SIGN OF THE DAY

アッシュ20年のキャリアを今も彩り続ける
「究極の10曲」と「裏ベスト10曲」:後編
ティム・ウィーラーinterview
by SOICHIRO TANAKA March 14, 2016
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アッシュ20年のキャリアを今も彩り続ける<br />
「究極の10曲」と「裏ベスト10曲」:後編<br />
ティム・ウィーラーinterview

アッシュ20年のキャリアを今も彩り続ける
「究極の10曲」と「裏ベスト10曲」:前編
ティム・ウィーラーinterview


キャリア20年のサヴァイヴァー、アッシュの
辛口批評家ティム・ウィーラーに訊く、
2010年代ポップ・シーンの見取り図。前編



★Wildsurf (1998) from NU-CLEAR SOUNDS / Live on Later with Jools Holland 1998

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●2ndアルバム『ニュークリア・サウンド』のレコーディング時のあなたたち3人は、1stアルバムの大成功の前と比べると、どんな風に成長し、どんな風にスポイルされていたと思うか? と訊かれたら、何と答えます?

「君の言う通り、僕らスポイルされてたね。間違いなく(笑)。とにかく『ニュークリア・サウンド』はすごく苦労したアルバムだった。『1977』の成功とツアーで疲弊してたし、曲を書く時間もあんまりなくて。息をつく暇もない感じだった。勿論、僕らはいろんなことを楽しんでもいた。だから、あのアルバムは勝ってからトラックを一周走りながら、『いやー、やったね!』って思ってるようなもんだよ(笑)」

●(笑)。

「あと、あの歳でああいう成功を収めると、当たり前のことだと思っちゃったんだ。状況次第で浮き沈みがあるなんて気づいてなかった。『一つ前のレコードで評価される』なんてこと、全然わかってなくて。ファンとかメディアを見て、僕ら『もう成功したから大丈夫』みたいに思ってたんだよね。まあ、あとで大丈夫なんかじゃないって気づくんだけど(笑)。だから当時の僕らはちょっと傲慢で、でも同時に疲弊してて、生活が一変してしまってた。だから、そんな中でシャーロットが加わったのはすごくクールだった」

●そもそもシャーロットの加入は、ライヴやスタジオにおいてサウンドの厚みを出すこと、あなたの負担を軽くすることを除くと、一番の理由は何だったんでしょう?

「やっぱりそれが一番だったと思う。『1977』を作って以来、僕らはオーヴァーダブやギターのレイヤーを加えだして、アルバムの曲をライヴで再現するのがどんどん難しくなってきてた。僕に腕は4本ないからね(笑)。だからもう2本腕が必要だったし、ウィーザーとツアーを回った時に彼らにギターが2本あるのがグレイトだと感じたというものあった。それに僕、シン・リジィのファンだったから、あのギターの絡みが大好きだったし。とにかくもうちょっとバンドを拡張したかった」

●なるほど。

「つい最近、シャーロットとロンドンで一緒にやった時は、背景に“ワイルドサーフ”の映像を映したんだよ。今思うと、あの時の僕らには『ファック・ユー』っていうアティテュードがあったと思う。自分たちのポップな成功への反動だった。と言っても、『1977』ってかなりグランジなサウンドだったと思うんだけどね。10代のファンが大勢ついて。でも、僕らはニルヴァーナを聴いて育って、ああいうバンドをシリアスに受け止めてたから、ティーン向けのポップ・バンドと一緒にはされたくなかった。で、ああいうロックなアルバムを作ったんだけど、特にライヴだともう必殺だったよ(笑)」

●このアルバムのツアー最後の福岡のことを覚えてる?

「クレイジーだったライヴ? あの時、僕、マジック・マッシュルームやってたんじゃなかったっけ?(笑)」

☆A Life Less Ordinary (1997) from A LIFE LESS ORDINARY OST

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●当初、映画のタイトル・ソングを書くことを依頼されたこと自体はあなたはどんな風に受け止めていたんでしょう? それと、あなたがかなり長い期間、この曲をあまり気に入っていなかった理由を教えて下さい。

「今は僕のフェイヴァリットのひとつなんだけどね。でも、これも完成させるのが難しかった曲。ずっといじりつづけてた曲で。だからこそ、長い間、この曲の価値がわからなかったんだ。それにかなりプレッシャーがあった。映画の締め切りもあったし、『1977』以来初めて書く新曲だったからね。1年間まるまる曲を書いてなかったのに、しかもそれがビッグな映画に使われるっていう」

●なるほど。

「ヴァースはロンドンの自分のフラットで一晩で書き上げたんだけど、とにかくコーラスが出来なくて。結局、イングランドの田舎、サフォークかどっかのコテージに行って、そこに一人で6日くらい籠もらなきゃいけなかった(笑)。最終日にやっとコーラスが出来たんだ。ホントあれは悪夢だったよ(笑)。で、レコーディングも最初シャーロットがいない時に一度録音して、シャーロットが加わってからまたもう一度全部録音し直したんだ。だから“ア・ライフ・レス・オーディナリー”にはいろんなデモがあって、とにかく完成するまですごく時間がかかった。今だったら、もっと早く仕上げられるだろうけどね。でも、ライヴでは大勢のファンが好きな曲だし、ライヴでやると常にすごい曲なんだよね」

☆Oh Yeah (1996) from 1977 / Live at Reading 1996

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●ちょうど今から20年前、まだ1stアルバムの完成間近の時期に、この曲を初めてロンドンのスタジオで聴いた時の興奮は今でも覚えています。オリノコ・スタジオだっけ?

「うん、オリノコ・スタジオだよ。僕も覚えてる」

●実際のところ、この曲はソングライターとしてのあなたの、どういう場所に位置付けられる曲だと思いますか?

「“オー・イエー”も大好きな曲だね。ライヴでは観客が歌ってくれるしね。みんなあの曲のストーリーが好きなんだと思う。最初のヴァースにはふたつ物語があって、ひとつは僕の最初のガールフレンドのこと。15歳の頃、彼女と一緒にいた時に起きたことを書いた。だから、ノスタルジックだし、曲を書いたのはその数年後で、もう別れてたから、悲しい気持ちもあった。当時は、曲を書いてるとその時の感情が戻ってくるのが不思議だったな。彼女と15歳の時に別れて、曲を書いたのが18歳。未練があったのかもね(笑)。と同時に、“オー・イエー”を書いた時の僕はノスタルジアでいっぱいだった。学校を卒業して、もう青春が終わる――みたいな感じ。人生が変わろうとしてた頃だったしね。もう老人みたいな気持ちだったんだ」

●まだ18歳なのに(笑)。

「そうそう(笑)」

★Goldfinger (1996) from 1977 / live at Glastonbury 2002

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●この時期のあなたたち3人は成功という狂騒に投げ込まれるタイミングだったわけですが、当時の心境を覚えていますか?

「すごく興奮してたけど、同時に怖がってた。っていうのはいい説明だね(笑)。ずっとやりたかったことが全部手に入ろうとしてて、でもその心構えがまだ出来てなかった。それに僕ら、北アイルランドの田舎の出身だったから。特に当時は、暴力沙汰が起きてた大変な時代から、ようやく抜け出しつつある頃で、ある意味、世界から切り離されてたような感じだった。実際、わざわざ北アイルランドに来てライヴするようなバンドもそんなにいなくて。でも、ニルヴァーナは来たんだよね。それで観れた」

●なるほど。

「とにかく僕らは世間知らずなキッズだったってこと(笑)。なのに、“ガール・フロム・マーズ”がヒットした途端に、いきなり日本とかオーストラリア、アメリカにまで行くことになって。信じられなかったよ。実際、僕はちょうどその頃“ゴールドフィンガー”を書いてた。最初はすごくシンプルで、北アイルランドのベッドルームでふたつくらいコードを弾いただけ。で、次に続きを書いたのが日本のホテルの部屋だった。その次がアメリカのツアーバスの後部座席だったと思う。歌詞はスタジオで書き上げたんだ。でもとにかく、それまでのアッシュのサウンドとは違ってたんだよね」

●そう、この曲は、それまで基本的にグランジに触発されたパンク・バンドだったあなたたちが初めて書いたミドルテンポの曲であると同時に、ブリットポップ期特有のテンポでもある。

「そうそう。“ゴールドフィンガー”は、成熟を見せた最初のサウンドだったと思う。君の言う通り、テンポがスローで、コード進行もかなりクレヴァーなんだよね。でも、だからこそ、『これB面曲だな』と思ってたんだ。覚えてるんだけど、『1977』のレコーディングの前にプロデューサーのオーウェン・モリスが北アイルランドに来て、どんな曲のアイデアがあるか訊いてきたんだよね。でも、“カン・フー”も“ガール・フロム・マーズ”も出しちゃってたし、“エンジェル・インターセプター”はレコーディング済ませてたし。オーウェン・モリスは『他に何がある?』って残り物を掻き集めようとしてた(笑)。で、とうとう僕が、『えーと、今作ってる曲はあるんだけど、これってB面曲なんじゃないかなと思って』って。でも、彼は『これが次のシングルだ!』って大興奮してね。僕は『マジ? 本気で言ってる?』って(笑)」

●当時、オアシスのプロデューサーでもあったオーウェン・モリスを起用しようと決めた理由を覚えていますか?

「マネージャーとレーベルのアイデアだった。彼はオアシスの1stアルバムを作ったところで、エレクトロニックの経験もあったから。まだその時はヴァーヴは手がけてなくて、直後にやることが決まったんじゃないかな。とにかく当時オーウェン・モリスはホットな名前だったし。オーウェンはいい曲を見つけるのに長けてたし、レコーディングについて全部教えてくれたのが彼なんだ。クレイジーな人でもあるんだけど(笑)。でも実は最初“ガール・フロム・マーズ”でもめて、もう二度とやらないってことになりかけたんだ」

●理由は?

「僕ら“ガール・フロム・マーズ”のサウンドに納得いかなくて、ミキシングし直したから。彼はそれが気に入らなくて、僕らとはもう組まないってことになりかけた。でも結局、アルバムのプロデュースを了承してくれたんだ。ただ覚えてるんだけど、最初“ゴールドフィンガー”を聴いた時は、『こんなのアッシュじゃない』と思ったんだよね。で、『リヴァーブかけたほうがいいんじゃない?』って言ったんだけど、オーウェンは『いや、この音に慣れなきゃ』って。だから、彼がバンドに新しいサウンドを持ち込んだんだよ。うん、オーウェンの功績は大きいって言っとかなきゃ(笑)」

☆Angel Interceptor (1995) from 1977

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●50年代ポップスやドゥワップ風のサウンドが初めてあなたの曲に登場した曲がこれだと思うんですが、そもそもそういった50年代以前の音楽というのは、いつ頃、あなたの原体験として現れたものなんでしょう?

「かなり子どもの頃だと思う。僕がビーチ・ボーイズとか、フィル・スペクターを聴きはじめた頃だね。フィル・スペクターとかのガール・グループ、それに〈モータウン〉。50年代、60年代もののメロディックな側面が好きだったんだ。“エンジェル・インターセプター”のコーラスはフィル・スペクターやビーチ・ボーイズの曲のコード構成を基にしてるし、うん、確かにかなり50年代っぽいね」

★Cantina Band (1995) from GIRL FROM MARS (single) / live at The Astoria 2008

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●今もこのカヴァー曲をたまに演奏する理由は? いまだ自分たちが『スター・ウォーズ』世代だから?

「うん(笑)。特に最近、何度かあの曲をやったのは、映画の新作が出たからなんだけど。うん、だからライヴでやるのはちょっと楽しかった。オーディエンスを見てるとわかるんだ。『は? なんだこれ?』ってなってる人と、僕らのことをよく知ってる人が『クールじゃん』ってなってるのと」

●『フォースの覚醒』に対する率直な感想を教えて下さい。JJエイブラハム嫌いの俺もあの作品は好きなんです。

「僕も好き。まあ、何度か、『なんでまた同じ話を見なきゃいけないんだ?』って思う部分があったのは確かにあったんだけど、かなりよくやってると思う。映画全体のルックスやスタイルがすごくよくて、次が興味深いな。次も元のストーリーをうまく新ストーリーに組み入れられれば、クールな映画になるんじゃないかな。『フォースの覚醒』、マークは最初の24時間で3回も観たんだよ。僕は深夜の回でマークと一緒に行ったんだけど、彼の隣で観るのがよかったな。子どもの頃に一緒に映画館行った時みたいだった。で、翌日、マークはさらに2回も観たんだ(笑)」

☆Girl From Mars (1995) from 1977 / live at Glastonbury 2005

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●幼少期に『スター・ウォーズ』以外に何かしら影響を受けたファンタジーやSF作品があれば、それを具体的に挙げて、それにのめり込んだ理由とその影響について教えて下さい。

「とにかく『スター・ウォーズ』には夢中だったんだけど、多分、ロック・ミュージックに夢中になりだしたのと同じ頃、いろんなB級映画を観るのが好きだったんだよね。僕が子どもの頃って50年代、60年代の映画が午後のテレビで流れてて。大抵は火星とか侵略者とか、そういう映画だった。B級映画の気味の悪い音楽も好きだったんだよ。で、もう少し大きくなって、オルタナティヴ・ロックに入れ込んだ頃は、ピクシーズの『トゥロンプ・ル・モンド』が大好きだった。あのレコードって全部エイリアンとか、ロズウェルとか、SFっぽいんだよね」

●確かに。

「それに勿論、デヴィッド・ボウイの『ジギー・スターダスト』も大好きだったし。昔、僕らがバンドの練習してた時って、姉の部屋で練習してたから、たいてい姉が一緒だったんだ。姉は僕より18歳年上で、部屋の壁には『ライフ・オン・マーズ』って文字が書かれてた。僕はその頃からずっとSFロックっていうのが大好きなんだと思う(笑)」

●(笑)。

「でも、“ガール・オン・マーズ”には事実も混ざってるんだ。僕は当時まだ最初のガールフレンドのことを考えてたし……ものすごく強烈な初恋で、でもすぐに消滅してしまって。乗り越えるのにかなり時間がかかった。だから、あの曲は、ずっと彼女のことを考えてるのに会えなくて、『きっともう宇宙に行っちゃったんだ』って考えることで自分を納得させたところがあったんだと思う(笑)。当時、感じた強烈なフィーリングは、誰かからものすごく遠く離れてしまったっていうフィーリングだったんだよ。だからこそ火星の女の子、宇宙から来た女の子っていうアイデアが気に入ってた。僕、恋愛については全然わかってなかったんだろうな(笑)。でも、僕の10代の頭の中で起きてたのはそういうこと」

☆Kung Fu (1995) from 1977 / live at Reading 1996

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●あなたたちと初めて会ったのは、この曲のリリースから少し経ってからの97年のグラストンベリーのフィールドでした。

「うん、よく覚えてるよ」

●この時期、ソングライターとしてのあなたの何かしらの目的意識や目標というのはどんなものでしたか? 俺はブルース・リー世代なのでわかんないんだけど、あなた達の世代にとって、ジャッキー・チェンという人は何を表象したり、リプレゼントする存在だったんでしょう?

「僕、ブルース・リーも大好きだよ。ブルース・リーもイーヴル・キニーヴルと同じで、僕にとってのアイコンだった。多分、“カン・フー”を書いた時って、ちょうどジャッキー・チェンを発見した頃だったと思う。95年のクリスマス前あたりだったと思うんだけど、UKのテレビのチャンネルがジャッキー・チェン特集をやってて、ずっと彼の映画を放送してたんだ。『酔拳』とか全部。それで僕、夢中になっちゃって(笑)。あと、その頃はタイジュツ(体術)っていうマーシャルアーツをやってて。ムエタイと柔術を混ぜたような、かなりハイブリッドな武術なんだけど(笑)。当時の僕はマーシャルアーツとジャッキー・チェンにのめり込んでた。と同時に、ラモーンズをノンストップで聴きまくってたんだ。あの曲ではその二つが変に混ざり合ったんだよ」

●なるほどね。

「あと、当時のマネージャーから、ラモーンズはステージに忍者がいたっていう話をよく聞いたんだよね。ステージに上がってこようとする人を忍者が蹴り落としてたんだって。とにかくそのアイデアが大好きでさ(笑)。それもあって、何故か、僕の中ではマーシャルアーツとラモーンズが一緒になってた(笑)。あれって何分間かで書き上げた曲なんだ。“エンジェル・インターセプター”のB面曲を作らなきゃいけなくて作ったんだけど、出来がよかったから、“カン・フー”もシングルにすることになって、“エンジェル・インターセプター”が後送りになった。“カン・フー”の9ヶ月後とかにシングル・リリースしたと思う。だから“カン・フー”って本当にアクシデントだったんだけど、まさに当時の僕の頭の中で起きてたことなんだよね」

●グラストンベリーの夏、自分たちがどんなことを考え、どんな夢を見ていたか、覚えていたら、教えていて下さい。あの時のマークは確か、スピードでぶっ飛んでたけど。

「だね(笑)。あの日は文字通り、僕の卒業試験の2日後だった。2日前に学校を卒業したばっかりで、グラストンベリーで演奏してるっていう。ホント背伸びしても届かないところに立ってたんだよ。〈BBCレディオ1〉がライヴを録音してたんだけど、試験があったから、まったく練習してなかったし。マネージャーが録音を聴いて、ひどいって言ってたの覚えてるし(笑)。でも観客が反応してくれたおかげで、グレイトなライヴになったんだよ。とにかく、あんなサイズのステージで演奏するのはグラストンベリーが初めてだった。クレイジーだったよ! まあ、僕ら、その前の年にレディングに行ったから、どういうことになるのかちょっと予想はついてたけど……それにしたって、すごい夏だった。ブリットポップが爆発して、素晴らしい天気が続いて。UK中で快晴続きだったんだ。グラストンベリーでは、スウェーデンのフェスに出演するために夜中に出発しなきゃいけなかったんだよね。他にもいっぱいグレイトなライヴがあったから、週末中ずっといられたらよかったんだけど。でも、スーパーグラスがすごかったのを覚えてるし、僕らがやったステージのヘッドライナーのプロディジーは最高だった。クールな夏だったな(笑)」

★Uncle Pat (1994) from TRAILER / Live in Downpatrick 2004

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●思えば、この曲がどんな場所から出てきたのか訊いた記憶がないので、改めて教えて下さい。

「これってジャムってた時に出来た曲なんだけど、ちょっとケルト的でフォーキーだろ? 当時、ピート・ウィルソンっていう友達がいたんだけど、彼の伯父さんの名前がパットだったんだ。彼ってホームレスだったんだけど、村のあちこちで寝たり、他の家に泊めてもらったりしてた。でも、実は彼はミュージシャンだったんだよ。フィドル弾きで、時代遅れの音楽をやり続けてた。で、曲調から、田舎でフィドルを弾いてる物憂げな老人っていうイメージが浮かんできたんだ。だから、これもどこかノスタルジックなイメージなんだよね」

☆Jack Names The Planets (1994) from TRAILER

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●この曲の出てきた場所についても改めて教えて下さい。リリックは、幼少時代のカート・コバーンが星ばかり見ていたという逸話とダブるものがあったりするんだけど、この曲における星に名前をつける行為というのは、何のアナロジーなんでしょう?

「自分で書いた曲で、『いい曲だな』と思ったのは“ジャック・ネーム・ザ・プラネッツ”が最初だったんじゃないかな。夏休みに書いた曲なんだけど、ちょうどアッシュが3ピースとして結成されたばっかりで、初ライヴの2か月くらい後だったと思う。最初のガールフレンドと付き合ったのも同じ頃だった。うん、あの曲はある意味、彼女のために書いたんだ。それと僕が当時読んでたのが、スティーヴン・キングとピーター・ストラウブが書いた『タリスマン』っていう本で。その一章のタイトルが『ジャック・ネーム・ザ・プラネッツ』なんだよ。で、その章では主人公の少年ジャックが秘密を明かせって訊問されるんだ。で、ジャックは名前を挙げながら脱出を図るんだけど……僕はそのタイトルをまったく新鮮な目で見たっていうか、『星に好きな人の名前をつけられたらどんなにスウィートだろう』って思ったんだよ」

●なるほど。

「だからあれは、女の子に『愛してる』ってことを『愛してる』とは言わずに伝える、みたいな曲。僕、若かったんだな(笑)。あともう一つクールだったのは、小説の中で、その少年は二つの時空を行き来するんだ。それって僕が当時感じてたことでもあって。大抵、ティーンエイジャーって、空想僻があるっていうか、デイドリーマーなんだよね。だからこそ、僕はジャックっていうキャラクターにすごく共感したし、自分自身もパラレル・ワールドに生きてるような気がしてた。学校生活をちゃんと送ろうとする一方で、ファンタジーの中のロックンロール・ライフも送ってたから(笑)。僕は北アイルランドで、自分の前に敷かれたレールみたいな普通の人生を送りたくはなかったんだ。で、違う人生を夢見てた。それがあの曲のスタート地点だったんだよ」

●あなたの場合、カートと違い、素敵なご両親に囲まれた育ったわけですが、それでも孤独を感じることはあった? メタルを卒業した後、カートの音楽に猛烈に惹かれた理由は何だと思いますか?

「今の僕にとってもカート・コバーンは大きな意味があると思う。デヴィッド・ボウイと同じで、カート・コバーンも自分は他とは違うって感じて、疎外されてたんだよね。それってティーンエイジャーが感じる疎外感そのもので。アメリカの北西部って雨ばっかり降ってるから、ちょっと北アイルランドに似てるっていうか、かけ離れてないんじゃないかな。でもそういうアングストだけじゃなくて、彼の音楽にはエナジーがあって、しかも歌詞が思慮深くてクレヴァーだった。あと、僕にとってニルヴァーナはアウトサイダーとして登場してきたんだ。アウトサイダーとしてのカートはすっごくクールだった。僕もそこに加わりたい、って思ったんだ」

●どうもありがとう。長い時間取ってもらって。

「いや、こちらこそ。久しぶりに話せて嬉しかったよ。ね、レディオヘッドの『007 スペクター』の曲はどう思った?」

●名曲だと思う。ここ数年、少しばかりレディオヘッド周辺に対する興味が完全に失せてたんだけど、あの曲を聴いて、俄然彼らのこれからの動向に対して、わくわくするようになった。

「僕もそう思う。ビューティフルな曲だよね」

●しかも、クラシックなボンド・ソング的な要素も入ってて。「なんでサム・スミスの大したことない曲の方を使ったんだ?」って感じ。

「きっとあの映画にはよすぎたんだよ(笑)。むしろあの曲にピッタリな理想のボンド・ムービーを空想出来るから、僕らラッキーなのかも(笑)。存在しない、理想の映画を思い描けるじゃん(笑)」

●じゃあ、最後に20年前と今、“ジャック・ネーム・ザ・プラネッツ”を演奏する時に、変わったと感じるもの、変わらないと感じるものそれぞれについて教えて下さい。

「あの曲ってグレイトなリフで始まるんだよね。始まった途端、エナジーが爆発する。で、アップテンポで、速くて。今でもプレイしてて、ホント楽しい曲なんだ。始まったらいきなり、みんな同じ列車に乗って、疾走して、空を飛んでる感じがする曲っていうか。勿論、もう僕はティーンエイジャーじゃないけど、今、演奏する時も、あの時感じてたことを歌おうとしてるし。だから、あんまり変わってないと思う(笑)」


通訳:萩原麻理


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