トロ・イ・モアのアルバムは総じて評価が高い。でも、その中でもこの2ndアルバムの人気は群を抜いています。〈ピッチフォーク〉でもベスト・ニュー・ミュージックを取っていましたっけ。今のところ、巷では彼の最高傑作と位置付けられているのが、このアルバムです。
リリース当時の評価のポイントとして大きかったのは、「チルウェイヴ以降」の道筋をしっかりと指し示したことでしょう。実際、サンプリングとシンセ主体で作られた1stとは対照的に、このアルバムは生楽器の演奏が基本。音が波打つくらい強烈なリヴァーブとエコーは捨て去り、洒脱なソングライティングの心地よさが前面に押し出されています。
音楽的にはソフト・ロックともR&Bともディスコとも言われていましたが、実際、そのすべてが織り交ぜられている。いわゆるインディR&Bの先駆的なアルバムと捉えることも出来ますし、ダフト・パンクの『ランダム・アクセス・メモリーズ』より2年早かった、と言えなくもない。それくらい先取り感のある作品で、やっぱりすごかったんだなー、と改めて感心することしきりです。
では、聴いていきましょう。オーガニックな生バンド編成によるファンクネス、もうすべてが最高です。
イントロからいきなり「来た!」と感じることしきり。bpm111。4分29秒。もう最高のベース・ライン。ソングライティング、プロダクションすべての中心がこのふたつのルートを円環するベース・ラインにあるのがわかります。最高のベース・ラインさえあれば、いい曲は書けてしまうというお手本のような曲です。
ヴァースでのヴォーカル・メロディの変化のつけ方も素敵。プロダクションはもう完全にバンド音楽のそれ。歌とグルーヴを聴かせるパートと、和音の変化とアトモスフィアを聴かせるパートを意識的に振り分けた構成も非常にこなれている。そうした構成に伴い、曲が長尺になったものの、これならいくらでも聴いていられる。というか、もっと聴いていたい。
このトラック一曲で、トロ・イ・モアというユニット/バンドが、当初からチルウェイヴの皮を被った別の生き物だったのが見えてくる。パンク全盛期にバンドを始めるに際して、敢えてジャズやプロッグの世界でのキャリアをひた隠しにしながら、パンキッシュなレゲエをやっていたポリスのような戦略家だったということ。では、続いて、この曲のライヴ・テイクを見てみましょう。
堂々たる風格。スタジオ・テイクと比較して、さらにグルーヴィに、演奏はさらにダイナミックになっています。取り立てて上手いプレイヤーがいるわけでもない。しかし、個々の楽器の役割をそれぞれがしっかりと担っている。勿論、ミツメも最高なんだけど、このくらいグルーヴィなら言うことないんだけどな。というのは余計な一言。
と同時に、シンセのシークエンスを聴いてもらえればわかる通り、ここにはチルウェイヴ以降の恍惚としたアトモスフィアが受け継がれ、発展させられたことで、新世代のサイケデリアを奏でているのがわかります。では、アルバムからもう一曲。さらにファンク・マナーなところを聴いて下さい。
bpm115。4分6秒。0分19秒からのファンキーなベース・ラインとベンディングされたアナログ・シンセのリフの組み合わせは、もう完全にファンク・バンド。ヴァース部分ではグルーヴを抑えつつ、リフ部分をコーラスとして位置付ける構成は、チャズ・バンディックの中ではソングライティングとプロダクションのふたつが不可分だということを示しています。
イントロからのローズ・ピアノと回転系のエフェクトを効かせたギターというプロダクションはオーソドックスなファンク・マナーながら、1分48秒からのリヴァーブのかかったヴォイス・サンプルの効果的な使い方には、チルウェイヴとしての名残が垣間見れるというか、こんな風に自らの出自をしっかりと刻印する辺り、なかなかに見事と言うほかありません。
もうこの二曲だけで、本作におけるトロ・イ・モアが以前とは別次元に行ってしまったのは一目瞭然。しかし、ファンならご存知の通り、勿論この程度では終わりません。もう一曲聴いてみましょう。これも別の意味で驚きます。
このいきなりの8ビート。bpm150です。しかも、いきなりのソフト・ロックというか、インディ・ロック的ソングライティング/プロダクション。稚拙で大雑把なところも含めて、思わずベル&セバスチャンか?! と思ってしまい辺りはむしろご愛嬌。
総合点からすれば、前述の二曲には遥かに劣るものの、驚きという点からすれば、この曲に軍配が上がります。とにかくシンセ・リフが派手だし。というわけで、もう一曲。
bpm127。3分50秒。ファンク/R&B的な方向性を持った前半の二曲と、ひとつ前のソフト・ロック的なトラックの中間に位置するような曲とも言える曲調です。和声的にも構成的にもグルーヴ的にも。いずれにせよ、この時期のトロ・イ・モアことチャズ・バンディックがソングライターとしての自身を一気に押し広げようとしていたことがわかります。
では、本作におけるもう一曲のハイライトでもあり、その後のトロ・イ・モアへと繋がっていく橋渡し的なトラックを聴いてもらいましょう。こちらも生バンドによるライヴ・テイクです。この曲はヤバい。
素晴らしい。bpm118。3分58秒のサイケデリック・グルーヴ。このテイクを聴けば、この時期のトロ・イ・モアがもはや単なるベッドルーム・ユニットとしてだけでなく、ライヴ・バンドとしても一角のものになりつつあったことがわかる。とにかくこの催眠的なグルーヴ、トランシーなアトモスフィア。ずっと聴いていたくなる。
しかし、このまま、ファンク/ソフト・ロック/サイケデリアを融合させた生バンドとしての道をひた進むのかと思えば、次はまた別の方向を向いてしまうというのが、トロ・イ・モアが一筋縄ではいかないアクトたる所以です。
というわけで、この2ndの後にリリースされたEPからのトラックを一曲聴いてみましょう。
今にして思えば、インディR&Bのお手本のような一曲。プロダクション的には以前のチルウェイヴ期に戻ったかにも思えるエレ・ポップ仕様ながら、同時期のクローメオ辺りと同じく、80年代R&Bマナーに乗っ取ったシンコペーションするビートが耳を引きます。
これもまた、チャズ・バンディックが自らのクリエイティヴィティの翼をさらに広げることとなる次作『エニシング・イン・リターン』への序章とも言えるトラックです。アルバム未収録曲ながら、必携の一曲とも言えるでしょう。
では、第三部へと続くことにしましょう。
「アルバム4作品すべてがまったく違う!
なのに、どれもやっぱりトロ・イ・モア。
その軌跡と変化が手に取るように見える
『読んで聴くトロ・イ・モアの36曲』part.1」
はこちら。
*第三部は近日公開!