2016年は本当にとんでもないことになっています。まだ年が明けてから3ヶ月半しか経っていませんが、ベテランから新人まで、R&B/ヒップホップからゴージャスなチェンバー・ポップやラフなロックンロールまで、キャリアやジャンルや国籍を超えて素晴らしい作品が次々と生み落されている。もしかしたら、今年は5年や10年に一度の大豊作になる可能性も――少なくとも現時点では、そんな期待を持っていいかもしれません。
でも、そういった実感は、まだ日本には伝わり切っていない。そんな感触があるのも確かです。ドレイクをフィーチャーしたリアーナの“ワーク”が8週連続で全米1位を独走中だったり、ラスト・シャドウ・パペッツの2ndが当たり前のように全英初登場1位を取ったりしている状況と較べると、やはり日本との温度差を実感せずにはいられない。
だからこそ、ここで一旦、2016年の重要作をまとめておきたいと思います。こんなにも世界中がざわめいている作品群を見過ごしてしまうのは、あまりにもったいないですから。
ということで、今しっかりと聴いておけば絶対に後悔しない、2016年必聴の8枚をここにお届けします。
1) リアーナ
昨年の年間ベスト・アルバムでも書いた通り、〈サイン・マガジン〉の見立てでは、2015年はケンドリック・ラマーがすべての中心にいる時代でした。
2015年
年間ベスト・アルバム 50
これを受けて言えば、2016年は「ケンドリック以降」という磁場から強烈な作品が幾つも誕生している。と、まずは整理出来ます。具体的に見ていきましょう。
たとえば、先ほども名前を出したリアーナ。彼女は大ヒット中の“ワーク”も収録された最新作『アンチ』で、いつになく強いメッセージ性を打ち出してきました。
決して彼女はリリックで政治的なステイトメントを表明しているわけではありません。が、タイトルが示唆するように、このアルバムには彼女を取り巻く音楽産業やセレブリティ・カルチャー、あるいは自分自身のパブリック・イメージに対するノーを突きつける意図があったのは明らか。2016年2月に開催されたグラミー賞授賞式でのパフォーマンスをドタキャンしたのも、偶然だったとは言え、今のリアーナのスタンスを象徴する、あまりに出来過ぎた「事件」でした。
アルバムの音楽性に目を向けると、ドレイクやウィークエンドが開拓してきた新しいR&Bに目配せしたトラックと、クラシックなリズム&ブルーズやソウル、ドゥーワップなどが混在。つまり、『アンチ』はブラック・ミュージックの歴史に目を向けた作品――やや飛躍すれば、リアーナがブラックであることに改めて向き合った作品だとも言えそうです。
Rihanna『Anti』合評
2) PJハーヴェイ
PJハーヴェイが2011年にリリースした8作目『レット・イングランド・シェイク』は、ある意味、彼女がイギリス人であることと向き合った作品。90年代初頭のデビューから内省的な表現を続けてきた彼女が、初めて外へと開かれ、戦争と侵略を繰り返してきた母国の歴史に目を向けたアルバムです。これは〈NME〉、〈ガーディアン〉、〈アンカット〉など多数のメディアで年間ベスト1位を獲得し、史上初となる二度目のマーキュリー賞受賞も達成。日本では完全に見過ごされていますが、PJハーヴェイは今、名実ともに二度目の黄金期を迎えているのです。
そんな彼女が送り出す最新作『ザ・ホープ・シックス・デモリッション・プロジェクト』に、世界中が注目しているのは言うまでもありません。最初のリード・トラック“ザ・ホイール”が発表された時点で、既に欧米のメディアは色めき立っていました。
実際、この『ザ・ホープ・シックス・デモリッション・プロジェクト』は、絶賛を浴びた前作を凌ぐ傑作でしょう。コソボ、アフガニスタン、ワシントンD.C.を巡って曲を書き、かつてイギリスの海軍本部が置かれていたサマセット・ハウスで公開レコーディングされたというエピソードが象徴しているように、今回は母国イギリスに限らず、現在のポーリーの問題意識をより広いパースペクティヴから表現してみせた作品。そのサウンドも、50年代イギリスのダンスホール音楽に遡った部分もあった前作以上に生々しい。そして何より、このアルバムが、社会/政治的な問題を糾弾するだけではなく、聴く者を奮い立たせるような力強さと信念に貫かれているところに痺れます。
3) アノーニ
PJハーヴェイの直近の二作同様――いや、もしかしたらそれ以上に、アノーニ(アントニー・ハガディから改名)は5月に送り出す『ホープレスネス』で驚異的なメタモルフォーゼを遂げています。もはやここには、アントニー・アンド・ザ・ジョンソンズ時代のような親密で内省的なチェンバー・ポップは皆無。ハドソン・モホークとOPNをプロデューサーに迎え、全面的にトラック・メイキングを委ねて作り上げられたエレクトロニック・サウンドは、不気味なまでの高揚感を持ったアンセミックな仕上がり。
上に貼った“4ディグリーズ(=摂氏4度)”が地球温暖化の問題を取り上げているように、『ホープレスネス』でアノーニは政治的なステイトメントを怒りと悲しみにまみれた声で発しています。それを踏まえると、ナオミ・キャンベルのMV出演で話題となったリード・トラック第二弾“ドローン・ボム・ミー”が、アメリカによる中東空爆をモチーフにした曲であることも想像に難しくないでしょう。
特にハドソン・モホークが得意とする、ゴスペルのような神々しくアンセミックなサウンドと、黙示録を読み上げる預言者のようなアノーニのリリックとヴォーカル。その強烈なコントラストに終始貫かれている『ホープレスネス』は、PJハーヴェイの新作と並び、今のところ2016年最大の衝撃だと断言出来ます。
4)デヴィッド・ボウイ
勿論、2016年前半は、「ケンドリック以降」という文脈ですべてを語れるわけではありません。年明け早々、デヴィッド・ボウイという黒い巨星が散ったのも、やはり今年を象徴する大きな出来事でした。
ご存知の通り、ボウイの遺作となった『★』は、ケンドリックに象徴される新世代のヒップホップ/ジャズに大いにインスパイアされたアルバム。しかし、『★』で重要なのはそこではない。アルバムのラストを飾る“アイ・キャント・ギヴ・エヴリシング・アウェイ”(=私はすべてを与えることは出来ない)で歌われるように、アーティストが聴き手に答えを与えるのではなく、むしろ疑問を投げかけ、それぞれの答えを見つけさせること――その姿勢を最後まで貫いたところに、ボウイの意地と底力が感じられる作品だったと言えるのではないでしょうか。
5)ハインズ
そして、世界的には『★』と同日発売だったこともあって、見過ごしてしまった人もいるだろうハインズのデビュー作『リーヴ・ミー・アローン』も忘れてはいけません。彼女たちについては、これまで〈サイン・マガジン〉ではいろんな切り口からその素晴らしさを語ってきました。
シーンを転覆させる救世主のいない時代に
マドリード出身の女子4人組ハインズが
全世界から注目されている理由、教えます
女性版リバティーンズ?マドリードの
4人組ハインズとの対話を題材にして
2016年初頭のポップ潮流についてご説明
そんなハインズの魅力について改めて書くなら、とにかく底抜けに自由でチャーミングで楽しげな雰囲気をまとっていること。誰もが恋に落ちずにはいられない、理想的なロックンロール・バンドだということ。ただそれだけなんですけど、そんなバンドって、今ハインズ以外にいないですからね。
6) イギー・ポップ
もう少しだけボウイを起点に話を進めていきましょう。ボウイの没後、間もなくしてイギー・ポップから久しぶりの会心作『ポスト・ポップ・ディプレッション』が届けられたことには、どこか運命的なものを感じずにはいられませんでした。
イギーの最高傑作がボウイ・プロデュースによる二作『ラスト・フォー・ライフ』『ジ・イディオット』だとするなら、やはりイギーに必要なのは有能なコラボレーター。とすると、ジョシュ・ホーミーとタッグを組むという選択は、完全に正しかったというほかない。なにしろ彼は、クイーンズ・オブ・ザ・ストーン・エイジをはじめ、アークティック・モンキーズの転機となった『ハムバグ』のプロデュースなど、2000年代以降のエッジーなロック作品に数多くかかわってきた男なのですから。
『ポスト・ポップ・ディプレッション』は、アメリカや日本でキャリア最高のチャート・アクションを記録。作品の完成度からすれば、それも当然と言いたくなります。が、実際、ソロ・キャリア40年の大ベテランが自己最高記録を更新するのは並大抵のことではないはず。もしかしたら、以下の記事で書いたように、2016年の音楽シーンには「イギーが足りない!」と誰もが渇望感を覚えていたのかもしれません。
黒い巨星、デヴィッド・ボウイ亡き今、
圧倒的に「イギーが足りない!」2016年の
ポップ・シーンについて考えてみました
7) カニエ・ウェスト
先ほどのリンク先の記事でも、ボウイの系譜を継ぐアーティストの一人として、カニエ・ウェストの名前を挙げています。それは、遂に日本でもアップル・ミュージックで聴けるようになった彼の新作『ザ・ライフ・オブ・パブロ』においても、変わらずに言えること。リスナーに「答え」ではなく、「謎」や「疑問」を投げかけている作品という意味では。
ともかく、『ザ・ライフ・オブ・パブロ』は様々な文脈が散りばめられていて、そう簡単には語り尽くせない。「パブロ」とは何なのか? ゴスペルも取り入れた宗教的な色彩のサウンド、子供が生まれたことの影響が読み取れるリリック、『イーザス』と較べてアグレッシヴなトーンを抑えたプロダクションや参加プロデューサー陣の変化などをどう捉えるのか? あるいは、大きなバックラッシュを生んだリリース方法、そしてタイダルで発表後も音源に手を加え続けていることに関してはどうか?――〈サイン・マガジン〉の合評では、それら無数の「謎」を紐解くヒントとなる幾つかの視点が提示されています。
Kanye West『The Life of Pablo』合評
8) ラスト・シャドウ・パペッツ
そして最後に取り上げるのは、ラスト・シャドウ・パペッツの2nd『エヴリシング・ユーヴ・ カム・トゥ・エクスペクト』。これは以下の記事でも書いた通り、アレックス・ターナーの非ロック的な関心を120パーセントの力で表現してみせたアルバム。フランク・シナトラ、ジャック・ブレル、スコット・ウォーカー、セルジュ・ゲンズブールといった、ゴージャスな男性ヴォーカリストたちによる良質なポップスの系譜に本気で連なろうとした作品です。
アークティックの息抜きなんかじゃない!
ラスト・シャドウ・パペッツの2ndは、
21世紀ポップの女王、アデルをも脅かすか?
今、こうしたポップ音楽に取り組もうとしている男性アーティストは、ほぼ皆無。かろうじて、女性シンガーでアデルがいるくらい。そのような状況の中で、敢えてゴージャスなヴォーカル作品に挑み、全英初登場1位を奪取したのは流石というほかありません。流行の尻尾を追いかけるのではなく、むしろ誰もが忘れかけていた鉱脈を掘り当てて人々を驚かせる。ラスト・シャドウ・パペッツはそれが出来る数少ないアーティストの一組です。
こうして振り返ってみると、2016年がとんでもないことになっているというのは、決して大袈裟な話ではないと理解出来るでしょう。さて、本当に今年は5年や10年に一度の大豊作の年として記憶されることになるのか? その答えは、そう遠くない未来にわかるはずです。