SIGN OF THE DAY

ラップ・ミュージックとキリスト教の関係を
巡る往復書簡①:山下壮起×小林雅明
〜2パック、MCハマーを主な題材に〜
by MASAAKI KOBAYASHI
SOKI YAMASHITA
December 20, 2019
ラップ・ミュージックとキリスト教の関係を<br />
巡る往復書簡①:山下壮起×小林雅明<br />
〜2パック、MCハマーを主な題材に〜

近年、カニエ・ウェストが自身の活動や作品を通して、キリスト教への信仰を明確に表現するようになったのは、改めて言うまでもないだろう。2019年1月から全米各地でサンデー・サービスを開催し続け、遂にリリースされたニュー・アルバム『ジーザス・イズ・キング』はゴスペルに強くインスパイアされた作品となった。同作はビルボードの総合チャートで初登場1位を記録したのはもちろんのこと、クリスチャン・アルバムやゴスペル・アルバムのチャートでも首位を獲得している。だが、ラップ作品においてクリスチャニティが表現されるのは今や決して珍しいことではない。2019年7月にリリースされたチャンス・ザ・ラッパーの初アルバム『ザ・ビッグ・デイ』を抑え、全米1位を二週連続獲得したNF は(本人はその分類を否定しているものの)クリスチャン・ラップのアーティスト。一方のチャンス・ザ・ラッパーも、ゴスペルを取り入れた音楽性を含め、キリスト教への信仰心を作品内で表現しているのはご存知の通りだ。

こうした例からも明らかなように、ヒップホップ/ラップ・ミュージックのカルチャーをより深く理解するためには、キリスト教との関係や、その歴史を知ることは大きな手助けとなるはずだ。そこで、「見えざるヒップホップの壁」に続く小林雅明による連載第二弾となる本記事では、小林たっての希望により、『ヒップホップ・レザレクション ラップ・ミュージックとキリスト教』の著者である山下壮起との往復書簡インタヴューとなった。これまであまり体系的に語られることがなかったヒップホップとキリスト教の関係を、膨大かつ緻密な情報を基に解きほぐしていく刺激的なやり取り。全6回に分けて毎日更新でお届けする。ぜひ『ヒップホップ・レザレクション』と併せて読んでもらいたい。(小林祥晴)




小林雅明(以下、小林) 御著書には「ラップ・ミュージックとキリスト教」という副題がついています。ここで読者が留意すべき、誤解しないでほしいのは、鉤括弧つきのキリスト教について語られるのではない、ということです。なによりも「ラップ・ミュージックとキリスト教との関係」について考察/検証してゆくことが目的です。そのためには必要不可欠となるファイヴ・パーセンターズ(注:ネイション・オブ・イスラムから分派した団体)やネイション・オブ・イスラムについて言及されていることに、一介のヒップホップ・リスナーとしても目をひかれました。

個人的には、ラキムを初めて聞いたときには、ファイヴ・パーセンターズのことなどまったく知らず、関連づけることさえできませんでした。ただ、パブリック・エネミーの2作目『イット・テイクス・ア・ネイション・オブ・ミリオンズ・トゥ・ホールド・アス・バック』が出た頃から、ネイション・オブ・イスラムについては大雑把な知識であれ、少しずつ自分のなかには入ってきました。

Public Enemy / It Takes a Nation of Millions to Hold Us Back


知識が薄っぺらだったこともあり、ネイション・オブ・イスラムを「イスラム教」と機械的に結びつけるよりは、ファイヴ・パーセンターズとあわせて、より日々の生活に密着した黒人コミュニティでの生き方の提唱みたいなものとして受け止めていました。山下さんは、ラップ・ミュージックと宗教との密接なつながりを最初に感じたのは、どんな曲を聞いたときでしたか?

山下壮起(以下、山下)「本書の意図をご理解してくださり、ありがとうございます。本書はキリスト教について語るというよりも、教会に批判されてきたヒップホップにこそイエスの語った福音が示されているという議論を一つの軸としています。それは言い換えるなら、教会には限界があるということですし、その限界ゆえにアフリカ系アメリカ人の歴史においてネイション・オブ・イスラムやファイヴ・パーセンターズが登場したことにも通じます。

ネイション・オブ・イスラムやその起源にも関係するムーリッシュ・サイエンス・テンプル(創始者のノーブル・ドゥルー・アリの名前はナズやゴーストフェイス・キラのリリックにも出てきます)は、『イスラム教』の教義を教えるよりも、イスラムや『エイジアティック』を黒人の新しいアイデンティティとして示すことで、人間的価値を否定されてきたアフリカ系アメリカ人に人種的誇りを取り戻そうとした運動と見ることもできます。実際に、初期のネイション・オブ・イスラムではクルアーン(イスラム教の聖典)を用いることはなく、聖書をとおして、また、聖書の独自の解釈によって、誇り高い黒人像を打ち立てようとしました。その独自の教義は後のファイヴ・パーセンターズにも継承されています。そして、コミュニティということを仰いましたが、実際にネイション・オブ・イスラムの信徒らはよく街角に立って機関紙〈ファイナル・コール〉やビーン・パイを売ったり、インナーシティにおけるコミュニティで一定の存在感があります。

私自身、ラップ・ミュージックと宗教との密接なつながりを最初に感じたのは、コモンの『ワン・デイ・イトゥル・オール・メイク・センス』を手にし、シーローとの共作曲のタイトル“G.O.D.(ゲインニング・ワンズ・ディフィニション)”を見たときです。

Common / G.O.D.(Gaining One's Definition) ft. Ce-Lo


当時高校生で、英語のリリックをごくわずかしか聞き取れなかったものの、そのタイトルを見て『ラッパーは神様の話もするねんなあ』と思いました。そして、『ゲインニング・ワンズ・ディフィニション』という副題から、コモンのようなコンシャスなラッパーは自らの意味を獲得していく過程で神を知るという神理解を持っているのかと思い、ヒップホップをとおして神について考えさせられもしました。また、同アルバムの冒頭にある“インヴォケイション”という言葉の意味がわからずに辞書で調べると、『祈祷』という意味が記してあり驚きもしました。そして、一体どんなことをラップしているのだろうと思い巡らしました。

また、同時期に2パックがマキャベリ名義で出したアルバムのカヴァーで十字架のイエス像の顔を自分の顔に描いたものを見たとき、とても驚きました。あれだけイケイケのギャングスタがなぜ自分をイエスに重ねているのかと不思議でなりませんでした」

Makaveli / The Don Killuminati: The 7 Day Theory



小林 次に「ラップ・ミュージックとキリスト教」という観点から、90年当時、日本では「ラッパーといえば、この人!」というくらい広く認識されていたMCハマーの“プレイ”を聴いた時、あるいはミュージック・ヴィデオを観た時、初めて、ラップ・ミュージックをキリスト教や教会と接合したな、と思いました。同時に、これはラップ・ミュージックの中にラップ・ミュージックなりのキリスト教や信仰がある、というのではなく、ラップ・ミュージックのヴァリエーションとしてゴスペルっぽいものもありますよ、というアプローチで、やたら「プレイ(pray)」の一語がリリックスに出てきます。この曲および当時のハマーを、キリスト教との関係においてどう位置付けていますか。また、山下さんが、ヒップホップなりの捉え方でラップ・ミュージックにキリスト教信仰が息づいていると、最初に強く感じられたのは、どんな曲でしたか?

MC Hammer / Pray


山下「MCハマーに関しては、ラップではあるけれどもヒップホップではないと、そのような評価がヒップホップ・コミュニティのなかにはあると思います。物笑いの種になっていると言いますか……。ハマーはダンス重視で、リリックの内容も色物的なものと見なされたために、多くのラッパーたちからディスの対象とされたのかもしれません。

小林さんからハマーに関する質問をいただいて、彼の経歴についてネットのニュース記事の範囲だけですが調べてみました。ハマーは、デビュー・アルバムの『レッツ・ゲット・イット・スターテッド』の成功により、アルバムを製作するときには必ず神を賛美する曲を入れると神に約束し、”プレイ”もその約束から生まれたものだそうです。一方で、その『レッツ・ゲット・イット・スターテッド』は、ハマーがインディペンデント・レーベルからリリースした『フィール・マイ・パワー』収録曲の一部と新曲で構成されています。そのなかでも、『レッツ・ゲット・イット・スターテッド』と『フィール・マイ・パワー』に収録された“サン・オブ・ザ・キング”は、ハマーが教会の仲間と組んだグループ、ホーリー・ゴースト・ボーイズによるもので、曲中には『バイブル』や『ブレシング』など教会用語が出てきています。

なお、サン・オブ・ザ・キングとは古代イスラエルの王ダビデの子のことです。旧約聖書には『ダビデの子』つまり、ダビデの家系の子孫から救い主が現れると記されています。そして、新約聖書ではイエスを『ダビデの子』としています。この曲はその救い主としてのイエスがいつも共にいるという信仰を題材にしているということです。また、ホーリー・ゴーストはキリスト教の三位一体論における『聖霊』のことです。ハマーが属すペンテコステ派では聖霊の働きを重視し、聖霊の賜物を受けた者は異言を語ることができるとしています。つまり、ハマーはデビュー前からクリスチャンとしての信仰をラップした曲を制作していたということです。

そのようにデビュー前から自身の信仰をラップしていたハマーですが、ハマーはチャーチ・オブ・ゴッド・イン・クライストという黒人のペンテコステ派の教派で按手を受けて牧師になっています。なお、按手とは頭に手を置いて祈ることですが、牧師職を志願し、相応しいと認められた者の頭の上に、司式者である牧師やその式に集った他の牧師たちが手を乗せて、その職務に必要な力と賜物を与えることを神に願う式のことです。

ペンテコステ派は20世紀初頭に誕生した教派で、今そのペンテコステ派の様々な教会が世界中で教勢を拡大しています。ペンテコステ派の特徴の一つはエネルギッシュな礼拝のスタイルです。その礼拝のスタイルは、奴隷制時代の南部の黒人の教会とも関係があります。アフリカから連れてこられた人びとは、キリスト教との出会いのなかで、憑依や叫びといったアフリカ的な宗教実践を礼拝にも取り入れていったということです。そのような礼拝のスタイルが南部で誕生したチャーチ・オブ・ゴッド・イン・クライストの礼拝スタイルにもなっていきました。一方で、チャーチ・オブ・ゴッド・イン・クライストの信徒の多くは貧困層や低収入の労働者層でした。それゆえに、伝統的な主流の教派に属す黒人教会からは見下されていたりもしました。

さて、ハマーが“プレイ”をリリースしたのは1990年ですが、その頃は黒人教会に起こっていた一つの変化によって、新しいうねりが形成された時期でもあります。1970年代から、それまで見下されていたペンテコステ派の礼拝スタイルが、主流教派の礼拝に徐々に取り入れられるようになっていました。そして、ハマーが“プレイ”をリリースする頃には、黒人教会のなかで教派の異なる教会がそれぞれの教義を継承しつつも、礼拝スタイルをペンテコステ派化させたことで、教派を超えた新しいネットワークがゆるやかに形成されるようになっていきました。それに合わせて、黒人教会のなかからも礼拝出席者が数千人を超えるメガ・チャーチが登場するようになりました。

ハマーの“プレイ”も、現代のペンテコステ派の賛美に通じるようなものがあります。“プレイ”ではクワイヤーが『プレイ~、プレイ~』と合唱していますが、クワイヤーを従えて歌うカーク・フランクリンの楽曲を彷彿とさせます。そこには、アップテンポな楽曲を用いるようになってきたペンテコステ派のワーシップ・ソングの影響があるかと思います。

これらを踏まえるなら、ハマーの“プレイ”には、アフリカ系アメリカ人の世俗音楽であるブルースやR&Bの手法を取り入れていった黒人ゴスペルに通じるものがあるのではないでしょうか。ちなみに、以前の〈サイゾー〉での質問でお尋ねになられたカニエのサンデー・サービスのライブの風景もペンテコステ派の礼拝における賛美を思い起こさせるものです。

Kanye West / Ghost Town (at Sunday Service)


キリスト教信仰が息づいているということについて、ご質問の意図をしっかりと理解できているかはわかりませんが、黒人社会におけるキリスト教の影響力がラップ・ミュージックにも及んでいると感じた曲はいくつかあります。たとえば、後に訴訟沙汰にまでなりましたが、ビギーの追悼曲であるパフィの“アイル・ビー・ミッシング・ユー”が挙げられます。

Puff Daddy / I'll Be Missing You ft. Faith Evans & 112


私は高校の交換留学で南部のアラバマ州モンゴメリーで一年を過ごし、お世話になったホスト・ファミリーが通っていた教会の礼拝では、何度も“アイル・フライ・アウェイ”という讃美歌を歌っていました。その讃美歌のサビの『One glad morning when this life is over』という歌詞が、そのまま“アイル・ビー・ミッシング・ユー”でも使われています。あるとき、ふと“アイル・ビー・ミッシング・ユー”がどこからか流れてきたときに、フェイス・エヴァンスがそのサビを歌っているのを聴いて、『“アイル・フライ・アウェイ”やんか!』となりました。

また、先ほどの質問での2パックのマキャベリのアルバム・カヴァーもキリスト教、あるいは、イエス・キリストが黒人社会において大きな意味を持っていることを意識させるものであったといえます。ナズの“ヘイト・ミー・ナウ”のミュージック・ヴィデオも同じです。

Nas / Hate Me Now ft. Puff Daddy


そういえば、小林さんも記事を書いておられた〈FRONT〉を高校生のときに毎月楽しみにしていたのですが、そのなかでオール・ダーティー・バスタードについての記事を読んだときに、彼が別名ビッグ・ベイビー・ジーザスと名乗っていることが書いてあり、2パックやナズがイエスのイメージを用いたことと何か結びつくものがあるのかと思ったりしました。


ラップ・ミュージックとキリスト教の関係を
巡る、山下壮起と小林雅明による往復書簡②
〜ゴスペル・ラップとカニエを主な題材に〜


TAGS

MoreSIGN OF THE DAY

  • RELATED

    〈サイン・マガジン〉のライター陣が選ぶ、<br />
2022年のベスト・アルバム、ソング&<br />
映画/TVシリーズ5選 by 宇野維正

    December 26, 2022〈サイン・マガジン〉のライター陣が選ぶ、
    2022年のベスト・アルバム、ソング&
    映画/TVシリーズ5選 by 宇野維正

  • LATEST

    2022年 年間ベスト・アルバム<br />
1位~5位

    December 31, 20222022年 年間ベスト・アルバム
    1位~5位

  • MOST VIEWED

    2013年 年間ベスト・アルバム<br />
11位~20位

    December 19, 20132013年 年間ベスト・アルバム
    11位~20位