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THANK U, NEXT Ariana Grande (Universal) by MARI HAGIHARA
TATSUMI JUNK
March 01, 2019
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THANK U, NEXT

「アリの現在」を切り取る、ファンダムのためのレコードは
女子カルチャーを更新し、彼女たちが思い描く未来へ向かう

テロ事件という悲劇を受けた前回のアルバム『スウィートナー』リリース前に、アリアナ・グランデは確か『ア・フュー・グッドメン』(92年作品)でのジャック・ニコルソンのセリフをSNSに投稿していた。「You can't handle the truth(真実はお前の手に余る)」。その物々しさと比べると、『サンキュー、ネクスト』に至る半年間はまるでアリとファンダムのお祭りのようだった。元恋人が急死し、婚約者と別れるという「パーソナルな」悲劇が起きた後すぐに出たシングル、“サンキュー・ネクスト”の甘美な軽やかさ。続いて“イマジン”、“7リングス”がリリースされると、そのたびチャートが賑わい、ビデオや曲がミームとなって盛り上がった。

2週間で作られたアルバム『サンキュー、ネクスト』の親密なトーンは、まさにこのやり取りのためにある。サウンドの方向性にこだわることもなく、馴染みのプロデューサーとさらっと作ったポップ・ソングの数々。歌詞が伝えるのは大げさなメッセージじゃなく、アリが人目にさらされつづけた日々に感じたこと、考えたこと。そこで学んだ恋人や自分自身との付き合い方。彼女の状況を知るファンはそれに共感し、自分の感情を投影する。それは特に女性の意識もリレーションシップもどんどん変化しつつあるいま、更新されていくものを共有する場、コミュニティにもなっている。

例えば、アリは冒頭にも書いたようにポップ・カルチャーをよく引用する。ファンダムはそれを楽しみながら、そこに次々意味を書き込んでいく。女子映画の名作『ミーン・ガールズ』(2004年作品)が引用された“サンキュー、ネクスト”の時には、元彼には感謝するけど、大事なのは自分よ――というセリフを、彼女たちは歴代のロマンチックなシーンに重ねてミームを量産した。『ローマの休日』(53年作品)や『プリティ・ウーマン』(90年作品)のラストでオードリーやジュリアがそう言う痛快さといったら! 夢見るのは恋人とのハッピー・エバー・アフターじゃなく、一人で出発する未来なのだ。

一方、アリは“7リングス”の下敷きに“私のお気に入り”を使った。「悲しいときは子猫のヒゲや青いサッシュを思い出すの」とジュリー・アンドリュースが歌った歌は、ティファニーで女友だちのために指輪を買って散財する歌になった。成功した女性が金でストレス解消したって当然じゃない? 楽しくない? と。それは“NASA”の冒頭も同様。ニール・アームストロングの月着陸宣言は「一人の女の子にとっては小さな一歩でも、女性にとっては大きな飛躍」と言い換えられ、アリの体験、彼女の歩む道は大勢の女子のものになった。

“イマジン”で彼女は、恋人との甘い一夜を歌い、「どうしてあなたはこの世界を思い描けないの?」と問いかける。ワルツとも違う、8分の6拍子で滑らかに踊りながら進んでいく。女の子たちが求めるシンプルな楽しさの方へと。彼女たちが「クリック、クリック、ポスト」する未来へと。

文:萩原麻理

アリアナの夢が融かす線、割ったガラス

シングル“サンキュー・ネクスト”のリリース時にアリアナ・グランデが語った夢とは、「ラッパーのやり方」を執り行うことだった。その告白で目されたのは、曲を作ったら即座に出していくという、ミックステープ・カルチャー以降のヒップホップ的なリリース方式に過ぎなかったが、結果として、彼女は複数の意味で「ラッパーのやり方」を披露することとなる。その宣言後、“イマジン”を挟んで2019年の年明けにドロップされた“7リングス”は、グランデのヴォーカルのフロウからヴィジュアル、己の富を誇示するアティチュードまで非常にヒップホップ的だったのである。こうして、グランデのキャリア史上もっとも巨大でもっともコントロヴァーシャルなシーズンが幕を開けた。

グランデの新作においてもっともわかりやすくコントロヴァーシャルだったポイントを挙げるとすれば、“7リングス”のドロップ後に巻き起こった「ヒップホップ騒動」だろう。まず、ソウルジャ・ボーイらのラッパーが当該楽曲を自作の盗作だと糾弾。加えて2チェインズの過去作と相似したMVまで話題となったことで、いとも簡単にインターネットを揺るがす「白人のコピー疑惑」ドラマが完成した。

この騒ぎを受けて、ソングライターの1人がソウルジャからの影響を認め、アリアナはリミックス版に2チェインズを採用する対応に出たが、議論はそれだけではおさまらなかった。浮上したイシュー、それは「ラッパーでも黒人でもない白人シンガーがヒップホップのプロトコルを明確に採用したこと」、そして「それが商業的に大成功したこと」だ。実際、賛否両論を巻き起こした“7リングス”とその収録アルバムは、アリアナ・グランデに「〈ビルボード〉のHOT100史上初めてトップ3を独占したソロ・アーティスト」という王冠を授けた。

“7リングス”の大ヒットを機に、ヒップホップ・カルチャーにおけるいくつかの定型表現は「マイノリティの反抗」の色味を失う可能性がある……こうした論や批判には頷ける。しかし、一方で“7リングス”の作曲に携わったテイラー・パークスの言い分にも理があるのではないか。

「今のポピュラー音楽はヒップホップが牽引してる。ジャンル・ブレンディングはフェアなゲームになったし、それはグランデにとっても例外じゃない。音楽の境界線が溶けつつある今の時代、ヒップホップとは何か、ポップとは何か、なんて制限は壊せるようになった。私からすれば、それはダイヴァーシティの促進だ」

アルバム『サンキュー、ネクスト』を紐解くと、ヒップホップ以外にもヘテロ白人にとっての「異文化」が散りばめられていることがわかる。米国で“ブラッドライン”がフェイクなダンスホールと語られることは意外でもないが、“NASA”の人工甘味料的フックはK-POPライクという評論には中々驚かされる。本作のこうしたローミング先は、アメリカにおける「トレンド文化」とも言える。ヴィジュアル面も同様だ。“7リングス”のMVにおける匿名的だからこそクールな日本語はまるでヴェイパーウェイヴの末裔。“サンキュー、ネクスト”のMVではグランデの日焼けスプレー疑惑が再燃したが、こうした「黒人のような肌にメイクアップする白人女子」は昨今問題視されているInstagramムーヴメントだ。“ブレイク・アップ・ウィズ・ユア・ガールフレンド、アイム・ボアード”のMVに出現した「ヘテロ女性のセルフ・エンパワーメントとしてのレズビアン」、こちらはデュア・リパもやったので今後流行るかもしれない。

「異文化トレンド」だらけの『サンキュー、ネクスト』がほのめかす大局。それは、今まで「異文化」扱いを受けてきたヒップホップやK-POPやヴェイパーウェイヴが「アメリカのポピュラー・カルチャー」になりつつあることではないだろうか。トラップ・ラップを大々的に採用したメガスター級白人シンガーはグランデが第一陣となったが、彼女がやらなくても誰かしらがやってただろう。パークスの言う通り、今のアメリカのチャート・ヒットを牽引しているのはヒップホップだ。さらに言えば、昨今は人気ラップ・アーティストたちは盛んにジャンル・ブレンドを行なっており、伝統的なヒップホップとの距離はひらきつつある。ポップがラップになると同時に、ラッパーもポップスターに近づいているのが現状だろう。コントロヴァーシャルなアルバム『サンキュー、ネクスト』は、さまざまな境界線が融解しゆくシーン状況をポップの立場から乗りこなしてみせた時事的で意欲的な1枚とも言える。

もちろん、このヒット・アルバムが生むトレンドも数多くあるはずだ。静かに始まりbopに終わるポップスターのアルバム構成は珍しいし、そこで一貫されるチルでポジティヴな内省は時代の空気を決定づけた。

なにより、たった2週間で製作された本作の存在自体が、女性アクトにとっての大きな前進を意味する。アリアナ・グランデは夢を叶えた。どういうことかというと、今まで、女性スターのリリース方式は、ツアーを見据えてティザーやシングルを出していく長期的スケジューリングが慣例だった。それを打破し、まるで男性ラッパーのように好きな時に曲を作りドロップしていく「やり方」を打ち出した。これこそ、今回『サンキュー、ネクスト』が結実させたグランデの夢なのだ。

この挑戦はガラスの天井にヒビを入れたはずだし、新たなポップスター像をも作り上げた。婚約者との電撃破局の直後ドロップされた楽曲“サンキュー、ネクスト”が、ゴシップ需要をいとも簡単に凌駕してSNS世代のアンセムとなったことを覚えているだろうか? あのとき、SNSの喧騒は予告編に過ぎなかった。グランデは、長らく女性アーティストを苦しめてきた「評判」の主導権を握ってみせたのだ。テイラー・スウィフトが「私にこんな真似させるなんて」と叫んでから2年。ついに「ストリーミング時代の女性ポップスター像」がかたちを成した。

まだまだ賛否を呼んでいくだろうが、ひとまず、ニール・アームストロングの名言をもじった“NASA”のリリックはグランデ自身に贈られるべきだ。

「これは彼女にとって小さな一歩かもしれないが、女性にとっては偉大な飛躍だ」

文:辰巳JUNK

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