SIGN OF THE DAY

【ANOHNI interview 中編】政治的な主張を
ふんだんに含んだ(?)怒りのレコード、
今年最初の傑作『ホープレスネス』を巡って
by SOICHIRO TANAKA June 13, 2016
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【ANOHNI interview 中編】政治的な主張を<br />
ふんだんに含んだ(?)怒りのレコード、<br />
今年最初の傑作『ホープレスネス』を巡って

この2016年に産み落とされた最初の傑作と呼ぶべきアノーニのアルバム『ホープレスネス』のサウンドの概要については、3回に分けて掲載される、以下の彼女とのインタヴュー記事の前編でも触れた。

【ANOHNI interview 前編】多幸感に満ちた
サウンドに告発を忍ばせたトロイの木馬、
今年最初の傑作『ホープレスネス』を巡って


では、この『ホープレスネス』という作品は何を語っているのか。何について、「どう」語っているのか。この中編では、そちらに歩を進めたいと思う。もし良ければ、前編における彼女の言葉――「これは犯されるべきではない神聖なもの=母と子=エコロジーが踏みにじられることについてのレコード」、「私たちは人類として、まさに今、ブロークンネスを体験しつつある。人は壊れてしまった」という二つの言葉はどこか頭の片隅に置いて欲しい。

では、アルバムに収録された11曲のリリック、それぞれのモチーフを乱暴にレジュメしてみよう。①オバマ政権が飛ばしたドローン戦闘機によるアフガニスタン空爆、②人類の総意が気温温暖化の進行を許したことで地球が瀕死の状態にあること、③エドワード・スノーデンの告発によって明るみに出たNSA(アメリカの国家安全保障局)による監視プログラム、④死刑制度に代表される「悪」という概念が存在することに対する絶対的な信仰、⑤男性原理に支配された人類という種に対する別れの最終通告、⑥アメリカ大統領バラク・オバマに対する落胆と失望、⑦オトコたち、息子たちが抱える暴力性、⑧ヒトが自らを地球という生命の樹から切り離すことを許した神への問いかけ、⑨男性原理に支配された企業や国家が無軌道なウィルスと化し、母なる地球を死に至らしめつつある現状、⑩地球の骨髄(=マロウ)から石油を採掘することがすべてに優先するという、アメリカの企業文化が率先した消費主義的な価値観に世界中がすっかり染まってしまったという事実。言うまでもなく、すべてのリリックは社会的なコメンタリーを含んでいる。

それがゆえに、この『ホープレスネス』は政治的なイシューを取り込んだプロテスト・アルバムだ――そんな風に呟きさえすれば、おそらくあなたの気持ちは少し軽くなるに違いない。敵を見出し、血をたぎらせることも出来るかもしれない。特に、自らをリベラルと位置付ける人々にとっては。自らを屈託なく正義と呼ぶ人々にとっては。

だが、この『ホープレスネス』という作品に何かしらの告発があるとすれば、その批判の矛先はあなたにも向けられている。いや、むしろ、あなたにこそ向けられている。この作品は、何かしらの主義や主張、思想によって、人々を分断させるのではなく、「私たちは人類として、まさに今、ブロークンネスを体験しつつある。人は壊れてしまった」という認識の下に、この地球上の人々に等しく語りかける。分け隔てなく。

そうした彼女の態度をもっとも象徴しているのは、彼女が選び取ったリリックの「形式」だ。彼女は自分自身ではなく、自分とは立場も考え方も思想も主義も違う、いくつもの第三者に言葉を託した。あるひとつのクラスタを代表する声としてではなく、すべての「壊れてしまった」人々の声を掬い取った。地球上のあらゆる生物が滅んでしまうことを望む、憎しみにかられたキャラクターにさえ、その声を上げる機会を与えている。

だからこそ、すべてのリリックはアノーニ自身の主張だと思ってはならない。あるいは、アノーニの主張がどのリリックにあるのか?――そうした正解を取り出そうとする誘惑にも屈してはならない。それぞれの聴き手がここから自分自身それぞれの正解を導き出さねばならない。

以下の対話にもあるように、アノーニ自身は『ホープレスネス』を「怒りのレコード」だと語っている。だが、すべての曲を書こうとする最初の動機が怒りにあったとしても、実際に出来上がった作品が醸し出すフィーリングとエモーションはあまりに多岐に渡っている。

試しに、あまりにも勇壮で、多幸感に溢れたアルバムのタイトル・トラック“ホープレスネス”を聴いて欲しい。特に2分をすぎた辺りから、アノーニ自身の声がゴスペル・クワイアのように重なって、2分30秒をすぎた辺りからビートが差し込まれてくる瞬間の、生命という力が漲るような高揚感。間違いなく本作『ホープレスネス』における最大のハイライトのひとつだろう。だが、そこで歌われる歌詞は「希望などどこにもない/何故私はウィルスになってしまったのだろう?」なのだ。

それがゆえに、この『ホープレスネス』という作品は聴き手をひとつの感情に着地することを許さない。怒りにまかせて拳を挙げることも、涙に暮れ、悲しみの毛布に包まれて眠ることも許さない。この『ホープレスネス』は、大方のポップ音楽がそうであるような、聴き手に安心や慰めを与えることはしない。ただ、思考と行動を促す。

言わば、『ホープレスネス』は、どこまでも息子を愛するがゆえに、どこまでも厳しい母のようなレコードだ。さあ、血に染まったあなた自身の両手をしっかりと見なさい、そして、あなた自身がなすべきことを選び、そのもっとも困難な道を行きなさい、と語りかけるような。

この作品の存在によって、その容赦ない優しさがもっとも的確に機能し、重すぎる十字架を背負わせることに成功したのは、おそらくアノーニ自身だったに違いない。容赦ない自己批判精神。この『ホープレスネス』という作品を傑作たらしめている理由のひとつは、そこにもある。

だが、勿論、たったひとりで十字架を背負うキリストなど必要ない。アノーニはひとりではない。その傍らには多くの母、多くの娘たち、そして、多くの息子たちがいるに違いない。もしかすると、あなたの姿をみつけることが出来るかもしれない。




●では、アルバム冒頭の曲――“ドローン・ボム・ミー”について、もうひとつ訊かせて下さい。客観的に見れば100%罪のないはずの幼いアフガニスタンの少女に「結局のところ、私にも罪はあるから」と、この曲の中で歌わせなければならなかった理由について教えて下さい。

「侵され、踏みにじられた時、人は何が起きたのか理解しようとするものなの。わかるでしょ? 9歳の女の子が外国勢力による恐ろしい侵害の犠牲者になる時……なんとか全体像を理解しようとして、たとえ罪がなくても、責任のないことに責任を負おうとするのよ。想像してみてくれる? 彼女が空を見上げると、毎日ドローンが飛んでいるの。家族は次々とドローン爆弾で殺され、アフガニスタンの小さな村で、女の子は唯一生き残った叔父や叔母と暮らしてる。傷つき、壊れた彼女は『自分にも同じことが起きるべきだ』と想像するかもしれない。侵された人間は自分を守ろうとして、時としてその恐怖の元、侵害の原因に近づこうとすることがある。本当は逆方向に逃げなきゃいけないのに。だから、あの曲は、彼女自身の“壊れていること”、ブロークンネスについての曲でもあるの。そう、彼女は壊れてしまっているの」

●なるほど。

「とはいえ、勿論、あの曲はドローン爆弾を落として罪のない人々を殺すというアメリカの中東政策と対決するために作った曲。私はこの四半世紀、米政府や欧米諸国が中東に与えてきた脅威に対して、その行動の結果に対して、より大きな対話に加わる必要があったの。だって、今ヨーロッパで起きてることがそうでしょう? シリアから必死で逃げ出した人々がヨーロッパ中に溢れている。でも、彼らはアメリカの外交政策の落とし子なの。でしょう?」

●その通りですね。

「あの地域はあまりに不安定になって、死なないために人々が逃げ出すような場所になった。そう、私やあなたのような普通の人たちが。みんな教育を受け、庭のある家に家族と暮らし、生活を楽しんでた人たちなのよ! 家を離れたくなんてなかった人たちが、今や腐敗した権力、新たな利益団体によって祖国から追い出されてる」

●ええ。

「あなたの質問に答えると、これはある種の“逆心理”なの。あの歌詞ではあることを言っているようで、それとはまったく別の意味があるのよ。つまり、なぜ彼女は『私にも罪はある』と言わなければなかったのか、そんな風に壊れてしまったのか――それを突きつけることを意図してるの。それは“4ディグリーズ”という曲でも同じ。あの曲では『世界を灼き尽くし、動物が死ぬのを見たい』と歌ってるでしょ? 私たち全員が実際にそう思っていなくても、そういう行為に加担しているという事実を突きつけるためなのよ」

Anohni / 4 Degrees

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●「4度」というのは摂氏4度、ということですね。

「そう。地球温暖化において、今世紀末には気温が摂氏4度上昇するとされているから。人によっては、たった4度と思うかもしれないけれど、それは世界の終末を意味するのよ。でも、12月のパリで開かれた会議(COP12)では、それを2度に抑えようっていう協定になった。だけど、2度は自然の滅亡を意味するのよ? 気温が2度上昇すれば海が死に、森は確実に死ぬ。地上から森がなくなってしまう。生態系そのものが崩壊し、私たちが知ってる自然はなくなってしまうのに。だからこそ、特に“4ディグリーズ”の場合は、そうした事実を容赦なく突きつけるためだと思う。勿論、この私自身にさえ!」

●わかります。

「だって、自然にとって最善の状況を望み、自然の擁護者を自称する私ですら、普段は飛行機に乗ってるし、車を運転してるし、毎日の生活で地球の気温を上げる一因となるような行動を取ってる。だから、自分は何を担っていて、何の共犯なのか、自分でも認めようとしている以上のものを曲の中で突きつけているの」

●例えば、ジョン・グラントのような作家は彼自身の優しさの裏返しとして、時として呪詛のような怒りの言葉を歌うことがあります。

John Grant / GMF

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●ただ今回のあなたの場合、作品全体のテーマやモチーフからすれば、抑えることの出来ない強い怒りを吐き出すことも可能だったのに、自分とは違う立場から歌うというアイデアを選択したりすることで、闇雲に怒りを表現することを必死に回避しようとしています。

「正直、その意見には同意出来ない。私はこれを、怒りについてのアルバムだと思っているから」

●なるほど。

「ただ、あなたが言ったように誰かを闇雲に批判したり、他人を指差して非難することは出来るだけ避けようとしたの。だって、政治や時事問題について歌うのは本当に難しいの。聴く人も辛抱強く聴いてくれないし。でしょう? 私が思いついた方法の一つが……それって、聴く人が理解しはじめてくれる方法の一つでもあるんだけど、その問題を第一人称で歌うことなの。私が言っているのは『私はアメリカ人だ』ということ。そして、どうすれば自分はこのシステムから脱け出せるのか。どうすれば人々が立ち直ることに貢献出来るのか。エコロジーの崩壊を引き起こさないようにするために、種としての人類はどうすればいいのか。その立ち直りに自分はどう参加できるんだろう――って」

●つまり、別な見方をすれば、こうした形式で歌うことがあなたなりの怒りを抑えるための工夫でもあった?

「でも、私は怒りを感じるし、このレコードは怒りに満ちている。本当に怒りでいっぱいなの。“ドローン・ボム・ミー”はロマンティックな曲だけれど、底には怒りが深い河のように流れてる。でしょう? ただちょっと狡猾なのよね。でも、怒りがこもっているのは確か。世界に対する怒り、私自身に対する怒り、状況に対する怒りが込められている。“ホープレスネス”のような曲でさえ……あの曲のアイデアは『どうして自分はウィルスになってしまったのか?』ということ。自分は哺乳類で、温かい血の流れる無害な生き物で、母や子どもと深い絆を持っていたはずなのに、気がつけば、養い、育ててはいなかった。哺乳類であること、人間であることは本当に美しいことなのに。気づくとまるでホスト細胞に対するウィルスのように振る舞っていて。私を生かしてくれているホスト=地球に対するウィルスのように振る舞っている。与える以上に奪っているの。サステイナブル以上のものを奪っているでしょう?」

●そうですね。

「ある意味、それこそが“ホープレスネス”、希望のなさ、絶望感の根源にあるものなの。そもそも私たち一人ひとりはただ生きているだけのはずでしょ? 私たちはこの地球に生まれて、自分で選んで生まれてきたわけじゃない。でも、このシステムの中に生まれてきて、そのシステムをある方向から見ると、絶望感でいっぱいになってしまう。だって、私は自分のフットプリントが……自分が残した足跡が、他の生き物にひどい影響を与えているのに気づいてしまったから」

●もしかすると、“オバマ”のような曲もあることから、本作は「アメリカという国家の罪」にフォーカスした作品だと誤解される場合もあるかもしれません。ただ、アルバム最終曲“マロウ”にある「私たちは皆アメリカ人なのだ」というラインによって、誰もが等しく罪を抱えているのだという告発でアルバムは幕を閉じます。ただ、聴き手の全員に批判の矛先が向かうような作品を作ることに躊躇はありませんでしたか?

「あの歌詞は告発というよりも、むしろ認識ね。『アメリカの企業文化の属性とされてきた価値観はもはやグローバルになったんだ』っていうこと。それが私たちのあり方にどうしようもないほど影響を及ぼしていて、私たちは簡単にそれに従って決断するようになってる」

●確かに。

「特に『私たちは皆アメリカ人なのだ』っていう歌詞は、鉱物採掘についてなの。この何年もの間、アイデンティティ・ポリティクスの危機だとか、この党が選ばれてこの党が選ばれない理由はなんだとか、みんなが同じようなことを話題にして、ミドルクラスの生活を維持することで手一杯になっていたでしょ? そうした沈黙のうちに何が起きたかっていうと、大地から鉱物資源が採掘され、搾取されてきたのよ。そして、すべてが燃やされてきた。この大地から石油を搾って燃やすという考え方そのもの、自然資源をものすごい速さで燃やしきるというアイデアは、20世紀にアメリカが他の国々に売りつけたもの、消費主義に則った生活でしょ?」

●歴史的に見ても、まさにその通りですね。

「しかも、気がつけば、いつの間にか、誰もがその生活を熱望するべきだってことにされて、私たち全員がそのアイデアを多かれ少なかれ鵜呑みにしてしまった。誰もがそれを当たり前だと思ってしまった。でも、実際に、西欧、もしくは、第一世界に暮らしていて、その共犯者にならないことはとっても難しい。だって、誰でも石油は消費しているでしょう? でも、その石油はナイジェリアの汚い油田で採掘されたものだったりするの。私たちが食べてる魚は死にかけた海で採られた魚だし、誰もがポスト・インダストリアル時代の消費文化に加担している。何かしらの形でね」

●まさにその通りです。

「さらに恐ろしいのは、そうした消費文化に加担していない人たちはそれを手に入れることを熱望しているってこと。最貧国でもアメリカの底辺層でも、人々のゴールは“金持ちになること”なの。だって、ビヨンセの曲でさえ、彼女の言う“パワー”は“リッチになること”を指してるわけでしょ? でも、問題は、本当にリッチになれる人は一握りしかいないってこと。富はどんどん、より少人数の人々のものになっていく。そして、ミドルクラスや労働者階級から富は抜き取られ、くり抜かれる。つまり、私たちは自然から資源を搾取するだけでなく、人々からも搾取しているのよ。でしょう? ミドルクラスや労働者階級から搾取することをゴールにした文化がここにはあるから」

●その通りだと思います。

「アメリカやヨーロッパでは完全にそうなってるの。私の子どもの頃のアメリカは……もしかしたら、今の日本と近いかもしれない。文化にある種のファイアウォールがあったから。例えば、日本からすると、『アメリカは別の場所で、自分たちの場所じゃない』という感覚があるでしょう?」

●今もまだそう感じている人はいると思います。

「でも、今のヨーロッパを見ると、完全にアメリカが氾濫している。ヨーロッパにいるとアメリカのニュースばっかりだし、何もかもがアメリカの影響下にあって。しかも、アメリカ企業とされているものは多国籍企業になっていて、もうアメリカは国境で限られた国じゃなくなってるのよね。アメリカは流動的なアイデアとなり、多国籍企業はどんな国の政府の要請にも応じない。規制をかけるのがほとんど不可能なの。オフショアで動くんだから。石鹸と同じよ、ぬるぬるしてつかめない。とてもトリッキーよね。私たちはいまだに国家という20世紀的なアイデアの下にいるのに、実際、今、最大の脅威は企業なんだから」


【ANOHNI interview 後編】実現不能な(?)
調和の世界を夢見る現代の『キッドA』、
今年最初の傑作『ホープレスネス』を巡って




通訳:萩原麻理


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