このミュージック・ヴィデオを観て、あのアルカまで、なぜ(全裸)トゥワークなのだろう? という疑問を抱くリスナーが多いかもしれない。ただし、BPM90以下で展開されるこの曲のリズムが
例えば、この(DJ)ライオットの属するブラカ・ソン・システマが2013年2月にボイラールームでプレイした、DJクインバの“Tarraxo Na Paredo”をきっかけに世界的に広まり出したズークベースのそれと酷似していることに気づいたなら話は別だ。このズークベースについて、かなり大雑把に説明すれば、既存のキゾンバのBPMを下げて、ベースを強調したもので、そこには、既にその前年(2012年)には存在していたトゥワークの要素も含まれていて、トゥワーク度が濃いズークベースは、一部ではズークトゥワークとも呼ばれている。
勿論、アルカは、単純にこうしたトレンドのひとつに乗ったわけではないだろう。
彼は、2011年に『DIS』マガジン用に作った自作曲メインのこのミックスの最初のほうで、今聴くと、タラショを思わせるリズムの曲を聴かせてくれる。タラショは、キゾンバと共にズークベースの基になっている(アンゴラ起源)のタラシーニャを、よりミニマムに、ビートをより剥き出しにしたものだ。ただ、2010~2011年の段階では、タラショやタラシーニャの情報や音源も、ネットにもまだほとんど乗っていなかったと考えるのが普通だろう。
アルカが、彼のその後の作品と繋がる、こうしたズークベース系のビートに興味を抱いていたことは、
彼が、生まれ故郷のベネズエラに住んでいた頃のティーンネイジャーになりたての頃から、ヌーロ名義で、主にネット上で活躍していた時期に発表された、この曲などを一聴すればわかる。ただし、
から嗅ぎとれるような、彼に局地的/瞬間的な人気をもたらした、今で言うところの、例えば、tofubeatsのようなポップなセンスを湛えた楽曲は、ニューヨークに活動の拠点を移してから、ほぼ封印してしまったようだ。こうした、故郷ベネズエラ時代も、歌声には加工を施していたが、それ以降も、現在に至るまで、自分の声に、さらなる加工に加工を重ねているのも興味深いし、今回のアルバム・タイトル曲は、その最たるものなのではないだろうか。
これは加工というより、冒頭に挙げた“Thievery”の映像に至るジェシー・カンダとの一連のヴィデオ・インスタレーション作品を重ねあわせるなら、モーフィングと呼ぶべきなのかもしれない。
ちなみに、学生時代をニューヨークで過ごしたアルカに、アーティストとしてニューヨークを拠点に活動するきっかけとなるレーベル〈UNO〉を紹介した、デザイナーであるシェイン・オリヴァーのブランド(今や高級!)HBA(Hood by Air)のプロモ映像もMORPHと題され、
アルカが音楽を手がけている。
封印ではなく、(アーティストとしての)モーフィングと呼ぶべきだとしても、『イーザス』直前に、シンガーのイアン・アイゼイアに提供したスロウ・ジャム
と
は、アルカのプロデュース作品という括りでは、いまだに(『イーザス』以降だから?)目立つ扱いになっていないのは気になる。後者のトラックは、2013年の
の中間部(曲名判別不明)のピアノと同じモチーフなのでは。その一方で、この『&&&&&』を聴いていると
少なくともヒップホップ・リスナーの間ではあまりに有名な、この曲の頭のフレーズが突如飛び出す茶目っ気ぶりも見せていて、カニエ・ウエストのアルバムに参加する前あたりまでは、結構、アルカ自身が強調していた“ヒップホップのプロデューサー”という自身のスタンスの片鱗なのかもしれない。彼が単独でプロデュースしたヒップホップの楽曲には、『イーザス』の一年前に、既にミッキー・ブランコが、ナズをライムに巻き込んでいる“Join My Militia (Nas Gave Me A Perm)”があった。
それが、今回のデビュー・アルバムに至っては、いわゆるヒップホップの要素は皆無だ。もし万が一それがあるとしたら、女性でもあり、男性でもあるゼンというオルター・エゴを持ち出しながら、自身の生い立ちを表現するというアルバム成立の根幹にあたる部分だろう。裕福な家庭で、ピアノのレッスンを受けていたという最初の彼の音楽体験と思しき、と同時に、イアン・アイゼイアに提供した楽曲を研ぎ澄ましたかのような、“Held Apart”あるいは“Failed”でのピアノ・ソロ(美しく歪んでいる!)も聴かせ、さしあっては封印していたはずのヌーロ時代に起源を求めることのできる“Thievery”あるいは“Bullet Chained”もやや唐突に聴こえてくる。そして、その“Thievery”のミュージック・ヴィデオでジェシー・カンダが造形した存在が、アルカのオルター・エゴ、ゼンであることは間違いないだろう(全裸なのもわかりやすい)。
「2014年最大のセンセーション、アルカの
『新しさ』を紐解くコンテクストとは何か?
その① 『ネット上で生まれた、創造主なき
新たな生命体としての音楽』by 竹内正太郎」
はこちら。