テイラー・スウィフトやアリアナ・グランデ、ケイティ・ペリー、ロードなどの名前を挙げるまでもなく、2010年代は女性ポップ・アイコンの時代だ。そして、その大波に乗ろうと、近年は各レーベルが多数の新人女性アーティストをデビューさせている。そんな中、「ネクスト・アデル」との期待を背に〈XL〉からデビューを果たしたのが、イギリス出身、若干19歳のプロデューサー/シンガー・ソングライターであるラプスリー。――なのだが、彼女につけられたキャッチコピーは、その特異な魅力を正確に捉えているとは言い難い。
なぜなら、彼女の出自はもっとアンダーグラウンドのシーンにある。それを確かめるには、デビュー・アルバム『ロング・ウェイ・ホーム』のリード・トラック、“ハート・ミー”を聴いてみるだけでいい。これはまさに女性ポップ・アイコンの時代にふさわしいウェルメイドなポップ・ソングであると同時に、そのプロダクションからは過去10年のUKクラブ・カルチャーの息吹が確かに感じられるはずだ。
音の余白を最大限に活かしたアレンジ、極度に変調させたコーラス、そして冷たい夜の空気が吹きすさぶようなアトモスフィア――そう、ここから感じ取れるのは、ポスト・ダブステップ以降、より正確に言えばジェイムス・ブレイクやThe xx以降のサウンドからの反響。そして、それを、アデルのリスナーの耳にも届くようなポップかつドラマティックなソングライティングと絶妙なバランスでブレンド出来るのが、ラプスリーというアーティストの個性であり、最大の強みでもある。つまり彼女は、アンダーグラウンドのクラブ・カルチャーとメインストリームのポップ・カルチャーという両極の溝を埋める希有な存在なのだ。
そこで〈サイン・マガジン〉では、2つのテーマを立ててラプスリーにインタヴューをおこなった。まず1つ目のテーマは、彼女が2016年のシーンや状況をどう見ているか? を訊くことで、ネクスト・ジェイムス・ブレイクであり、ネクスト・アデルでもあるラプスリーの特異なスタンスを一層浮き彫りにすること。それが、このパート1のシーン滅多斬り編だ。そして2つ目のテーマは、様々なアーティストたちやシーンの状況と彼女自身との距離感を訊いていくことで、ラプスリーというアーティストの音楽的アイデンティティを明確にすること。こちらは言わば作家編である。
彼女の歯に衣を着せぬ、言いたい放題の物言いは、ノエル・ギャラガーも顔負け。シーン滅多斬り編にしろ、作家編にしろ、そうした尊大で大胆、自信に裏付けられた語り口から、ラプスリーという作家の実像が克明に浮かび上がるに違いない。
では早速、ラプスリーとの対話をお届けしよう。まずはシーン滅多斬り編からどうぞ。
●ここ10年ほどイギリスのクラブ・シーンは非常に活気付いているように見えます。ただ、14歳の頃から熱心にクラブ通いをしていたあなたから見て、今のイギリスのクラブ・シーンはどのように映るんですか?
「今は前ほど遊びに行かないの。ああいう音楽がほとんどメインストリームになってしまって……それである意味、私にとってそれを特別にしてたものがなくなっちゃったところがあるのよね。夜中にシークレットのイヴェントに遊びに出かけてた感じとか。だって、今じゃもうみんなが出かけてるんだから」
●ディスクロージャーの『カラカル』は、UKクラブ・シーンのメインストリーム化を象徴している作品でもありますよね。ロードやウィークエンドといったゲストの豪華さにしろ、1stよりポップ・ソングを意識した曲の作り方にしろ、アメリカでの成功も確実に視野に入れている。だからこそ、以前からのファンの間では賛否両論ある作品でしたが、あなたとしては賛否、どちらでしたか?
「私、ディスクロージャーのマネージャーとは知り合いだし、彼らとも何度か会ったことがあるの。で、実際、ものすごくビッグになったし、新作も売れたけど、私は初期の頃からのファンの一人だし、1stは本当に素晴らしいレコードだった。彼らの1stアルバムを聴いた時は、ほんとに……15歳の時に〈リーズ・フェスティヴァル〉でディスクロージャーを観たのを覚えてるんだけど、プロダクションにもスキルにもぶっ飛ばされたのよ。だから、やっぱり新作にはがっかり、かな」
●あのアルバムが昔からのファンをがっかりさせた理由って、ディスクロージャーがもうUKクラブ・シーンから離れてしまったように感じられたからだと思うんですよね。今やディスクロージャーの主戦場は大型フェスとかアワードの授賞式とかで、自分たちのアーティストではなくなってしまった、っていう。
「でも、それって大勢のアーティストに起きることよね?」
●そうそう。
「実際、アーティスト自身が変わるのか、それともトップからのプレッシャーがあるのか、よくわからない。レコード会社が強要するのかもしれないでしょ? もっと儲けなきゃダメだ、って」
●ええ。いずれにせよ、1stであれだけの成功を収めた彼らにとっては必然的な変化だったと思います。じゃあ、クラブ・ミュージックでも、〈PCミュージック〉みたいにインターネット・カルチャーと密接に結びついているような音楽には、どの程度興味がありますか?
「彼らが最初に始めた頃に見に行ってたの。だからごく初期から追いかけてたんだけど……実際に会ってみたら、すごく辛辣な感じの人が多くて。ロンドンのアートスクールっぽいっていうか、意地悪だったのよ。クールすぎて意地悪、みたいな感じ(笑)。最初の頃は彼らが目指してるものが好きだったんだけど、今はもうなんかそれが目的になっちゃってるっていうか、セルフ・パロディみたいになってるところがあると思う。あ、でも彼らのヴィジュアルは大好き! 未来的なヴィジュアルで、マンガやアニメとも繋がってるのよね。日本語で『カワイイ』って言うんでしょ?(笑)」
●そうですね。昨日あなたのインスタグラムを見たんですけど、あなたが原宿で試していたのも、「カワイイ」ファッションですよ(笑)。
「ああ、あれ(笑)。ロリータ・ファッションに変身、みたいなのやったの。ウィッグかぶって、おかしかった」
●(笑)。ちなみにUKのバンド・ミュージックには興味はあるんですか? クラブ・シーンとは対照的に、最近はあまり元気がないですけど。
「ほんとそう。おかしいのは、私って96年生まれだから、オアシスとかそういうのには遅すぎたの。でも私が子どもの頃ってアークティック・モンキーズやフォールズが出てきたばっかりで、あとキングス・オブ・レオン……彼らはアメリカ人だから、違うか。でも私、キングス・オブ・レオン大好きだったの(笑)。ジェイミー・Tもすごくクールだった」
●昔からクラブ・ミュージックにどっぷりというより、最初はむしろインディ・キッズだったんですね。
「子どもの頃はそういうバンドのほうがずっと好きだったのよね。今はもうみんなお金儲けのほうに行っちゃってるけど、当時は彼らも10代とか20代になったばっかりで、本当に生々しくて。今でもあの頃のアルバム聴くと、エモーショナルな思い出が浮かんできたりするし。ものすごいギグに行ったこととか(笑)」
●僕も当時のバンドは大好きで、思い入れも強いです。でも、ここ数年は、UKのギター・ミュージックといったらジェームズ・ベイみたいなのだったりするでしょう?
「ほんと、UKの唯一の輸出品がジェームズ・ベイだなんて、恥よね(笑)」
●ハハハッ!(笑)
「やっぱり生々しさって、若さから生まれるものだと思う。あの生々しさがあるのは常に新しいバンドだって気がするし。でも一般的に、バンドが20代後半に差し掛かるとそこがすぐに変わっちゃうっていうか。わかんないけど、年を取るにつれプライオリティが変わるのかもね。私だって将来は自分の子どもの教育費が必要になるかもしれないし……」
●ええ。
「だから、アーティストが歳を取るにつれソリッドなキャリアを求める、っていうのには関係性があるのかもしれない。生々しさを引き換えにしてでも。でも別の視点から言うと、生々しさって売れるでしょう? そのほうがレコードは売れる。そこに矛盾があるんじゃないかな」
●確かに。ただ今って、バンドよりR&B/ヒップホップのアーティストや女性ポップ・アイコンの方が影響力を持っている時代でもありますよね?
「R&Bは大好き。作曲スタイルも好きだし、DJマスタードがものすごくいろんな人たちと一緒にやってることとか」
●ツイッターでやっていたファンとのQ&Aセッションでも、「カニエorケンドリック?」と訊かれて、「カニエ」って答えてたのを見ましたよ。
「でも二人とも大好きなの! もし去年訊かれてたら、ケンドリックのアルバムを聴きこんでたから、『ケンドリック』って答えてたはず。でも今は『ザ・ライフ・オブ・パブロ』を聴いてるから、『カニエ』って答えるし。ほんと、その時にどのアルバムを聴いてるかってこと。だけど……全体的には、やっぱりカニエかな」
●カニエはどんなところに一番惹かれるんですか?
「去年、ロンドンのスタジオで作業してたんだけど、二つスタジオがあって、隣のスタジオでカニエがやってたのよ。で、気が付いたんだけど、ソングライターやプロデューサーが大勢出入りする中で、彼ってオーケストラの指揮者みたいなの。いろんなパートを彼が選んで、まとめ上げていってて。本当に知的なプロダクションだと思った。『ザ・ライフ・オブ・パブロ』はあんまり売れてないとか言われてるけど、私にとってはセールスはどうでもいい。素晴らしいアルバムだと思うの。彼が選んだサンプリングが好きだし……カニエって革新的だと思う。音楽の方向性を常に変えてる人よね」
●僕もそう思います。ただ、カニエは『ザ・ライフ・オブ・パブロ』の発表直後に、実は莫大な借金を抱えているとか鬱ツイートをして、いきなりツイッター上でマーク・ザッカーバーグにお金の工面をお願いしたり(笑)、ユーモアを交えているとしても、その性格は確実に好き嫌いがわかれるじゃないですか? そこについては?
「勿論、彼のパーソナリティには好き嫌いがあるだろうし、時には嫌な奴だったりもする。でもミュージシャンとして、私はパーソナリティじゃなく、その人が作る音楽にフォーカスしてるの。セレブリティ・カルチャーには興味がないし。でも彼がファッション中毒だってところも好き。まあ、もうツイッターではいい加減黙ってほしいとは思うけど(笑)」
●じゃあ、ケンドリックの好きなところは?
「ケンドリックはずっと前から追いかけてるの。たぶん私が14歳の頃から。だから、だんだん彼がビッグになって、でもブレイクはしてないって頃からずっと好きで。やっぱり彼は自分で曲を書いてて、それがすごく正直なところかな。アメリカの状況、人種差別について語ってても、彼にとってリアルなこととして語ってる。勿論、女性のことやドラッグについても話してるんだけど……みんなそうだし、ああいうロックスター、ポップスターの周りには当然ドラッグも女性も溢れてるんだろうし。でも、そう、ケンドリックはすごく知的で、すごく正直だと思う。あとやっぱり、ユーモアのセンスがいいと思うな」
●カニエなりケンドリックなり、ヒップホップやR&Bのアーティストは完全分業体制で音楽を作っている。ソングライティングやプロダクションも自分でやるあなたとは対照的だと言えますが、ああいう音楽の作り方についての意見を教えて下さい。
「すごくいいと思う。それってコラボレーションだし、何の問題も感じない。まあ正直、ドレイクにゴーストライターがいるとか聞くと、ちょっとムカついたりするけど(笑)。そういうのはがっかりしちゃう」
●まあ、そういった批判に対して、ドレイクがディス・トラックで応戦しているところまで含めてエンターテイメントという感じで、上手いし、面白いですけどね。
「でもずっと、たとえシンガーと曲を書く人が別でも、R&Bのクオリティ、あの音楽の歴史には興味があるの。ジャズもブルーズも、いろんなものがR&Bの中にはあるから。たぶん私が好きじゃないのは、ポップの世界なんだろうな。うまく言えないけど、ポップは誠実だと思えない。R&Bにはまだ誠実さ、正直な感覚があると思う」
●ただ、さっきも言ったように、最近は女性ポップ・アイコンがすごく影響力を持ってるのも事実ですよね。『ニールセン』の調査では、18歳以上のアメリカ人の間ではカニエよりもテイラー・スウィフトのほうが圧倒的に影響力があるという結果が出ていたり……。
「まず言いたいのは、私は絶対、カニエ・ウェストのほうが好き。私はテイラー・スウィフトが好きじゃないし、彼女の音楽が好きじゃない。直接会ったらきっと見下されるだろうな、って気がするから(笑)」
「モデル軍団みたいなの引き連れて……彼女のルーツはいいと思うのよ。カントリーがルーツで、自分のことを曲に書いてて、子どものロールモデルとしては別に問題ないんだけど……」
●逆に、あなたが一番共感出来る女性ポップ・アイコンというと?
「私が好きな人って言えば、たぶんリアーナかな。彼女って何もクソ気にしてない気がするから(笑)。好きなことをやってるし、リアーナならなんでも出来る。彼女のファッションが大好きだし。私から見るとなんだってオッケーな人ね(笑)。ほんと、クールだと思う」
●彼女の新しいアルバムはどう思いました? あれってタイトル通り、これまでのリアーナ自身に対するアンチでもあるし、音楽業界や社会的な問題へのコメントもはらんだアルバムだと思うんですけど。
「それはわかる。確実に、何かへの反動よね。彼女のベスト・レコードではないけど、絶対にステートメントではあるし。方向性が好きだし、自由っていうコンセプトが好き。より自由があるのよね。あんまりよくない曲もあるけど、リアーナがこれまでやってきた音楽とも違うし、他の人たちがやってる音楽とも違う。それってすごくクールだと思う」
●テイラーやリアーナとはまた違うけど、グライムスもひとつのポップ・アイコン像を提示していますよね。それに、彼女はアイコンでありつつ、プロデューサーでもある。その点ではあなたと近いものがあると思います。
「グライムスはすごくクールだと思う。自分に子どもがいたら、彼女のファンになってほしい、と思うような人。わかる? 女性のロールモデルとしていい存在だし……個人的には彼女の新作より昔のレコードのほうが好きなんだけど、それが人としての存在を損ねるわけじゃないし。ただ、私には新しいスタイルはちょっとポップすぎるのよね。いいアルバムだとは思うんだけど」
●ツイッターのQ&Aセッションでも、グライムスの新作で好きな曲を訊かれて、“リアリティ”のデモ、って答えてましたよね(笑)。
「そう、アルバムのヴァージョンが好きになれなくて。デモのほうがいいと思う。特に“リアリティ”のヴィデオのヴァージョン」
「あのヴィデオ、日本とかオーストラリアをツアーした時に撮ったんでしょ? デモはすごくクールなのに。なんか新しいヴァージョン聴いて、ちょっとイラっとしちゃったの。『よかったのに!』って(笑)」
●グライムスもまさにそうだと思いますが、あなたの音楽はメインストリームとアンダーグラウンドの架け橋となるようなものです。そういう存在は最近少なくなってきていますが、自分と同じようなスタンスのアーティストって他にも思い浮かびますか?
「実際、グライムスが以前はいい例だったんだと思う。勿論、彼女は彼女の好きなようにやっていいんだけど、私にとっては“ジェネシス”や“オブリビオン”こそ、まさにクロスオーヴァーな曲だったから。ジェイムス・ブレイクもそういうアーティストのいい例だと思うな。あとはカニエね」
●ほんとにカニエ、好きですね。
「(笑)彼の曲にはものすごく突出して実験的なものもあるし、特に新作はそう。でも大ヒットする曲もあって、チャートに入ったりもする。だから、そう、クリエイティヴな自由を行使して、実験的な部分とメインストリームの両方に飛び込める人として、カニエは代表的な存在なんじゃないかな」
●2016年は素晴らしいアルバムがどんどんリリースされていますけど、あなたにとって今年のベスト・アルバムはカニエになりそう?
「まだ4月なのに?(笑)。うん、でもやっぱり、今のところ『ザ・ライフ・オブ・パブロ』かな。去年はカート・ヴァイルのアルバムがすごく好きだったんだけど」
【Lapsley interview pt.2】帝王カニエと
ケンドリック、ジョニ・ミッチェルしか
認めない19歳、ラプスリー言いたい放題