SIGN OF THE DAY

もしかして、これこそがベックの最高傑作?
作品を追うだけでは決して全貌の見えない
全身メディア作家が「音楽の存在意義」を
世に問う『ソング・リーダー』の凄さ。前編
by JUNNOSUKE AMAI September 24, 2014
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もしかして、これこそがベックの最高傑作?<br />
作品を追うだけでは決して全貌の見えない<br />
全身メディア作家が「音楽の存在意義」を<br />
世に問う『ソング・リーダー』の凄さ。前編

2年前の2012年に、録音された音源ではなく、楽譜形式のブックレットとして発表された『ソング・リーダー』。そして今回、その『ソング・リーダー』に楽譜として収録されていた楽曲を、ベックを含む20名のアーティストが実際に演奏したコンピレーション・アルバム『ベック・ソング・リーダー』。かたや、今年初めにリリースされるや大きな注目と評価を得た『モーニング・フェイズ』と比べると、このふたつの作品はどうも一組の「企画物」として受け流されている感が否めない。すっかり見過ごされてはいないか。実際、両作品は、ベックのウィキペディアでもディスコグラフィの項に紹介されずじまいという有り様だ。

しかし、『ソング・リーダー』と『ベック・ソング・リーダー』は、はたしてベックのディスコグラフィにおいてイレギュラーな作品なのか。とくに前者については、むしろこれこそベックというアーティストの精髄を伝えるにふさわしい作品ではないか、と考える。

Beck / Song Reader' Project: Behind the Scenes

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「演奏しなければ聴くことのできないアルバム」。ベックは『ソング・リーダー』の前書きで、そう最初のアイデアについて触れている。楽譜ということは当然ながら、それ自体ではそこに記された音楽を聴くことはできない。『ソング・リーダー』を聴くためには、購入者がみずからその楽譜を演奏するしかない。さらにそのためには、楽譜を読める知識と、楽器を演奏する技術が最低限必要だろう。あるいは、他人に演奏を依頼するにしても、いずれにせよ『ソング・リーダー』を観賞するためには、つまり従来のリスナー然とした受け身の態度ではままならないということだ。

そもそも『ソング・リーダー』の着想は、今から20年ほど前にさかのぼる。当時リリースされた『オディレイ』のヒットを受けて、ある出版社が制作した『オディレイ』の楽譜のコピーがベックの元に届けられたことがきっかけだった。それはピアノ演奏用に譜面起こしされたものだったらしく、楽譜を目にしたベックは、あの様々な楽器やサンプリングが複雑にミックスされた『オディレイ』のサウンドが見事に抽象化(abstraction)されていることに、良くも悪く大きな衝撃を受けたそうだ。ベックは『ソング・リーダー』の前書きに「音という無形のアイデアが記譜され、形になったのをマジマジと見て、曲というのは楽譜になっても同じ効果を発揮するようにはできていないのだと痛感した」と綴っている。しかし、この件を契機に、既成の曲を譜面化するのではなく、楽譜用に曲を作るというアイデアを思いつき、温め続けたベックは、10年ほど前から具体的に構想を練り始め、ようやく『ソング・リーダー』の出版という形で実現に至ったのだという。

発表の形態とは別に、そのソングライティングの根本となる動機や姿勢の部分で、『ソング・リーダー』がベックのディスコグラフィ上もっともイレギュラーである所以。それは、その楽曲が(少なくとも当初は)自分以外の演奏者のために書かれたものである、という点に尽きる。『ソング・リーダー』は、勿論「ベックの作品」だが、大前提として、「他者の作品」でもある。

そういう意味で、ベックが2008年の『モダン・ギルド』以降、自身名義のスタジオ・ワークから長らく遠ざかっていた間、サーストン・ムーアやスティーヴン・マルクマスのプロデュース業を通じて文字通り「他者の作品」の制作に精を出していたという経緯は、『ソング・リーダー』に向けた助走路としてあながち無関係とは思えなくもない。あるいは、同時期に並行して、ベックが彼自身のウェブ・サイト上において執心したプロジェクトとして、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドやレナード・コーエン、スキップ・スペンスの名盤を丸々一枚カヴァーする企画『レコード・クラブ』を思い返されたい。ファイストやMGMT、トータスやウィルコのメンバーらとコラボレーションを重ねたその作業は、それこそ、ベックにとっては逆にみずからが「音という無形のアイデアを記譜」するような感覚に近いものがあったのではないかと想像する。

Beck / Sunday Morning(Record Club)


Beck / Master Song ft. Devendra Banhart(Record Club)


Beck / Lawrence of Euphoria ft. Wilco, Jamie Lidell, and Feist(Record Club)


ベックは『ソング・リーダー』の前書きで、「自己流にアレンジしてもよし、もちろんアレンジを無視してもらって一向に構いません」「お好きな楽器を使ってください。コードを変えてもらっても、メロディのフレーズを変えるのも演奏者の自由です」と呼びかけている。『ソング・リーダー』の究極の目的は、「音楽を開放すること、いろいろな形で人々に曲に関わってもらう可能性、そして現存する多くの音楽形態が提供する以上の別次元の可触性を与えること」である、と。そして、『ソング・リーダー』の出版と同時に開設されたオフィシャル・サイトには、ファンが実際に演奏した音源や動画を投稿できるようになっている。

John Lewis / Eyes That Say I Love You(from Song Reader)


ASIJ Choral Ensemble / Just Noise(from Song Reader)


『ソング・リーダー』というプロジェクトを知る過程で、個人的に連想したのが、ビョークの『バイオフィリア』だった。『バイオフィリア』もまた、通常のCDとは別に、特設のウェブ・サイトと連携してデジタル・リリースされたアプリケーション(※楽曲の題材に基づいたインタラクティヴ・ゲーム、アニメーション化されたスコア、歌詞、学術論文etc)を使ってリスナーは作品に参加することができ、連動して各都市で作曲や演奏のワークショップが開催されるといった、一種のマルチメディア・プロジェクトだった。

つまり、リスナーは作品を「聴く」だけに留まらず、アプリを通じて『バイオフィリア』の世界を「学ぶ」機会が得られ、さらには楽曲の「(二次)創作」を体験することができる。そんな『バイオフィリア』の自己完結的ではなく、「他者」を巻き込むダイアロジカルな機会(=可触性)として音楽を捉え直すことにクリエイティヴな価値を見出そうとする態度――これはビョークというアーティスト自身についても言えることだが――は、ベックが『ソング・リーダー』というプロジェクトに期待している可能性と、ほとんど同義に等しい。

Björk / biophilia: tour app tutorial

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そもそも、ベックの創作作法がその出発点において、ゼロから何かを作り上げるというより、すでにあるものを使って別の新しいものを作る、といった感覚に近いものであったことは本人も認めるところである。多様な音楽ジャンルを俯瞰しながら換骨奪胎して、リミックス/マッシュアップ的な手法でサウンドを再構築していく、という作法は、それこそ『オディレイ』を最初の到達点としてベックが確立した音楽スタイルだった。たとえば、ベックがその音楽的な素養を学ぶ過程で、ウディ・ガスリーやジョン・リー・フッカーのレコードを聴き漁り、20年代や30年代へとさかのぼるデルタ・ブルースやトラディショナル・フォークの歴史に触れる中でその伝統的な作曲術、ギターの演奏法や歌唱法を体得したというのは有名な話だろう。その上でベックは、後年のインタヴューで「音楽的な意味での僕の持ち味は、その(既存の)構造の中に様々なサウンドやいろんなアイデアを反映させるところにあると思う」と自己分析していたことを思い出す。言うなればベックこそが先駆けて、「好きな楽器を使って」「コード」や「メロディのフレーズを変え」て「自己流にアレンジ」する、その実践者だったというわけだ。

Beck / I Ain't Got No Home in This World Anymore(Woody Guthrie cover)


そして、このベックの持ち味は、先の『レコード・クラブ』は勿論、プロデュース業においても存分に活かされた「職能」であることは間違いない。さながら、「折衷/編集」的なプロセスが導く先に像を結ぶ音の手触りの中に“オリジナリティ”を発見し、さらには音楽家としての“アイデンティティ”を実感するような態度こそ、ベックの全仕事に共通するイズムなのだろう。

いや、ベックが手本としたブルース(あるいはジャズ)という音楽自体、英国教会の賛美歌に黒人奴隷が独自のアレンジや自分達の言葉を加えて生まれた黒人霊歌や労働歌を元に、さらに白人音楽の音階や西洋の楽器が持ち込まれることで発展を遂げてきた歴史を持つ。フォークもまた、元からある曲に、他のいろんな曲のお気に入りのメロディや歌詞を交ぜたりしながら歌い継がれることで大衆に広く愛されてきた。

「フォーク、ブルース、ポップ、シンガーソングライター、ゴスペル、カントリー……それらを含めたアメリカの歌集は、人気やトレンドの変化を足下に置きながら、ある種の存在感を保ち続けています。その内容は、絶え間なく否定され、そして再評価され、追加と削除が繰り返されています。その存在感を楽曲に紡ぎ入れることができれば、現代の作曲を形成した音楽構造に注目し、廃れてしまった曲との絆を取り戻す手段になると思えたのです」。

そして、ベックがそう前書きで綴るように、まさにそうしたスタンダードでクラシックなアメリカン・ソングを意識して曲が書かれた『ソング・リーダー』は、それが究極の目的とする「音楽を開放すること、いろいろな形で人々に曲に関わってもらう」メディアとして、19世紀にアメリカで音楽の教則本の類として出版されたソング・ブック/シート・ミュージックをまさに青写真として制作されたものである。つまり、『ソング・リーダー』が擁するプロジェクトとしての射程は、古のアメリカン・ソングが辿った歴史を準えたものであると同時に、自身もまた「追加と削除」という「折衷/編集」を繰り返してきたベックのキャリアがそこに重ねて映し出されたものであることは言うまでもない。




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