SIGN OF THE DAY

プライマル・スクリーム、もうひとつの顔。
「シングル」という失われつつある文化に
こだわり続けた、その究極の20曲。前編
by YUYA WATANABE May 21, 2016
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プライマル・スクリーム、もうひとつの顔。<br />
「シングル」という失われつつある文化に<br />
こだわり続けた、その究極の20曲。前編

たとえば、アシッド・ハウス・ムーヴメントを象徴する一枚としての『スクリーマデリカ』。あるいは、硬質なエレクトロニック・サウンドに猛烈な社会批判を託した『エクスターミネーター』。プライマル・スクリームというバンドの歩みを、おそらくほとんどの方はこうした一連のアルバム作品と結びつけているのではないだろうか。勿論、そうした見方は正しい。彼らがその音楽的な変遷を、最新作『カオスモシス』を含む11枚のスタジオ・アルバムに刻んできたのは、まぎれもない事実。それはこちらの記事を読んでもらってもわかる通り。

移り気なカメレオンなんかじゃない!
常に時代に対する鋭利な批評たりえた
プライマル・スクリーム全歴史。前編


しかし、一方であなたはご存知だろうか。プライマル・スクリームはそのアルバム作品と同様、いや、時としてそれ以上にシングルというフォーマットを重視してきたバンドだということを。その意味において、彼らはドアーズ、スミス、ニュー・オーダーといった偉大なシングル・バンドの系譜に連なる存在でもある。そう、50年代や60年代のポップ音楽を愛し、10代でパンク・ムーヴメントの洗礼を受けたボビー・ギレスピーという男にとって、シングル盤とはただアルバムの一部を伝えるためのツールでは決してなかったのだ。

そこで今回はプライマル・スクリームがこれまでに発表したシングル盤の中から、20曲をチョイス。それらをリリース順に振り返っていくことによって、アルバム単位でキャリアを追っていくのとはまた違った、彼らの「もうひとつの歴史」を炙り出していきたいと思う。




1. Velocity Girl(1986)

収録時間にして1分20秒程度。86年に発表された2ndシングル“クリスタル・クレッセンド”のカップリング曲であり、当時〈NME〉誌の付録としてつくられたコンピレーション・カセット『C86』のオープニング・トラックにも起用されたこの“ヴェロシティ・ガール”は、英国インディ・ポップの新顔として(そしてここ日本では、いわゆるネオアコに属するバンドのひとつとして)、プライマルの名前を少しずつ浸透させていった曲。翌年にリリースされる1stアルバム『ソニック・フラワー・グルーヴ』の内容を予見させたのは勿論、あのストーン・ローゼスのデビュー作にもヒントを与えた、このジム・ビーティが弾くバーズ風の12弦ギターを基調としたサウンドは、彼らの音楽的出自が60年代サイケデリアであったことを象徴している。


2. Ivy Ivy Ivy(1989)

89年のイギリスといえば、アンダーグラウンドなレイヴ・パーティが未曾有のひろがりを見せていた頃で、その盛り上がりは、67年のサンフランシスコで起きたヒッピー・ムーヴメントとなぞらえて「セカンド・サマー・オブ・ラヴ」と呼ばれるまでになっていた(その象徴とされるのが、前述したストーン・ローゼズのデビュー作だ)。かたや当時のボビーたちも、そうしたムーヴメントをただ横目で眺めていたわけではなく、ベタベタの長髪に黒い革ジャンでロックンロールをかき鳴らしながらも、週末にはブライトンのクラブに通い、そこでエクスタシーを食ってはぶっ飛んでいたという。そんな時期に発表されたのが、ボビーいわく「ニューヨーク・ドールズとシャングリラズの合体」というアイデアから生まれたこの曲。ハイトーンのロックンロール・ギターと60年代ガール・グループのスウィートネスを掛け合わせたようなサウンドは、その頃の時代性とはあきらかにズレているが、その一方でここにはかつてボビーが在籍していたジーザス&メリーチェインとのミッシング・リンクも見出せる。


3. Loaded(1990)

2ndアルバム『プライマル・スクリーム』の収録曲“アイム・ルージング・モア・ザン・アイル・エヴァー・ハヴ”をアンドリュー・ウェザオールがリミックスし、アシッド・ハウスのマナーを大胆に導入。さらに映画『ワイルド・エンジェルズ』に登場するピーター・フォンダの台詞をサンプリングしたこの曲には、およそ10年にわたって続いた経済政策=サッチャリズムの終焉と、自分たちがムーヴメントの一部であることへの喜びが溢れていた。「セカンド・サマー・オブ・ラヴ」の最中に放たれたこのシングルは、音楽メディアの主導ではなく、クラブ・シーンでのヒットに後押しされる形で、全英チャートに見事ランクイン。結成からおよそ8年。プライマル・スクリームのキャリアが遂に花開くことになった一曲。


4. Come Together(1990)

ドラッグがもたらすサイケデリック体験は人間の時間感覚を引き延ばし、音楽の概念さえも変化させていく。そうした感覚のストレッチを当時もっとも顕著に表していたのが、この“カム・トゥゲザー”だった。原型は3~4分程度のラヴ・ソングだったこの曲は、“ローデッド”と同じくウェザオール、そしてヒューゴ・ニコルソンがリミックスを施すことによって、収録時間が10分を超え、構成もがらりと変化。そこにアメリカの黒人市民権活動家=ジェシー・ジャクソンの演説をサンプリングしてくっつけた結果、“カム・トゥゲザー”は人々の結束を促すアンセムへと生まれ変わる。そのポジティヴィティに満ちた高揚感はボビーたちの意思さえも飛び越えて、「セカンド・サマー・オブ・ラヴ」に沸き立つ当時のムードを、見事なまでに体現していた。


5. Higher Than the Sun(1991)

あの有名な「スクリーマデリカ・サン」のカヴァー・アートは、アルバムよりも先に、まずはこの曲の12インチ・リミクス・シングルのジャケットを飾っている。あの文字要素を完全に省いたドローイングにせよ、「太陽より高く」というタイトルにせよ、エクスタシーの恍惚をこれほどストレートに表したシングルは他にないだろう(実際、当時の英国メディアからも、この曲は「エクスタシー・バラッド」と称されていた)。それだけでなく、プロデュース役にジ・オーブを起用して生まれたこのスペース・レゲエ/コズミック・ダブは、アシッド・ハウスの音楽的な可能性をロック・バンドの視点から拡張させることにも成功。当時のクラブ・シーンとロックンロールの関係性を、より親密なものとさせた。


6. Don't Fight It, Feel It(1991)

結果としては「セカンド・サマー・オブ・ラヴ」終焉間近の空気を捉えることになったアルバム『スクリーマデリカ』。そのリリースにいたるまでの連作シングルを締めくくったのが、この“ドント・ファイト・イット、フィール・イット”だ。当時はアシッド・ハウス以外にも、オーネット・コールマンなどのフリー・ジャズ、あるいはパーラメントやファンカデリックなどもよく聴いていたというボビーは、「クラブの環境下でも有効なエレクトロニック・スタイルでノーザン・ソウルを演奏する」というアイデアを着想し、さっそく黒人女性シンガーのデニス・ジョンソンをゲストに招いて、ここに具現化。その狙いが的中し、またしても彼らが手に入れたアシッド・ハウス・シーンの新たなアンセム。


7. Movin' on Up(1991)

“ローデッド”から“ドント・ファイト・イット、フィール・イット”にいたる4枚の12インチ・シングルを通じて、アシッド・ハウスとの蜜月期を過ごしたプライマル・スクリームは、その後、ウェザオールと共にメンフィスへと渡り、ローリング・ストーンズの黄金期を支えたプロデューサー=ジミー・ミラーを招聘。『スクリーマデリカ』のオープニングも飾ったこの曲を核として、『ディキシー・ナーコEP』の制作に取り掛かっている。これまでのシングル4枚とはあきらかに路線の異なるストーンズ風のロックンロールでありながら、そこにゴスペルの要素を注入することで「ユニティ」の感覚も表現したこの曲は、黎明期のロックンロールが目指した理想を「セカンド・サマー・オブ・ラヴ」の時代に受け継がんとするプライマルのスタンスを、見事に示していた。


8. Rocks(1994)

あの1967年以来、21年ぶりに訪れた「愛の夏」はあっけなく終息。94年にはレイヴそのものを取り締まる法案=クリミナル・ジャスティス・ビルが成立し、ここにきて英国クラブ・カルチャーは政治的問題と直面することになる。一方、『スクリーマデリカ』によって成功を勝ち取ったプライマルは、皮肉にもロックンロールのクリシェに足を取られてしまい、メンバー全員がコカインとヘロイン漬けのバッド・トリップ状態に。すっかりアイデアを失っていた彼らは、もういちどメンフィスへと渡り、聖地「マッスル・ショールズ」でのレコーディングに着手する(ちなみにその頃、ボビーの親友にして〈クリエイション〉のオーナーであるアラン・マッギーは、オアシスと契約を結んでいる)。Tレックスやフェイセズのブギーにヒントを見出しつつ、スティーヴィー・ワンダー“アップタイト”のビートを借用することによって生まれたこの曲は、結果的にバンド最大のヒットを記録するだけでなく、その後のクラブ・シーンでもアンセムとして定着。瀕死状態だったプライマルにとって、“ロックス”はまさに起死回生の一曲だったのだ。


9. Kowalski(1997)

96年、ストーン・ローゼズを解散させたばかりのマニことゲイリー・モンフィールドが、なんとプライマルに加入。そのマニの弾くベース・ラインが早速すさまじい存在感を発揮しているのが、『ヴァニシング・ポイント』の先行シングルとして発表された“コワルスキー”だ。イントロで、カンの“ハレルヤ”と、ファンカデリックの“ゲット・オフ・ユア・アス・アンド・ジャム”をさりげなくサンプリングしているこの曲は、当時のプライマルがコズミックなダブに傾倒していることを示唆。それによって、彼らは次々とギター・バンドを輩出していたブリットポップの潮流と、完全に袂を分かつことになる。ちなみにMVに主演しているのは、スーパー・モデルのケイト・モス。彼女とプライマルの親密な関係はこの後もつづき、この曲はやがてボビーとのデュエットにも発展していくきっかけにもなった。


10. Star(1997)

アルバム『ヴァニシング・ポイント』からの2ndシングル“スター”は、心地よいチルアウトを演出しながら、同時にマルコムXやキング牧師への敬意と、社会の変革を誓った曲でもある。トニー・ブレアのもとで18年ぶりに労働党が与党へと返り咲いた97年の総選挙を経て、この頃のボビーは英国政府への不信感を静かに強めていたのだ。一方、盟友アラン・マッギーはブレア率いる労働党の支持を表明。彼とプライマルはここで一時的に決別している。オーガスタス・パブロの演奏するメロディカをフィーチャーした“スター”は、いわば“ハイアー・ザン・ザ・サン”の系譜につらなるユーフォリックなスペース・レゲエといったところだろうか。とはいえ、それこそ“ハイアー・ザン・ザ・サン”がエクスタシーの恍惚を表現していたのに対し、この頃の彼らはそこで陥ったドラッグ問題をなんとか乗り越えようとしている最中だったのだから、“スター”が生まれた背景は“ハイアー・ザン・ザ・サン”とはむしろ対象的だ。


プライマル・スクリーム、もうひとつの顔。
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こだわり続けた、その究極の20曲。後編





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