SIGN OF THE DAY

ラップ・ミュージックとキリスト教の関係を
巡る、山下壮起と小林雅明による往復書簡⑥
〜カニエ『Jesus Is King』を主な題材に~
by MASAAKI KOBAYASHI
SOKI YAMASHITA
December 26, 2019
ラップ・ミュージックとキリスト教の関係を<br />
巡る、山下壮起と小林雅明による往復書簡⑥<br />
〜カニエ『Jesus Is King』を主な題材に~<br />

ラップ・ミュージックとキリスト教の関係を
巡る、山下壮起と小林雅明による往復書簡⑤
〜NFとエモ・ラップを主な題材に〜



小林雅明(以下、小林) 2019年7月末に、NFとチャンス・ザ・ラッパーが同じ日にアルバムを発表し、実売で圧倒的に差をつけたNFの『ザ・サーチ』がチャートの1位となりました。結婚をメイン・イベントにしたチャンスのアルバム『ザ・ビッグ・デイ』は、妻となる女性に出会わせてくれたことに始まり、神への感謝と喜びに満ちています。一方、NFのほうは、まるでエモ・ラップのリスナーの悩み事に答えようとしているかのような、救済としての音楽にも聴こえます。ひとつの偏見として、CCMでもゴスペルでも、キリスト教がらみの音楽は、喜びばかりが表現されるというのがあります。これはあくまでもイメージの話になるのですが、チャンスのアルバムがクリスチャン・ラップ的なもの、逆にNFのアルバムは、クリスチャン・ラップ・アルバムではないものとして受け止められるようになった結果なのでしょうか?

NF / When I Grow Up

Chance the Rapper ft. MadeinTYO & DaBaby / Hot Shower


山下「確かにゴスペルやCCMには、『喜びの音楽』としての側面があります。それは、救われたことへの大きな喜びを表現する音楽だからです。また、黒人霊歌とゴスペルが同一視されることがありますが、そこで歌われる内容には大きな違いがあります。奴隷世時代に誕生した霊歌は、奴隷としての厳しい現実を生きるなかでの苦しみを歌いつつ、そこから神による解放への確信を歌うものです。それに対し、1920年代に誕生したゴスペルは天国における平安や報いの約束、救いの確信について歌っています。それゆえに、黒人霊歌には悲しみや嘆きの歌があり、対照的に、ゴスペルには救いの喜びが歌詞だけでなくアップリフティングなメロディとなって前面に押し出されています。

このことは、奴隷制廃止以降、黒人音楽に聖と俗の境界線が引かれたことを意味します。奴隷制時代の黒人たちにとって宗教的慣習は日常の様々な側面と切り離せるものではありませんでした。というのも、アフリカから連れて来られた人びとは聖俗が混在するアフリカ的な世界観・宗教観を持っていたからです。それゆえに、黒人霊歌は奴隷制下の彼ら・彼女らの過酷な現実における苦しみや嘆きを歌うものとなりました。そのことは、奴隷とされた黒人たちが農園などでの仕事のときに歌った労働歌にも宗教的表現が見られることにも通じます。

ところが、奴隷制廃止後、聖俗が混在する世界観に変化が生じます。黒人教会が組織化・制度化されていったことで、宗教的な歌は宗教的空間に閉じ込められるようになりました。それゆえに、ゴスペルは地上の現実、世俗への視点がなくなり、宗教的な事柄のみを取り扱うものとなったということです。そして、世俗での苦しみや悲しみといったことがブルースによって歌われるようになりました。そのようにして、聖俗の間に境界線が引かれたわけです。

さて、チャンスとNFの売り上げがリリース前の予想とは逆転したのはなぜかということですが、いくつかのことが考えられます。データがないのであくまでも推測なのですが、NFとチャンスのアルバムの売り上げの差は、単純に購入者の人種の違いによるのではないかと思います。おそらくNFのアルバムの購入者は福音派クリスチャンであるなしにかかわらず、白人の若者がほとんどだと思います。ニールセン・ミュージックの調査結果にもあるように、ヒップホップ/ラップというジャンルがアメリカで最もヒットしたジャンルとなり、ロック以上に白人に浸透していることを示していると思います。

一方で、チャンスのアルバムは神への感謝と喜びに満ちているとはいえ、教会や福音派クリスチャンからゴスペル・ラップとは見なされないでしょう。というのも、チャンスは信仰者が口にしてはならないとされるカース・ワード(呪いの言葉)をバンバン使っているからです。

チャンスは信仰を公にし、自ら『クリスチャン・ラッパー』であると公言していますが、あれだけの売り上げがある一方で、CCMの音楽賞であるダヴ・アワードでは授賞どころかノミネートさえされていません。逆に、NFはキリスト教的な用語を排しても、痛みや苦しみについてラップすることで、そして、それまでのゴスペル・ラッパーとしてのキャリアから、ダヴ・アワードで受賞しています。このことは、クリスチャンの側からはチャンスの音楽が世俗の音楽だと見なされていることを示すものです。キリスト教信仰についてラップしても、それが『クリスチャン』の音楽として認識されるかどうかを誰が決めるのかということです。さらに踏み込むなら、聖か俗かを認定する『権威』は『教会』だけの特権なのかということです。

この聖俗の境界線をめぐる力学が、小林さんの質問に対する答えとなるように思います。カニエの『ジーザス・イズ・キング』やチャンスの『ザ・ビッグ・デイ』は、ゴスペル・ラップ/クリスチャン・ラップとは何か、その定義は何かといったことを問うものです。

たとえば、カニエの『ジーザス・イズ・キング』がダヴ・アワードでノミネートされるのかに注目したいと思います。おそらくチャンスがノミネートされなかったのは、アルバム中にカース・ワードを使う曲が多くあるからだと考えられます。しかし、カニエは『ジーザス・イズ・キング』ではカース・ワードを“ゴッド・イズ”での『This ain't a damn religion』というリリックの『damn』以外には使ってはいません。神を賛美するためにここまで徹底したカニエを福音派、CCM業界がどのように評価するかは注目したいと思います。

Kanye West / God Is


カニエやチャンスのように神やイエスについて言及する曲を作りながら、それがキリスト教の音楽賞であるダヴ・アワードでノミネートさえされないのは、CCMを評価する教会が彼らの楽曲をキリスト教音楽として認めていないことの証左です。チャンスはクリスチャンの音楽として認められないけれど、NFは認める。この違いは、自分たちの基準に見合わない楽曲は世俗のものとして切り捨てるという『教会の権威』という力が働いていることを示しています。

一方で、ゴスペル・サウンドを使えば、あるいは信仰についてラップすることがクリスチャン・ラップだというのは安易な考え方です。もしそうだとするなら、たとえば、黒人霊歌の“サムタイムス・アイ・フィール・ライク・ア・マザーレス・チャイルド”をサンプリングしたゴーストフェイス・キラの“マザーレス・チャイルド”もクリスチャン・ラップになるということでしょうか。

Ghostface Killah / Motherless Child


一つ前の質問でもお答えしていますが、そもそもヒップホップには過酷な現実を生きるなかで育まれた神への視点があり、そこから救済の音楽という側面が生じました。しかし、そのヒップホップの宗教性を一切無視して、教会はヒップホップをブルース同様の『悪魔の音楽』と見なして批判してきました。そして、教会の認める教えに基づくラップだけを『ゴスペル・ラップ/クリスチャン・ラップ』としています。教会が自らを聖とし、自分たちの基準に合わないものを俗として見下す。教会がそのように定める聖俗の境界線をヒップホップは乗り越える力を持っていると思います。


小林 最後の質問です。カニエ・ウェストの新作『ジーザス・イズ・キング』がリリースされたら、真っ先に山下さんに印象をお訊ねしたいと思っていたのですが、現時点ではまだリリースされてません(注:質問送付時点)。今年、彼が展開してきたサンデー・サービスの舞台は、屋外の広場から、アトランタのメガ・チャーチへと様々に代わり、コーチェラではDMXが行っていた説教を、アトランタではカニエ自身が行っています。と同時に、ソルト・レイク・シティでは、本人もしばらく封印していた、トランプをもちあげているようにも思える言葉も曲間に聴衆に投げ掛けています。そのトランプの支持基盤は福音派です。そして、にわかには信じられないのですが、カニエは世俗音楽をやめるようなことも言っています。山下さんからご覧になって、カニエは今、何を目指していると考えられますか? また、彼に望むこと、望まないことがあったら教えてください。

山下「カニエが目指しているのは、おそらく音楽を前面に押し出したミニストリー組織、つまり、宣教団体の立ち上げではないかと考えられます。今年の6月ごろにカニエが宗教団体を設立するとのニュースが出たとき、『新興宗教』を始めるのではないかと面白がる声がツイッターなどで聞かれましたが、そういうことではないことははっきりと言えます。カニエは自身のキリスト教信仰に立って、イエスの救いのメッセージを世界に伝えるために献身しようとしているのだということです。

世俗音楽をやめる、ラップは悪魔の音楽だという発言は彼の所属する教会の牧師だというアダム・タイソンのインタヴューで述べられたそうですが、そのインタビューでのタイソンの言葉遣いからはっきりと読み取れるのは、彼が福音派の牧師だということです。

と、ここまで書いていたところで、『ジーザス・イズ・キング』がリリースされました。私自身はラッパーとしてのカニエのファンではないので彼のリリックをそこまでしっかりと聞いてきたわけではありません。ですが、小林さんからご質問をいただいたことをきっかけに、彼の楽曲を遡って聴き、そして、今回の『ジーザス・イズ・キング』を数回繰り返して聞いてみました。

Kanye West / Jesus Is King


まず、楽曲を聴いてみて、ご質問にある『カニエが目指すもの』が見えてきます。一つ前の質問でも紹介した“ゴッド・イズ”での『This ain't a damn religion』という言葉が今年のイースター以降のカニエのしようとしていることを表しています。ここでのreligionという言葉には『組織化された』ということが前提になっています。つまり、教会が教団や教派として制度化されてきた歴史のなかで、固定化されてしまった礼拝・典礼の在り方を抜け出して、自由に神を賛美する(自由という言葉もアルバムで繰り返される)ことを訴えていると考えられます。カニエ自身のイエス理解に立って、既存の教会という制度から解放されて、新しい礼拝スタイルを実践することで、『宗教』ではなく、神を心に留めて生きていく『生き方』へと歩み出していく。それがサンデー・サービスの目的なのかもしれないということがこの曲から伝わってきます。

そして、このアルバムをとおして見えてきたのは、カニエのキリスト教観です。カニエがはっきりとした宗教色を出した最初の曲は“ジーザス・ウォークス”です。以前の質問でもお答えしましたが、この曲の背景にあるのはブッシュ・ジュニア大統領や彼を支持する福音派・宗教右派への反発です。しかし、そのカニエがなぜトランプ支持に回ったのか。そこに関係する彼の信仰理解の変遷について、“ジーザス・ウォークス”と『ジーザス・イズ・キング』を比較しながら考えてみたいと思います。

Kanye West / Jesus Walks (Version 2)


“ジーザス・ウォークス”以降、カニエは色んな曲でジーザスやゴッドといった言葉を出しますが、それらの曲でのキリスト教的表現は元々教会で育ったというところが出てきたものだと思います。そして、2010年以降、ジーザスをもじった『イーザス』と題されたアルバムで、自らを神になぞらえているとも受け取れる“アイ・アム・ア・ゴッド”のような少々エキセントリックに見える楽曲も発表しています。さらに、『ザ・ライフ・オブ・パブロ』では“ウルトラライト・ビーム”のようなキリスト教用語で固めたような曲を発表もしつつ、これまでのような世俗的なラップをしています。

Kanye West / Ultralight Beam


ところが、『ジーザス・イズ・キング』にはこれまでの彼の迷いのようなものは一切見えず、ゴスペル・ラップやクリスチャン・ラップともいえるような信仰について純粋に表現していると受け取れる内容となっています。明確に言うならば福音派の信仰が表明されています。カニエは『ボーン・アゲイン』したクリスチャンであることをニッキー・ミナージュに伝えたと報じられています。この『ボーン・アゲイン』とは、福音派のアイデンティティの中核をなす回心体験のことです。

こうしたことを踏まえて『ジーザス・イズ・キング』を聴いてみると、彼自身のキリスト教観・イエス観が変化したことがわかります。つまり、伝統的な黒人教会の信仰から福音派的信仰への変遷です。そして、その変遷から、反ブッシュからトランプ支持へという変化も説明できると思います 。その変化は同じジーザスについてラップする“ジーザス・ウォークス”の内容の違いにもつながるものだと考えています。カニエが“ジーザス・ウォークス”で描き出すのは『社会のなかで挫かれた者と共に歩むイエス』の姿です。それに対して、『ジーザス・イズ・キング』に描かれるのは『神の国の統治者としてのイエス』です。この異なるイエス観はそれぞれ黒人教会と福音派が描くイエス像に重なります。

また、“ジーザス・ウォークス”と『ジーザス・イズ・キング』の違いは一つ前の質問でお答えしたような黒人霊歌とゴスペルの違いにも重なるように感じます。この世の現実で挫かれ、差別される者の現実についてラップする“ジーザス・ウォークス”には現世の苦しみをテーマにする黒人霊歌と同様の視点があります。そして、救いの神への賛美をラップする『ジーザス・イズ・キング』は、信仰の喜びを歌うゴスペルそのものです。

しかし、一方で『ジーザス・イズ・キング』においてもう一つ注目したいのは、“ハンズ・オン”での『They'll be the first one to judge me(彼らが最初に俺のことを裁いてくる)』といったクリスチャンへの批判です。

Kanye West / Hands On


今回のアルバムから見えてくるのは、カニエはボーン・アゲインした福音派のクリスチャンへと『新生』し、その信仰によって神にどのように応答するのかを考えてきたということです。ボーン・アゲインという『恵み』の体験への応答とは福音を伝えることであり、その伝道において神から与えられた賜物である音楽の才能を生かそうと考えるのは当然の流れです。そして、自身の信仰について積極的にメディアで語ったり、サンデー・サービスを開始したのだと思いますが、それに対して福音派側からはイエス・キリストを商売に使っているといった批判の声があがります。カニエにしてみれば、神への応答として自分のしていることが『Christ-like』(“Follow God”のリリックに出てくる言葉)ではないと言われたように感じたのではないでしょうか。

Kanye West / Follow God


そこから、彼の視線は福音派、信仰者としての在り方にも向けられたのだと思います。福音派は信仰理解やその人の生き方が聖書的かどうかを厳しく批判する傾向があります。しかし、他方ではカニエを支持する福音派ももちろんあります。つい最近では、カニエがジェリー・ファルウェルJr.に接触したとの報道がありました。ファルウェルは福音派のなかでも積極的に政治に関わる宗教右派と呼ばれる人びとのリーダーの一人です。カニエがそのファルウェルが学長を務めるリバティ大学でサンデー・サービスの開催を考えていたようです。結局、開催に向けての調整はうまくいかなかったようですが、ファルウェルはカニエを好意的に受け止め『ちょっとした友情が芽生えた』と述べています。

このことは、福音派の多様性を示すものです。カニエに反対する福音派の人びとはこれまでの彼の音楽における猥雑な表現への嫌悪感があるからでしょうし、一方で、ファルウェルのように支持や好意をしめす者はカニエの影響力と宣教への意欲が理想のキリスト教国家としてのアメリカを築くのに有用だと考えているからでしょう。そして、そのような福音派の多様性の幅はカニエ自身のトランプに対する姿勢にも見られます。カニエ自身、自らの信仰と音楽を結びつけて宣教のために献身するとの方向性を定めていくなかで、トランプとの距離をどう取るかは戦略上重要になってきたということです。つまり、福音派の全体の動向を見ながら、トランプ支持を表明することもあれば、距離を置くという発言も出てくるということです。

ここまで『ジーザス・イズ・キング』をぱっと聴いたうえで思ったことを長々と書いてきましたが、今後のカニエの動きや福音派の受容などから、これとは異なる分析も出てくるかと思います。一つの基礎的な情報として受け取っていただけると幸いです。

ご質問の最後で、彼には望むこと・望まないということがありましたが、カニエだからできることとして、今回指摘した聖俗の境界を規定しようとする教会の権威に挑戦してもらえるなら嬉しいです。それは、旧約聖書の時代に、そして、イエス自身が体制側についたユダヤ教の祭司たちを批判したように、神の言葉を預かる『預言者』として教会という体制を批判するということです。

また、『ジーザス・イズ・キング』というタイトルは権威的になったキリスト教的表現ですが、先日Jazzy Sport Kyotoで行われた刊行イベントでは、ご登壇くださった酒井隆史さんとの対談で、ギャングスタ・ラップはそれとは対極にあるイエス像を打ち立てるものだという話をしました。つまり、イエスは社会の周縁に置かれた人びとの側に立って権威を告発した点でサグだったのではないかということです。イエスは統治者の側から悪とされましたが、実際にはその行為によって統治の秩序の正当性を問いました。そして、ギャングスタ・ラッパーたちも、反社会的なことをラップすることで社会秩序の正当性を問うてきました。

統治者としのキングではなく、統治秩序の正当性を問うサグとしてのイエス。カニエがジーザス・イズ・サグというコンセプトでアルバムを制作するなら、そのときは一緒に解放の神を賛美したいものです」


小林 長い期間にわたり、実に丁寧に質問にお答えくださり、ありがとうございました。

山下「こちらこそ、ありがとうございました。小林さんからの質問をとおして、また新しいことについて考える機会が与えられました」 ▼

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