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  • セイント・フランシス(2019) directed by Alex Thompson by MARI HAGIHARA July 12, 2022 1
  • チャ・チャ・リアル・スムース(2022) directed by Cooper Raiff by MARI HAGIHARA July 12, 2022 2
  • ボイリング・ポイント 沸騰(2021) directed by Philip Barantini by MARI HAGIHARA July 12, 2022 3
  • 魂のまなざし(2020) directed by Antti Jokinen by MARI HAGIHARA July 12, 2022 4
  • ジ・オファー ゴッドファーザーに賭けた男(2022) directed by Dexter Fletcher by MARI HAGIHARA July 12, 2022 5
  • 中絶を女性の権利とする1973年のロウ対ウェイド判決が、合衆国最高裁で覆されました。中絶というトピックが政争に利用された経緯は、Netflix『彼女の権利、彼らの決断 (原題:Reversing Roe)』に詳しい。同時にこのドキュメンタリーからは、中絶反対派の主張がどんどん医学や科学、そして女性の日々の現実からもかけ離れてしまったことがわかります。それを止めるためにも、『セイント・フランシス』のような映画は大事。主人公は30代になってもふらふらしているブリジット(ケリー・オサリヴァン)。よくあるモチーフながら、彼女は幾度となく出血します。生理だけでなく、セックスして、妊娠して、中絶したから。でも、プロットはそこが中心じゃない。他にも問題は山積していて、基本的にブリジットには自己評価の低いところがある。でもひとつひとつの出来事に、彼女は突っ転がっては立ち上がっていきます。それが自分の選択であるかぎり、失敗は悪いことじゃないし、自立にはどうしたって必要なプロセスだから。服やベッドに血がつくのが、タブーや恥ではないのと同じです。主演のオサリヴァンがナニー(子守)をしていた経験から書いた脚本だけあって、どのエピソードにもリアルな苦さと笑いがあり、分断されたアメリカにおいて、立場の違う女性たちがゆるやかに共感しはじめるのもいい。幼い少女、フランシスはそれを見て育っていくのです。監督はオサリヴァンのパートナー、アレックス・トンプソン。

  • 『セイント・フランシス』は、リーマンショック後にドラマや映画になってきた、大学を出ても職も金もなく、大人になれない20〜30代女性のストーリーのひとつ。でも、男性が同じような体験を語ったら? 『チャ・チャ・リアル・スムース』は、まさにそんなロマンティック・コメディ。監督・脚本・主演のクーパー・レイフは現在25歳、映画では22歳のアンドリューを演じています。彼は卒業後も実家で暮らし、就職活動に失敗しながら、バイトでバル・ミツバ(ユダヤ教の成人式)の盛り上げ役と、そこで知り合った自閉症の少女、ローラの世話を引き受ける。恋の相手はローラの母親、ドミノ(ダコタ・ジョンソン)です。ここでも女性の生理に関する具体的な描写が出てくるのですが、彼がごく繊細な対応を見せ、しかもそれがギャグになるのが素晴らしい。アンドリューの言動は軟弱で頼りないようでいて、自然に相手の立場が考えられるのです。最後はちょっとハッピーエンドにしようとしすぎている気がするものの、こういう若い男性の視点はもっと見てみたい。ローラがじゃがいもを潰すマッシャーを収集していたり、細部に親密でパーソナルな人物造形があります。

  • 全編ワンショットは、緊張感や没入感をぎりぎりまで高めるチャレンジングな手法。ただ個人的には緻密で映画的なものよりも、日常のカオスの強調に大きな効果を感じます。つまり『1917』や『バードマン』(どちらも疑似ワンショットですが)よりは、『ヴィクトリア』や本作が好み。『ボイリング・ポイント』はレストランの厨房という戦場が舞台なので、カオス感だけでなく、容赦ない現実も突きつけてきます。生き馬の目を抜くレストラン業界、客の人種差別、重圧によるアルコール依存。2000年のレストラン映画『ディナー・ラッシュ』ではまだロマンスや美味な料理を楽しむ余裕もあったのに、『ボイリング・ポイント』ではもう、まさに沸点までプレッシャー・クッカーが強まる一方。それは元シェフのフィリップ・バランティーニ監督が描きたかったこと、作品の方向性であるとともに、やっぱり時代の違いも感じてしまう。主役のスティーヴン・グレアムだけでなく、スーシェフ役のヴィネット・ロビンソンにも注目です。

  • ここ数年、画家についての映画が次々日本公開され、深い印象を残しています。国立近代美術館のゲルハルト・リヒター展に行く前には、ぜひ『ある画家の数奇な運命』(2018)を。連なるように公開された、北欧の女性アーティストのポートレイト3本も必見です。トーベ・ヤンソンの伝記『TOVE/トーベ』(2020)、ドキュメンタリー『見えるもの、その先に ヒルマ・アフ・クリントの世界』(2019)、そして『魂のまなざし』。この映画が取り上げるのは20世紀初め、ロシア帝国からフィンランドが独立しようとする時期にひとり絵を描きつづけたヘレン・シャルフベック。10代の頃から才能を見込まれ、パリに留学し、フィンランドの国民的画家となった女性ながら、映画が切り取るのは彼女が世間に忘れられていた不遇の時代。50代女性が主人公というだけで珍しいのに、シャルフベックの逸話はあまり見たことのないアークを描きます。年下の男性に恋をし、傷つき、母親の支配から逃れ、やがて人生を取り戻す——その過程が忍耐強く塗り重ねられる。象徴的なのが、何度も自画像を描くシャルフベックの姿です。これまで知らなかった女性のストーリーを、もっと知りたいと思わせる一作。

  • 『ゴッドファーザー』のプロデューサー、アルバート・ラディ(マイルズ・テラー)による製作秘話がドラマ・シリーズに。プロデューサーとしてほぼ駆け出しのラディに加え、予算は少なく、原作者も監督も面倒くさく、そこに本物のギャングまで乗り込んできて……と、驚く逸話がいっぱい。当時のパラマウント・スタジオの内部抗争も強烈。なかでも、フランシス・コッポラやマーロン・ブランドより派手なキャラとして登場するのがパラマウントのボス、ロバート・エヴァンズです。彼をうさんくさく演じるのはマシュー・グード。実際のロバート・エヴァンズ自身による回想録とドキュメンタリー、『くたばれ! ハリウッド』と比べてみるのも面白いはず。70年代当時の風俗、スタジオで横行する無茶無謀、映画の世界でしか生きられない男女のハッタリ。そんなところから史上最高とされる作品が生まれた——と考えると、どんな才能や名作も、時代や偶然のプロダクトであることを痛感します。コッポラ役のダン・フォグラーが軽妙なコミック・リリーフに。

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