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TREMORS SOHN (Hostess) by YOSHIHARU KOBAYASHI
AKIHIRO AOYAMA
April 21, 2014
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TREMORS

シンガー・ソングライター的な内面性よりも、
際立つプロデューサー/トラック・メイカーとしての才覚

時流のオルタナティヴ/インディR&B、その2014年版を隈なくチェックしていれば、必ずやロンドン出身ウィーン在住の若き鋭才、ソンの名前を発見することとなるに違いない。なにしろ彼は 〈BBC サウンド・オブ・2014〉で3位に付けたバンクスのプロデュースを始め、ディスクロージャーやライのリミックスも担当。そしてロードやミゲルからは早くもフェイヴァリットとして名前を挙げられている。弱小インディ・レーベルからのシングル・デビューから2年弱、今やソンはこの界隈のちょっとした“イット”・アーティストというわけだ。

晴れて名門〈4AD〉と契約して送り出されることとなった1st『トレマーズ』を聴けば、その人気の理由もよくわかる。暗く沈みこむエレクトロニック・サウンドと、孤独に咽び泣くような歌声――という組み合わせは正しくジェイムス・ブレイク・フォロワー的だが、ソンの場合はJBのような業の深さや密室性は感じさせず、もっと軽やかでカジュアルで風通しがいい。しかも、それでいてB級感を漂わせていないのは、やはりトラック・メイキングのセンスのよさゆえだろう。ヴォーカル・ハーモニーのカットアップをリフのように使うアイデアは面白くて耳に残るし、リズムは先鋭的とは言えないが工夫が効いている。全体のアレンジはかなり入り組んでいるはずだが、その難解さを見せびらかさず、すっきりとした耳当たりで聴かせるのも品がいい。しかも、彼がエレクトロニック・ミュージックのプロデュースを始めたばかりの時期にリリースされたデビュー曲、“ザ・ホイール”の時点でこのスタイルが完璧に確立されていたのは驚きに値する。

ただひとつ弱点を挙げるとすれば、シンガー/フロントマンとしての印象の薄さだろうか。例えばオルタナティヴ/インディR&Bの潮流で脚光を浴びているFKAトゥイグスやバンクスのようなシンガーに較べると、歌声にしろ存在感にしろ、やや見劣りするのは否めない。そこが本作の微妙な歯痒さに繋がっている。だが、これは翻せば大きな強みであることも確かだ。センスがよく、時流に乗っており、それでいてフラットなソンの楽曲は、個性的なシンガー達が自らのカラーを塗り込める素材としては打ってつけだろう。要するに、他のアーティストにトラックを提供するプロデューサーとして、彼はこの上ないポテンシャルを持っているのだ。実際、既にバンクスやクワブスのプロデュースで目を見張る結果を残しているのは注目しておきたい。「僕は第一にソングライターであって、その次にシンガー、そして最後にくるのがプロデューサー」と自らを位置づけているソンだが、むしろ本作は彼のプロデューサーとしての可能性を改めて強く認識させる作品だと言えるのではないか。

文:小林祥晴

マルチな才能で存在感を増すインディR&Bの新鋭が
シンガー・ソングライターとしての“核”を記録したデビュー作

数年来、インディ・シーンにおけるトレンドの筆頭となっていたオルタナティヴなR&Bの潮流は、2014年の今、ロンドンを中心とした英国で更なる実りを結ぼうとしている。同地では、〈BBCサウンド・オブ・2014〉とブリット・アワード批評家賞を勝ち取りメインストリームでのブレイクも確実視されるサム・スミスから、SBTRKTとのコラボレーションやドレイクが最新作にフックアップした事で名を上げたサンファ、より尖鋭的なビートに身を委ねるFKA・トゥイグスといったニューカマーが年内のアルバム・デビューを控えており、英国発信のR&Bはポップ・ミュージックとしての拡がりと音楽的な目新しさの両方を兼ね備えた現在最も注目すべきシーンのひとつと言っていい。

その中でも、LA出身のバンクスやロンドンのクワブスといった気鋭シンガーのプロデュース、ラナ・デル・レイやライ、ディスクロージャーへのリミックス提供、そして自身のソロ・ワークと多岐に渡る活躍を見せている才人こそがこのソンだ。南ロンドン生まれで、現在はクラシック音楽の都としても知られるオーストリアのウィーンに居住を構える彼は、2012年にリリースしたEP『ザ・ホイール』によって英米メディアの耳目を集め、昨年4月に〈4AD〉と契約。この『トレマーズ』は、長らく待望されていた彼のデビュー・アルバムである。

これまでは、プロデュースやリミックスといった他アーティストとの共作作業が目立って見えていたこともあり、シンガーというよりもプロデューサー気質に近い創作姿勢を持つ人物なのだろうと思っていた。しかし、それは彼の匿名的なプロフィール(クリストファー・テイラーが実名だと公表されたのすら、ごく最近の話だ)も相まっての、勝手なイメージだったのだろう。彼は海外メディアのインタビューにおいて、たびたび自分をシンガー・ソングライターであると称し、エレクトロニック・ミュージックやR&Bよりもレディオヘッドやビョーク、ワイルド・ビースツといった面々の影響が大きいと語っているのだが、このデビュー・アルバムを聴くと、自身のアーティスト性を強調してきた彼の発言もすんなりと腑に落ちる。

チョップド・ヴォーカルのループやレイヤード・シンセ、ポスト・ダブステップに通じるヘヴィなベースに彩られたトラック・メイキングのセンスは、勿論ここでも聴き応え十分だ。だが、本作において何よりもサウンドの中心となっているのは、伸びやかな彼の歌声。本作中最もフックの強いメロディとシンセサイザーがキャッチーに多層を成す“アーティフィス”、レディオヘッドを想起させるシンプルなピアノ・バラードの“パラライズド”、bpm120の四つ打ちを基調にしたミニマルなテクノ“ライツ”等々、音楽的には多用ながら、多くの楽曲でスペースを活かした音作りが試みられており、その音の合間で悲嘆や孤独を切々と歌い上げる歌唱が主旋律として全体に芯を通している。その音楽性からジェイムス・ブレイクとの比較は避けて通れないところだが、音楽的な先鋭性では一歩譲るものの、ヴォーカル・アルバムとしての見事さやポップ・ポテンシャルの高さではジェイムス・ブレイクの諸作に勝るとも劣らないクオリティを誇る1枚だと断言できる。

ソンは、まだ名前は公表されていないものの、ツアー先のLAで数組の大物アーティストと共作セッションを行ったと伝えられている。彼のマルチな才能は、これから英米シーンにおいてさらに重要な役割を担うようになっていくだろう。今後の活躍が期待されるソンの音楽家としての核たる部分を記録したレコードとしても、このデビュー・アルバムが今最も耳を傾けておくべき作品のひとつなのは間違いない。

文:青山晃大

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