SIGN OF THE DAY

「ロバート・グラスパー以降」に対する
凍てついたベッドルームからの解答。
ニック・ハキムって一体、何者?
by SOICHIRO TANAKA June 19, 2014
「ロバート・グラスパー以降」に対する<br />
凍てついたベッドルームからの解答。<br />
ニック・ハキムって一体、何者?

この23歳の青年は一体、何者なのか。チェット・ベイカーとマッドリブの出会い? マーヴィン・ゲイとジョアン・ジルベルトを繋ぐミッシング・リンク? ウータン・クランの誰かとメルセデス・ソーサとの間に産み落とされた孤独な遺児? ダーティ・プロジェクターズやアヴァ・ルナといったブルックリン系インディ・バンドを従えたビクトル・ハラ? ジェフ・バックリー、ボン・イヴェールの系譜に連なる新世代オルタナティヴ・シンガーソングライター? モダン・ソウル界に降り立った75年のジョージ・ハリスン? どんな解釈も可能だろう。だが、取りあえず今はまだ、その大半が謎のヴェールに包まれたまま、この至高のトラックが醸し出す恍惚とした輝きの中に浸っていたい。そんな風に思わせる音に出会った。

およそ半世紀ぶりにジャズがポップ・ミュージックの最前線に躍り出るだろう予感。2012年のロバート・グラスパーのマスターピース『ブラック・レディオ』以降の、ジャズとソウル、ヒップホップのクロスオーヴァー現象が、欧米のメインストリームからここ日本のインディ・シーンに至るまで――ポップ・ミュージック全般に対して、さまざまなエコーを巻き起こしているのは、もはや誰もが認めるところだろう。本稿の主人公ニック・ハキムは、至極乱暴に言うなら、そうしたジャズとソウル、ヒップホップのクロスオーヴァー現象に対するベッドルームからの解答。チリ人とペルー人を両親に持つワシントンD.C出身の23歳。現在はブルックリン在住。シンガーソングライターにして、マルチ・インストゥルメンタリスト。東海岸の凍てつくような冬のベッドルームに差し込む、穏やかな朝日の陽光を思わせるサウンドと声を持ったソウル・シンガーだ。

まずは彼の名前を世間に知らしめた1曲――“プア・アナザー”を聴いてもらおう。ソウルフルな声、ジャジーな響きのテンション・コード、ミニマルながらしっかりとシンコペートするビート、深いエコーのかかったドープなアトモスフィア。紫に煙った靄の中に浮かび上がる鍵盤やギターの響き。3分20秒から耳に飛び込んでくる激しく、だが、どこまでもあたたかいダン・エレクトロの鳴りには、誰もが思わず息を飲むに違いない。

Nick Hakim / Pour Another


「ロバート・グラスパー以降」とも、やはりポップ・シーンのデフォルトのひとつになりつつあるオーセンティック・ソウル回帰とも、インディR&Bともどこか接点を持ちつつ、だが、彼の佇まい――「ダン・エレクトロを抱えたソウル・シンガー」というニック・ハキムの佇まいはそうしたすべてから食み出ている。また、特徴的なギターのタッチやコード・プログレッションには、彼の出自でもあるだろう南米音楽――ボサノバやトロピカリズモ、アルゼンチン・フォルクローレからの影響が聴き取れる。つまり、ニック・ハキムはすべての潮流と共振しながら、少しだけ離れた場所でたったひとりで屹立しているのだ。

おそらく彼の評価を決定付けるだろう傑作が、まだほんの一週間ほど前に公開されたばかりのこの曲――“コールド”だ。イントロのスネアと同時に鳴らされるコード一発だけで、この曲が何かしら特別な1曲だと瞬時にしてわかるに違いない。眩暈がするような美しさ。現時点における2014年のベスト・トラックと断言してもいい。少しだけ意識を集中して、出来ることならひとりきりで聴いて欲しい。

Nick Hakim / Cold


ブルックリン発、凍てつくような孤独な場所からの福音としてのベッドルーム・ソウル――もしあなたがこの2曲に少しも何も感じないと言うなら、これ以上、言うべきことは何もない。

Nick Hakim / Cold (Flimed & Recorded In Brooklyn)


ニック・ハキムのデビューEP『Where Will We Go Pt. 1』は7月14日にリリースされるとアナウンスされている。


Nick Hakim

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