ストロークス本体の活動から離れたソロやサイド・プロジェクトは余技に過ぎない。なんてことは、ジュリアン・カサブランカスのイマジネーションが久々に爆発している『ティラニー』を聴いた今、ほとんどの人が言えなくなったはず。しかし、ソロには一目を置くようになっても、ジュリアンが運営している〈カルト・レコーズ〉にまで注目しているリスナーは、まだまだ少ないんじゃないでしょうか? でも、それは正直もったいない! と思うわけです。なぜなら、〈カルト・レコーズ〉のアウトプットにもジュリアンの摩訶不思議なセンスはしっかりと通底していて、彼の「頭の中」を覗き見るには打ってつけなのですから。
そもそも〈カルト・レコーズ〉は、ジュリアンのソロ一作目『フレイゼズ・フォー・ザ・ヤング』(2009)をリリースする際に立ち上げられたレーベル。このアルバムは当時ストロークスが契約していた〈RCA〉から出ましたが、ジュリアン自身が作品のクリエイティヴ・コントロールを握るために自主レーベルを設立して共同リリースという形にした、という経緯があります。
なので、その後しばらく〈カルト・レコーズ〉は開店休業状態。このままなんとなく立ち消えるのかな、という雰囲気でした。ところが、ストロークスが〈RCA〉と契約満了した2013年頃から活動を活発化。様々なアーティストと契約し始め、どんどん面白いことをやり始めているんです。
で、そんな新生〈カルト・レコーズ〉の契約第一弾アーティストは、あのヴァージンズ。懐かしいですね。小粋なニューウェイヴ・ディスコ・ポップは相変わらずなんですが、〈カルト・レコーズ〉に来るとこんなMVを作っちゃいます。結構強烈なんで、まだ見ていなかった人は、まずご覧あれ。
これはヤバい。かなりギリギリのセンス。見ての通りMTVのチャート番組のパロディなんですが、物置の奥から引っ張り出してきたVHSを再生したみたいな画質が今のジュリアンっぽい。MVのダサさも絶妙。しかも、MTVの人気VJだったジェシー・キャンプがカメオ出演しているという無駄な凝り様です。このMVはヴァージンズの自主制作ではあるものの、ジュリアンのディレクションがある程度入っているのは間違いないでしょう。
MVのヤバさで言えば、昨年〈カルト・レコーズ〉から5作目『バイ・バイ17』をリリースしたハー・マー・スーパースターも、負けず劣らずのクオリティ。特に“プリゾナー”という曲のMVが凄いんです。
これは86年のカルト・ムーヴィ『BMXサイクルキッド(原題:RAD)』へのオマージュですね。「最悪のスポーツ映画!」と名高い珍作のダンス・シーンを引っ張り出しきて、ハー・マー・スーパースターのディスコ・ファンクに合わせてしまうこのセンス。これまた絶妙なり。ジュリエット・ルイスが出演していて、やたら豪華なのもばっちりです。
そして、クリブスのライアン・ジャーマンと元ヒア・ウィ・ゴー・マジックのジェン・ターナーによるプロジェクト、エクスクラメーション・ポニーのMVもなかなかのもの。これは架空の80年代映画『セイ・イット・オン・サンデイ』のサントラという設定なんだとか。
いやあ、この偏執的なまでの美意識の徹底。唸らされるものがあります。しかも、ここまで紹介してきた作品のセンスは『ティラニー』にほぼ直結している、というのは、『サイン・マガジン』の総力特集を読んだ人ならばわかるでしょう。読んでなくても、ジュリアンの最新MVを見れば、同じ美意識の下で生まれた作品であることは明白です。
率直に言って、上記の3組は世間的にちょっと懐かしのアーティストになりつつある人たち。でも、そこを上手くフックアップし、見事に再生させているのがジュリアンらしいですし、〈カルト・レコーズ〉の機能のひとつと言えるでしょう。けれど、勿論〈カルト・レコーズ〉はそれだけのレーベルではありません。
〈カルト・レコーズ〉の一側面としてあるのは、わざわざ大きなレーベルで出す必要もない、かと言って完全自主リリースではもったいない――という仲間たちの作品の受け皿としての機能。発掘音源集的なカレンOのソロ作『クラッシュ・ソングス』や、アルバート・ハモンド・ジュニアのEP『AHJ』はそれに当たるでしょう。
そして、もうひとつの側面としてあるのは新人発掘の機能です。活動再開後の〈カルト・レコーズ〉は、若手を続々とフックアップ中。ザッと以下に並べてみました。新人は下手にジュリアンのカラーに染め過ぎたくないからか、それぞれの個性を生かしたMVになっています。
そんなニュー・カマーたちの中でも、とりわけ注目しておきたいのはセレブラル・ボールジー。今年6月にデヴィッド・シーテックのプロデュースで(!)、〈カルト・レコーズ〉から2nd『ジェイデッド&フェイデッド』を出したバンドなんですが、これが面白い。興味深い。とにかく同作からのMVを見てください。
80年代USハードコア・シーンの記録映像みたいなMV。そして、モロにハードコア・パンクな音楽性。これは完全に『ティラニー』と地続きと言うか、『ティラニー』のモードに入っているジュリアンの嗅覚が反応して契約したバンド、という感じでしょう。もしかしたら、彼らに出会って『ティラニー』のヴィジョンが固まった可能性だってあるかもしれない。そこは機会があれば、ジュリアン本人に問いただしてみたいところです。
というわけで、〈カルト・レコーズ〉は、ヴィジュアル的にも音楽的にもジュリアンの美意識が隅々まで張り巡らされた、かなり奇妙で、独創的なレーベル。余技だなんて、もってのほか。むしろ、ストロークスやソロに負けないくらい心血注がれた、ジュリアンの「作品」のひとつだと言っていいでしょう。勿論、これからレーベルの活動はさらに加速していくはず。ジュリアンの最新モードと、その一風変わった審美眼によって選び抜かれた作品に触れたければ、〈カルト・レコーズ〉をチェックリストに入れておいて絶対に損はありません。
「総力特集:
ゼロ年代を変えたストロークス、
その頭脳、ジュリアンの頭の中」
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