分断と衝突の時代にすべての人々を社会の
外側へと誘う究極のポップ『カラーズ』の
真価をベック本人との会話で紐解く:前編
分断と衝突の時代にすべての人々を社会の
外側へと誘う究極のポップ『カラーズ』の
真価をベック本人との会話で紐解く:中編
●じゃあ、もう既に時間が超過しちゃったから、最後の質問です。ちょうどこのレコードがリリースされる頃に、アメリカの大統領が決まるわけだよね。ヒラリーに決まった場合、トランプに決まった場合、それぞれの場合で、この作品はその秋の空気に対して、どういう触媒として作用すると思いますか?
「ふう。わかんないな。僕にとって変なのは、自分が作るレコードはむしろ作った時のフィーリング、3年前のフィーリングについてなんだよね。だから、必ずしもその時代にシンクロしてるわけでもない。いつもそうなんだけど。ただ、僕らは今、ものすごく不安定な時代に入っていこうとしてるし、特にアメリカには大きな意見の相違がある。いろんな対立や争いがあるんだ。ただ、このレコードのフィーリングって『僕らはみんなで向かってるんだ』みたいな感じだから。我慢できない男も、自分が心から愛してる人も、同じ世界にいるんだっていうね。僕としては、それが伝わるといいんだけど。だって、何がどうあろうと、世界はそんな風に成り立ってるんだから」
●確かに。
「ごく普通のプライヴェートの生活だと、自分が選んだ人たちが周りにいるよね? でも、ミュージシャンって、本当にいろんな人たちを相手にしてるんだよ。ライヴをやっても音楽を届けても、それがあらゆる種類の人たちの生活の一部になるし。ミュージシャンって、自分自身を開くっていうか、自宅の玄関を開いて『ほら、みんな入ってきてよ!』って言うようなものなんだ」
●うん。
「だから、どんなに誰かが誰かのことを嫌いで、別の誰かが誰かのことを憎んでても、僕らはみんな他の人たちと一緒に生きていかなきゃいけない。これからの10年は必ずそういうことになると思う。誰もが同じようなことを感じて、同じところに向かってるんだよ。結局のところ、僕らは一緒なんだ。だろ? 結婚してる人ならわかるかもしれないけど……今って結婚して、7、8年経つと『もうたくさん』って半分の人が離婚しちゃうよね。『この人のこういうところが嫌だ、我慢できない』って気づくから」
●フランスなんて、もう完全にそうだよね。
「でも、人生のある時期に来ると、どうしたって相手が変わることはないから、受け入れるしかないんだってことがわかる」
●うん。
「ただ本当にパワフルな音楽って、あらゆる人を招き入れる音楽だと思うんだ。ビートルズやスティーヴィー・ワンダー、マイケル・ジャクソンもそうかもしれない。で、今、僕らはそういう音楽を必要としてると思う。勿論、本能として人はどちらか側についちゃうんだけど。『自分はこっち側』『自分はあっち』って、別の方向に行ってしまう。で、『お前は間違ってる』とか、『あんなのどうでもいい』とか言い出すんだ。実際はみんな、お互いが必要なのに(笑)」
●そう。でも、今の時代はいろんなものが見事に分断してて、それがいつの間にか、必ず二つに分かれて、対立するようになってきてる。
「これから先はさらにそうなると思う。実際、ヨーロッパでは全部崩壊しはじめてる。『俺はこっちに行く、お前はあっちだ』って言い出してるし、アメリカではテキサスが分離したがってたり、カリフォルニアがアメリカから独立したがってたり。まあ、そういう時代なんだってわかってるけどね」
●うん。
「でも、結婚と同じで、そこを抜けたら、『ああ、僕らみんな同じなんだ』っていう時代がまた来るんじゃないかな。ホント僕がどれだけいろんな人たちと話して、どんなに違ってても、最終的には『同じことを目指してるんだね』ってことになったことか(笑)。誰もが同じようなことを感じて、同じところに向かってるんだよ。だからこそ、そういう感じがいくつかの曲に表れてるといんだけど」
●ただ、去年辺りから「ブラック・ライヴズ・マター」みたいな動きが活発になってるよね。勿論、絶対的に間違っていないし、今の彼らの置かれた立場を考えれば当然なんだけど、またそれに過剰に反発する動きがあるがゆえに二次的な摩擦や衝突が起ったりするのを見てると、すごく悩ましく感じることもある。
「うん、僕の中には、それってすごくパワフルだと思う部分もあるし、同時に、ただすべての人を受け入れたいって気持ちもある。でも、人としての僕の本能は、みんなが一つになってほしいって言ってるんだ(笑)。それが何なのか、僕にはわからないけど。子どもとしての自分の、ものすごくナイーヴな部分かもしれないな。『みんな仲良くしてほしい』っていう(笑)」
●(笑)。
「でも、思うのは、多くの問題には深い根っこがあって、僕らがその問題に向き合わないまま、あまりにも長い時間が経ってしまったってこと。社会として、僕らはそれが手に負えなくなるまで待っちゃうんだよ。そうなって初めて、なんとかしようとする。ああいうことも本当は何十年か前に起きるべきだったんだけど、この社会ではものすごく時間がかかるからね。でも、ああいう問題はずっと前からある。だから、全然新しいことじゃないんだ」
●そうだね。
「でも、争いが起きるところには、その後に変化があるってこと。僕がずっと見てるのは“そこ”なんだ。どんなにクレイジーな状況でも、その後はもうちょっといい場所になる。どう? きちんと意味が通じてるかな? うまく話せないんだよね、政治って。すごく複雑で、いろんな側面があるから。ただ、僕がやろうとしてるのは、リスペクトすること。アメリカにはそれが必要だと思う。たくさんのリスペクトがね。で、どう? 日本ではどんなことが起きてるの?」
●日本はとにかく世界から孤立してる。政治にしろ、経済にしろ、特に文化的にはまさにそうで。さっき君も言ってたけど、市民の大半は、自分自身の身近な生活に精一杯で、国外のことにまで視点が及ばないんだと思う。例えば、イギリスのEU離脱やアメリカの大統領選が直接的に自分たちの生活に関わってるっていう見方もあまりなくて。
「なるほどね」
●やっぱりフクシマ以降、本当にハードな時代が続いたから、外の世界に対する想像力がなくなってる。
「あれは僕にとってもものすごく心が痛んだよ。フクシマの状況はまだ続いてるの?」
●うん、まだ復興はしてない。
「処理も終わってないんだよね?」
●そう。で、また、東京オリンピックとかにお金をかけたりして、完全に置き去りにされてる。
「そうか。あの事故を映像で見てて、本当につらかったんだ。日本は僕にとって特別な場所だから。ホームみたいなものだから」
●ある意味、日本はアメリカや欧州以上にハードかもしれない。
「だろうね」
●誰もが自分自身のことに精一杯だから、特に明確なポリシーのない、すごくカジュアルで、すごく無意識のナショナリズムが静かに蔓延してきてる感覚がある。フランスよりもアメリカよりも。
「でも、そういうことって波みたいに寄せては返すっていうか、サイクルになってるんだと思うよ。例えば、アメリカでは世紀ごとに一度大波が起きて、劇的なことになる。合衆国独立、南北戦争、第二次世界大戦。で、今はそれがなんであれ、その次のことが起きようとしてるんだ。なんかもう、最初から筋書きが書かれてるみたいにね。だから、変な感じだよ。でも、こういう時こそ、すべての物事はサイクルなんだって気づくことが僕は重要だと思う。例えば、60年代にしたって、あれは偶発的に起きたわけじゃなくて、そのずっと前からビルドアップされてたんだよね。それが溜まりに溜まって、一気に爆発しただけなんだ。パンク・ロックも偶発的じゃなかった。すべてのことに時間的なスケールがあるんだよ。ただ、そういう時間を実際に通り抜けていくこと自体はすごくハードな体験なんだよね。混乱が起きて、争いが起きるから」
●うん。だからこそ、このレコードは今の時代に必要かもね。
「うん……そうかも。だと、いいけど(笑)」