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OLD Danny Brown (Beat) by AKIHIRO AOYAMA
MASAAKI KOBAYASHI
November 15, 2013
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OLD

ドラッグにまみれて躁と鬱を行き来する、
ヒップホップ新世代における唯一無二の異彩ラッパー

アメリカ各地から頭角を現してきた若い世代が鎬を削り合う、群雄割拠の新時代へと突入している現在のUSヒップホップ・シーン。その中でも、チリチリの天然パーマにすっぽり欠けた前歯というインパクト抜群のビジュアルもあって異彩を放ち続けてきたラッパーがダニー・ブラウンだ。自動車産業を中心とした工業都市として過去に名を馳せながらも、近年は衰退が激しく貧困と犯罪が渦巻く街で、エミネムやスラム・ヴィレッジを輩出した事でも知られるデトロイト出身の現在31歳。貧しい家庭に生まれ育ち、その境遇から18歳の若さでドラッグ・ディーラーへと身をやつして逮捕・服役した経歴を持つ彼は、時にハイで時に内省的に、躁鬱を行き来するようなピッチでドラッグ絡みの体験談をラップする。暴力や犯罪歴(ドラッグ関係を除いて、だが)を武勇伝のように誇る典型的なギャングスタとは一線を画す、自虐的とも言えるラップ・スタイルと、ジョイ・ディヴィジョンやレディオヘッドやラヴも愛聴するという音楽的な折衷性・革新性が最大の持ち味で、フリート・フォクシーズやメトロノミーをサンプリングに使用した2011年リリースの前作『XXX』で一躍世界に名を知らしめた。

ダニーが2年振りにリリースしたこの『オールド』には、そんな彼の魅力がこの上なく凝縮された傑作だ。前作『XXX』はパーティ・ヴァイヴを感じさせる躁状態の前半から陰鬱な後半へと突入する構成だったが、本作ではその順序を真逆に。ヴァイナルを意識したサイドAとサイドBに別れ、前半部では内省的に自身の過去を回顧し、後半部にはドラッグとエロ・ネタ満載の享楽的なトラックが並ぶ二部構成となっている。

ドラッグの売人だった頃を「オールド・ダニー・ブラウン」と称し、アウトキャストを引用したり(“ザ・リターン”)レディオヘッドの名前を出したり(“ロンリー”)と巧みなワード・プレイを駆使しながら、貧しい生活から少しでも抜け出すためにドラッグを売りさばくどん詰まりの毎日を描き、ストーリーテリングのセンスを見せつけるサイドA。彼の盟友であるビート・メイカーのSKYWLKRと、すっかりヒップホップ・プロデューサーとしての仕事も板についたラスティが大半のプロダクションを担当したサイドBでは、ドラッグの持ち運びに使うダブ・バッグとあの音楽ジャンルを引っかけた“ダブステップ”をはじめとして、フューチャリスティックで実験的なビートとそれを乗りこなすフロウの妙が光っている。折衷性も健在で、ピュリティ・リングとチャーリー・XCXというインディ・シーンのライジング・スターをゲストに迎えた楽曲も収録。特にチャーリー・XCXをフィーチャーした“フロート・オン”は、躁状態のサイドBから急に内省へと舵を切り、サイドAのストーリーを思い返させる言葉を繰り返し忍ばせながら、ラップ・ゲームの中で一定の成功を勝ち取った今も新たな不安に苛まれ続ける心情を描き、実はそれがいまだに続くドラッグ依存の要因でもあることが明かされる、完璧なクロージング・トラックだ。

タイトルの「オールド」とは、本作で語られる自らの過去を指すと同時に、ドラッグ・ディールという回り道をして無駄に年を食ってしまった自分に対する自虐でもあるだろう。そしてもう1つ、“フロート・オン”において「オールド」という単語が登場する最後のヴァースがある。「願わくばもっと年を取れたら/ただ未来に行くために/ただこの音楽ジャンルの中でのオレの影響を確かめるために」。そう、ダニー・ブラウンにとって、ラップ・ゲームに参加する目的はただの富や名声ではない。前作『XXX』を「良いレビューを受けるために作った」と語っていたように、彼はもっと音楽的な意味での評価を求めて止まない野心家なのだ。そして、そんな彼の野心は、2013年リリースのヒップホップ・アルバムの中ではカニエ・ウエストに次ぐ絶賛を受けた本作の評価によって、見事に達成されたと言える。

文:青山晃大

ギャングスタだった“昔”とヒップスターとしての今、
その二面性を一枚のレコードに落とし込んだキャリア俯瞰的作品

いきなりメトロノミーのアルバム『ナイツ・アウト』の1曲目が始まったかと思えば、そこにラップがのり、そのまま聞いてゆくと、6曲目の“アイ・ウィル”では、クンニの作法を披歴するのに1曲を費やし、12曲目ではディス・ヒートの曲をサンプル。それ以前に、生理的に拒絶する人も出てきそうな、耳に引っかかる高い声の持ち主で、素っ頓狂とも言える発声とUKのディジー・ラスカルのスタイルが脳裏をかすめるようなUSのラッパーとしては特異なフロウもインパクトがあり、曲の出だしのラインのつかみも達者で、パンチラインも随所に用意されているので、これは!!!と、2011年8月半ばに無料DLで公開されたその日に、夢中になって聴いてしまったのが、ダニー・ブラウンのアルバム『XXX』だった。同じように感じた層がいたのか、年末を迎える前に、『スピン』がヒップホップ・アルバムの年間ベストのトップに推したのを皮切りに年明けから本格的に注目を集め、アルバムのデラックス版が売り出された2012年3月頃からは、今が旬の、尖ったアーティストとして、ライヴも、他のアーティストの楽曲への客演も増えていった。

本作は、当初、その勢いに乗り、2012年内のリリースが計画されていた……のだが、どうだろうか。『XXX』に聴き慣れてしまったリスナーなら、本作を1曲目から聞き始めた途端、えっ?と思うかもしれないし、その感覚がしばらく持続することだろう。大袈裟に言えば、これは自分が知っているダニー・ブラウンと違う、と。で、2曲目の“ザ・リターン”では、すかさず「Return of the gangsta」とライムしている。恐らく、『XXX』を通じて形作られた一般的なダニー像は、ギャングスタというよりはヒップスターだろうし、売人というよりは(へビー)ユーザーのほうだろう。何よりも、この曲のベースになっているのはアウトキャストの98年の名盤『アクエミナイ』の、同じく2曲目に入っている“リターン・オブ・ザ・G”だ。彼らはデビュー作でギャングスタとしての自分らのスタンスを打ち出したものの、それとは別の側面が色濃く出た2枚目の『反逆のアトランタ』でブレイクしてしまったために、3枚目の『アクエミナイ』で、あらためて自分たちがギャングスタであることを強調しておく必要性から件の曲を入れたのだった。2枚目の『XXX』によって、ファッショナブルでエッジーなイメージでブレイクしてしまったダニーも、2010年のデビュー・アルバム『Hybrid』、あるいは、それ以前には、その名も『Detroit State of Mind』なるミックステープをVol.4まで出していたわけで、明らかに、ヒップスターというよりはギャングスタだった、というか、本来ギャングスタなのである。それを、ここでは(色々と共通点があれば、カッコいいなと思える)アウトキャストの流儀に倣って、見せようとしたのだろう。

そこで、1曲目のタイトル“サイドA(オールド)”に着目してみれば、本作のサイドAにいるのは、昔の、つまり、ギャングスタなダニーであるのが予想できるし、実際そうだ。『XXX』以前のダニーの曲に馴染みがないリスナーは、たとえ、ヒップなピュリティ・リング主体の二度目の共演曲があろうが、違和感を覚えることになる。もっとも、その違和感は、サンプリングの比率が前作比で一気に低くなったとはいえ、ビートよりも、ダニーの声の表情に負うところが大きいのかもしれない。彼の場合、売人になったのも、父が家を出て行ったハイスクールの終わり頃から、経済的に逼迫した家族を支えるために(これは件のピュリティ・リング共演曲にも出てくる)、一回でも捕まったらきっぱりやめる決心だったようだし(もっとも、そう簡単にはいかなかったが)、そもそも、それ以前の少年時代、ケンドリック・ラマーほどではないにせよ、彼は地元デトロイトのギャングスタ文化から隔離されるようにして育てられたというのだ。サイドAを聞いてゆくと、その複雑な過去に触れたり、曲の舞台はヤク中が蔓延るデトロイトの街角だったりするわけで、さすがに、おなじみのハイテンションのまま、はっちゃけきったノリでゆくわけにはいかないだろう。

そういう向きを待ち望んでいたリスナーに向けられたのが、“サイドB(ドープ・ソング)”で始まる11曲目以降になる。ファンファーレとなるこの曲に始まり、サイドBではラスティが手掛けたビートが3曲もある。ラスティの『グラス・スウォーズ』は、いわゆるEDMトラップ誕生過程を振り返った場合にも重要作となるわけだが、特にラップのトラックとしてのトラップが定着してしまった後のタイミングに、彼を重用したのも興味深い。また、(16)“ハンドスタンド”では、グライムのトラックメイカー、ダーク・E・フリーカーと再度組んでおきながら、ダニー自身の代表曲“アイ・ウィル”とはまた別の体位で舐めまくることで、トゥワーク・ブームをひっくり返してみせる面白さがあって、実に愉快だし、(12)“ダブステップ”では、早口フロウではディジー・ラスカルをも脅かし、ダニー自身かねてから高評価を与えていたUKの新鋭ラッパー、スクルーフィザーを起用・共演してみせる余裕も見せている。サイドAのメイン・プロデューサーで、前作に続き参加したポール・ホワイトも本拠地はUKだし、アルバム全体をまとめる“フロート・オン”にもチャーリーXCXが登場するとなると、何かUK側のアーティストばかりが目立っているようだが、特にUKっぽいサウンドを志向したラップ・アルバムには聴こえない。

ここまでやれてしまうのは、ダニー・ブラウンがトレンドに乗っかった人ではなく、自分自身がトレンドになった人の強みだろう。傍からそう言うのは簡単だが、実際に、リリックスとビートの選択はもちろん、アルバムの構成の細部にまで見事に目が行き届いている。よく聴くと、サイドBは、『XXX』から続けて聴くことができるようになっている。つまり、アナログ・レコードのように、サイドAはその後から聴いてもよいわけだ。これは、古き良き時代へのオマージュなどと気取ったり、大上段に構えなくても、エッジーだと思われている彼が、自分のアーティスト性や作品世界を的確に提示する上で、結果的に“昔の”やり方に則ってみたら、うまくいった好例だろう。本作『オールド』一枚あれば、『XXX』を聴かなかったとしても、現在32歳の彼がこれまでに表現してきたことやスタイルを俯瞰できてしまうのだ。

文:小林雅明

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