ダーティ・プロジェクターズの最新作『ダーティ・プロジェクターズ』は、間違いなくポップ・ミュージックの新時代を切り開いていく一枚。激動の2017年における、北米インディ目下の最重要作品。ただ、2000年代北米インディの頂点に位置する傑作のひとつ、『ビッテ・オルカ』からあまりにドラスティックな変化を遂げているので、いまいちピンとこないという人もいる模様。そこで、この記事では、『ダーティ・プロジェクターズ』の何がすごいのか? 最新作では彼らの何が変わって、何が変わっていないのかをQ&A形式で解きほぐしていきます。
前編をまだ読んでいない人は、こちらからどうぞ。
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メンバー全員脱退、脱インディの失恋作品?
ダーティ・プロジェクターズは何が変わり、
変わっていない?その疑問に答えます。前編
では続いて、後編をお楽しみ下さい。
8)カニエ・ウェストやポール・マッカートニーと一緒に仕事をして、インディを裏切ったの?
これはちょっと頭の固いインディ原理主義発言だと言わざるを得ませんね。確かにデイヴは、カニエ、ポール、リアーナのコラボ曲“フォーファイヴセカンズ”のブリッジを書いています。
しかし、前編でも書いた通り、ダーティ・プロジェクターズは以前からメインストリームのヒップホップ/R&Bに関心を示してきました。
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メンバー全員脱退、脱インディの失恋作品?
ダーティ・プロジェクターズは何が変わり、
変わっていない?その疑問に答えます。前編
そして、ヒップホップ/R&B側にもダーティ・プロジェクターズに注目しているアーティストは以前から少なくありませんでした。たとえば、ジェイ・Z。彼は自身がオーガナイズするフェス〈メイド・イン・アメリカ〉への出演をオファーするなど、かねてからダーティ・プロジェクターズに反応を示してきたアーティストの一人です。
そして、当然ここで忘れてはならないのが、ソランジュ。昨年のアルバム『ア・シート・アット・ザ・テーブル』にデイヴがプロデューサーとして関わっていること、そして“クール・ユア・ハート”が彼女との共作であることからも、いまや両者の関係性はひろく知られるところですが、改めてそのとっかかりを辿っていくと、2009年にソランジュが発表した“スティルネス・イズ・ザ・ムーヴ”のカヴァーに行き着きます。彼らはステージでも共演を果たしているので、その映像もご覧いただきましょう。
こうして振り返ると、デイヴがカニエらとの共作にいたる伏線はいくらでも出てきそうですね。というか、インディとヒップホップとR&Bとメインストリーム・ポップの境界が無効化した音楽を10年近く前から提示していた先駆者の一組が、このダーティ・プロジェクターズだったわけです。だからこそ、カニエやジェイ・Zやソランジュからラヴコールを受けてきた。それを指してインディを裏切ったというのは、流石に見当違いではないでしょうか。
9)ダーティ・プロジェクターズとブラッド・オレンジ、どちらが偉いの?
なるほど。確かにブラッド・オレンジことデヴ・ハインズも、インディとヒップホップとR&Bとメインストリーム・ポップの境界が無効化した音楽にいち早く取り組んでいたアーティスト。実際、デイヴよりも先にソランジュと手を組んだのが、デヴ・ハインズでした。それに、2016年を象徴するアーティストの一人となったソランジュの音楽的な方向性を決定付けたのは、2012年に彼がプロデュースしたEP『トゥルー』だといっても過言ではないはず。
他にも、スカイ・フェレイラに“エヴリシング・イズ・エンバラッシング”という決定的な楽曲を提供するなど、ここ数年でプロデューサーとして一気に頭角を現したデヴ・ハインズ。確かに彼の活躍は目覚ましいものがあります。ただ、前述した“ファイヴフォーセカンズ”にしろ、ソランジュの『ア・シート・アット・ザ・テーブル』にしろ、最近のデイヴ・ロングストレスの暗躍ぶりも凄まじいので、正直このふたりの仕事に甲乙をつけるのは、かなり難しいところ。あえて言うなら、この二人をいち早く起用したソランジュはマジで偉いです。
10)デイヴ・ロングストレスってビョークの今一番のお気に入りって本当?
そう言っても過言ではないでしょう。この両者の交流については、恐らくご存知の方も少なくないのでは? 今から遡ること9年。アメリカの音楽メディア〈ステレオガム〉監修によるトリビュート・アルバム『エンジョイド:ア・トリビュート・トゥ・ビョークス・ポスト』への参加をきっかけに、ダーティ・プロジェクターズはビョークと邂逅。それから一年を待たずして、彼らは共演を果たしています。そのときの貴重な映像が残されていたので、まずはそちらをご覧いただきましょう。
このコラボレーションはチャリティ企画の一環として行われたもので、披露された楽曲はすべてデイヴの書き下ろし。しかも、このライヴに手応えを感じた彼らは、そのまま楽曲をスタジオに持ち込んでレコーディングし、ダーティ・プロジェクターズ+ビョーク名義で、7曲入りのEP『マウント・ウィテンバーク・オルカ』を2010年に発表しています。
こうした変遷からも、ビョークがダーティ・プロジェクターズのことをいたく気に入っているのは十分に伝わるでしょう。それだけでなく、2012年にビョークはとあるインタヴューで、デイヴのソングライティングを「まるで超能力のようだ」とまで評しているのだから、その才能に惚れ込んでいるのは間違いなさそうですね。常に時代の先端にいるアーティストとコラボし、最近ではアルカをライヴDJに抜擢しているビョークにこれほど気に入られているのは、デイヴにとっても栄誉なことではないでしょうか。
それにしても、ビョークを始め、カニエ・ウェストやエズラ・クーニグなど、これほど多方面のアーティストから支持されている音楽家もそうはいないかと。まさにデイヴ・ロングストレスこそ、現代屈指のミュージシャンズ・ミュージシャンなのです。
11)デイヴ・ロングストレスって友達が少ない嫌われ者? それとも人気者?
ここまで述べた通り、じつは同業者から慕われまくっているデイヴ。つまり人気者ですね。今回のアルバム制作には、そんなデイヴ周辺のミュージシャンたちがこぞって参加しています。
なかでも大活躍なのが、元バトルスのタイヨンダイ・ブラクストン。9曲中5曲に参加している彼は、自身の最新作『HIVE1』でも大々的に導入していたモジュラー・シンセサイザーを駆使して、エレクトロニック・アレンジの要を担っています。ちなみにこの映像でタイヨンダイが操っている配線だらけの機材が、モジュラー・シンセ。
さらに、アトムス・フォー・ピースのメンバーでもあるパーカッショニスト=マウロ・レフォスコ。カニエ・ウェストのコラボレーターとして注目されるマルチ・アーティスト=エロン・ルトベルグ。ソランジュとの共作曲“クール・ユア・ハート”でリード・ヴォーカルを務めているR&Bシンガー=ドーン。デイヴが最新作のオーケストラ・アレンジを一部担当したジョアンナ・ニューサムとの関わりも深い、ギタリスト/ヴァイオリニスト=ロブ・ムースなど、とにかく今作のコラボレーターは特筆すべき人物だらけ。正式なバンド・メンバーこそいなくなったものの、相変わらずデイヴのまわりには才能あるミュージシャンたちが集っているようです。
もちろん、このようにゲスト・アーティストを多数招聘する形でアルバムの作ることになったのは、ダーティ・プロジェクターズからデイヴ以外のメンバーが抜けてしまったから、でもあります。しかし、結果的にこれは、2017年におけるバンド音楽の在り方を問い直している作品になったとも言えるのではないでしょうか。曲ごとに様々なゲストをフィーチャーリングするのは、ヒップホップやR&Bの制作手法に近いもの。しかし、あくまで完成した作品はダーティ・プロジェクターズというバンド名義で発表。しかも、それが2017年インディ屈指の傑作になった。その意味を、私たちはもう少し考えてみてもいいのかもしれません。
12)US東海岸インディの隆盛を共に築き上げたヴァンパイア・ウィークエンドのエズラは、デイヴのことをどう思ってるの? 今でも友達?
たぶん友達なんじゃないですか? デイヴがカニエやポールと共にレコーディングした曲は“ファイヴフォーセカンズ”の他にも存在し、その制作にはヴァンパイア・ウィークエンドのエズラ・クーニグも参加している、なんて話題も最近出てきましたね。
そのエズラがかつてはダーティ・プロジェクターズに参加していたというのは、いまやけっこう有名な話ですが、そこからもう少し遡ると、元々エズラは評論家志望だったらしく、じつはダーティ・プロジェクターズの初作『ザ・グラッド・ファクト』のレヴューをここに書き残しています。どうやらこの記事、エズラ君にとっては黒歴史らしいので、掘り起こすのもなんか悪いんですが。
それから2年後の2005年、エズラはサックス奏者としてダーティ・プロジェクターズに参加。デイヴと彼は一時期、ルームメイトとして一緒に過ごしていたこともあるようです。もちろん、その友人関係は今でも続いているようで、新作『ダーティ・プロジェクターズ』のクレジットにも、エズラの名前はしっかりと記載。また、少し前に公開された〈ニューヨーク・タイムズ〉の記事でも、彼はデイヴのつくる音楽について「普遍的であり、構成上、誰も成しえなかったハーモニーをつくっている」とまで発言しており、作家としてもデイヴに最大限の敬意を払っていることが伺えます。
というわけで、この二人は互いに音楽家として一目置きあう仲、といったところでしょうか。それも納得できますよね。なにしろ、彼らはともに、R&Bを中心に様々な音楽がクロスオーヴァーする2017年の潮流を誰よりも先駆けていた存在。だからこそ、この前の記事でもタイトルに掲げていたように、ダーティ・プロジェクターズの新作と、制作中との噂が流れているヴァンパイア・ウィークエンドの新作が、インディ新時代の鍵を握っていることは間違いありません。
13)ライヴは一人でやれるの?
正直わかりません。まず、アンバーのヴォーカルや女声コーラスがフィーチャーされた『ライズ・アバヴ』以降の楽曲については、現状のダーティ・プロジェクターズが演奏するのはかなり難しそう。加えて、前述したように新作『ダーティ・プロジェクターズ』は多数のコラボレーターが参加したアルバム。それこそ“キープ・ユア・ネーム”のピッチダウンされたヴォーカルなど、録音上のこまかい加工もいろいろ施されているので、この音像をどうすればライヴ上で再現できるのか、まだちょっと想像がつきません。
ただ、いくらなんでもデイヴ一人でツアーを回ることはまずないだろうし、おそらく何かしらのバンド編成を用意するのではないか。何にせよ、ライヴについては今後の動きをひきつづき待ちたいところですね。レコーディング作品だけでなく、ライヴ・パフォーマンスにおいても、きっとデイヴは私たちを驚かせてくれる何かを考えているはずです。
さて、如何だったでしょうか? ダーティ・プロジェクターズの最新作『ダーティ・プロジェクターズ』は、間違いなくポップ・ミュージックの新時代を切り開いていく一枚。激動の2017年における、北米インディ目下の最重要作品――と断言する理由は、ここまで読んでくれたあなたにはきっとわかってもらえたはず。是非『ダーティ・プロジェクターズ』をもう一度手に取って、そのすごさを再発見してみて下さい。