今年のフェス・シーズンにおいて、絶対に見逃してはいけないアクトはベックでもレッド・ホット・チリ・ペッパーズでもなければ、レディオヘッドでもない。ディアハンターこそが、今最も見逃すべきではないバンドの筆頭だ。というのは、さすがに言い過ぎか? でも、そう声を大にして言いたいのには理由がある。それは、これまでも全キャリアを通して変化し続けてきた彼らディアハンターが、今まさにキャリア史上でも屈指のメタモルフォーゼの瞬間を迎えているからだ。
そもそも、2010年代に入ってからのディアハンターは、アルバム毎に明確な志向性を持った音作りを嗜好し、それまでのノイズ/シューゲイザー/ドリーム・ポップといった一元的なイメージから逸脱する独自の進化を遂げてきた。50年代のロックンロールやブルースに着想を得た2013年の『モノマニア』、80年代的な音響やファンク・サウンド、スタンダード・ポップス的ソングライティング等を取り入れ、バンド史上最もキャッチーな仕上がりとなった昨年の『フェイディング・フロンティア』と、特に最近の2作品において、そのコンセプチュアルな方向性は一段と強まっていると言える。彼らのキャリアの多面性は、以下の記事でも詳細に紹介されている。
いつが最高? 変わり続けるサイケ音楽の
万華鏡、ディアハンターの傑作アルバム、
トップ3はこれだ! その① by 天井潤之介
最新作『フェイディング・フロンティア』は、ある意味では、ディアハンターにとってインディの狭い枠組を抜け出し、より大文字のロックを目指したレコードとも言えるだろう。アンダーグラウンドのカリスマから、巨大なオーディエンスの視線を一身に引き受けるロック・スターへの成長。その見方ももちろん間違いではない。しかし同時に、ディアハンターが他のバンドと一線を画す理由は、そういった単純な図式からはみ出す予想もつかないような変化にもある。飛躍的にスケールアップしたバンドとしての真っ当な成長と、観衆の期待をいい意味で裏切り続ける多面的で予測不可能な進化。現在のディアハンターのライヴは、その2つのベクトルが奇跡的に両立した、とても刺激的な状態となっている。
その証拠に、まずは『フェイディング・フロンティア』の収録曲“リヴィング・マイ・ライフ”のスタジオ・ライヴ映像2本を紹介したい。最初に見てもらうのは、アルバムのリリース直後に行われた2015年11月の時点のもの。ブラッドフォード・コックスによるディレイのかかったギター・リフを主体として、レイドバックしたサイケデリアを奏でるバンドの演奏は、この時点では『モノマニア』以前のバンドの印象とさほど変わっていないように見えるだろう。
しかし、それから半年ほど経った今年5月に、TV番組に出演した際の映像を見ると、ディアハンターが驚くべき変貌を遂げていることが如実に分かる。これは『ストップ・メイキング・センス』のトーキング・ヘッズか、あるいは『ヤング・アメリカンズ』時代のデヴィッド・ボウイ? パーカッション奏者とサックス/シンセサイザーを担当するサポート・ミュージシャン2人を加えて展開される、とてつもなくアップリフティングでロマンティックなファンク・サウンドには、そんな比較も頭に浮かんでくる。
同じバンドの同じ楽曲。それがたった半年でこれほどまでに変わるなんて、きっと誰もが驚きを隠せないはず。このパーカッシヴなファンク・ビートを主体にした陽性のサウンドが、目下のところ、ディアハンターのライヴにおける最新モードなのだ。
このモードは、最新作の楽曲だけでなく、これまでのライヴの定番曲にも大きく影響を与えている。例えば、最近のセットリストでオープニングとして選ばれることが多い、2009年のEP『レイン・ウォーター・カセット・エクスチェンジ』の表題曲。原曲はドゥーワップ調のリズムで始まるノスタルジックな曲調が印象的で、09年当時のライヴでは基本的に元のアレンジに忠実に演奏されていた。
それが今年4月にカリフォルニアで行われたライヴでの披露時には、冒頭からアタックの強いドラミング、スタッカートの効いたベース・ライン、軽快なパーカッションというパワフルなリズム・セクションが強調され、まるで別物のように生まれ変わっている。そして、そのファンク・サウンドに導かれるようにゆっくりとした足取りでステージへと登場し、マイク・スタンドに向かうブラッドフォード・コックスの姿には、とてもロック・スター然とした自信も伺える。
そう、以前からUSインディ界を代表するカリスマだったブラッドフォード・コックスのステージングに対する意識も確実に変わってきている。次の映像は2013年の〈プリマヴェラ・サウンド〉における“カヴァー・ミー(スロウリー)”~“アゴラフォビア”の演奏。ヒョウ柄のワンピースを着用したブラッドフォード・コックスの姿は、間違いなくクールで十二分にカリスマ的。ただ、この当時の彼がまとっているのは、密室的でアンダーグラウンドなカリスマ性である。
しかし、今年の〈プリマヴェラ〉で同じ曲を演奏した彼の姿には、2013年当時とはあらゆる点で真逆の印象を受ける。ベージュの上下にハットというアーシーな出で立ちの彼の堂々たるステージングには、最新作の影響源の一端にも挙げていたトム・ペティの姿もダブって見えるかのようだ。
演奏のアレンジ自体は『マイクロキャッスル』収録時とさほど変わっていないものの、2つのライヴを比べるとその開放感と音の拡がりが段違い。大人の色気を身につけ、オーディエンスと正面から向き合うようになったブラッドフォード・コックスの、フロントマンとしての意識の変化。それが今現在のバンドが醸し出すアップリフティングなムードにも大いに影響を及ぼしているのだろう。
最後に、ディアハンターが2013年の『モノマニア』から昨年の『フェイディング・フロンティア』を経て、どれほどの変貌を遂げているのか、分かりやすく比較できる映像を紹介しておこう。楽曲は『モノマニア』収録の“ドリーム・キャプテン”。終始伏し目がちにギターをかき鳴らし歌い、いかにもシューゲイザー的な印象を受ける2013年に対して、今年の映像では、バンドの方を向いてしっかりとコミュニケーションを取り、観衆にも笑顔を投げかけながら演奏するブラッドフォード・コックスの様子が映されている。その姿は、楽曲が同じでなければ、まさか同一のバンドとは思えないほど。バンド全体がまったく別物へと生まれ変わったかのような印象さえ受ける。
このように、これまでも全キャリアを通して、作品/ライヴの両方で変化を続けてきた彼らは、今まさに最も驚くべきメタモルフォーゼの時を迎えている。わずか半年の間でも全く予想していなかったような変化を見せた彼らのことだから、8月の来日ではここで紹介したパフォーマンスとも全く異なるライヴで、更に我々の予想を裏切ってくるかもしれない。その瞬間、蓋を開けるまで全くどうなるのか予測できないのがディアハンターというバンドの面白いところであり、だからこそ彼らは今もっとも見逃してはいけないバンドなのだ。
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1組もハズレなし!すべてのアクトが超一流。
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