャートでは、新作からのシングルが上位をほぼ独占。日本公式サイトに各国チャートのスクリーン・ショットがまとめてありますが、かなり壮観です。ついでに、ここでは既にMVが公開されている新作からのリード・トラック群を貼っておきましょう。
現在、日本ではタワー・レコード渋谷店に行くとアプリでの全曲試聴が可能。今後も試聴スポットはどんどん増えていく予定になっています。新作の日本盤は10月2日に発売予定ですが、待ちきれない人は、お近くの視聴スポットにゴー!