プライマル・スクリーム、もうひとつの顔。
「シングル」という失われつつある文化に
こだわり続けた、その究極の20曲。前編
ボビーの歌声を深いリヴァーブで揺らした、この甘美なダブ・チューンからは、どことなくトリップホップとの同時代性が見出せる。いや、むしろそのオリジネイターとされるマッシヴ・アタックにおいては、完全にプライマルを先駆けていたと言っていい。なにせ彼らはイギリス全土が「セカンド・サマー・オブ・ラヴ」の狂騒に湧き立っていた91年から、ひたすらメランコリックな音を鳴らすことに興じていたのだから。あるいはポーティスヘッドの仄暗いダウンテンポにヒントを見出したレディオヘッドが、この年に『OKコンピューター』をリリースしていることも、ブリストル・サウンドの影響力を物語っているだろう。同時に、ケミカル・ブラザーズのリミックス・ヴァージョンも収録したこの曲の12インチ・シングルは、次作『エクスターミネーター』の方向性をほのかに匂わせていた。
『エクスターミネーター』の先行トラックとして発表された“スワスティカ・アイズ”は、プライマル・スクリームがここにきてハードなエレクトロニック・サウンドに向かったことを端的に伝える、狂騒のダンス・トラックだ。そして彼らにこの変貌をもたらしたのが、スピード(覚醒剤)の存在だった。つまり、中枢神経を極端に尖らせることで人格を攻撃的にさせるスピードの効果が、この躁的なまでにアップリフティングなビートを生んだのだ。さらに、この曲は当時の英米政権に対する猛烈なプロテストを打ち出したレベル・ソングでもあり、その社会的な視点は奇しくも同時期にリリースされたレディオヘッド『キッドA』とシンクロすることにもなった。
この過激なタイトルはデニス・ホッパーの映画『アウト・オブ・ブルー』からの引用であり、実際にこの曲では同映画のサンプリング音声も使用されている。ボビーはのちに「ヒッピー・ムーヴメントにそこまで否定的なわけではない」というコメントを残しているが、そのうえでこの曲がなにをテーマとしているかは、ミュージック・ヴィデオを見ていただければ一目瞭然だろう。ビキビキとしたシークエンスと冷たいドラム・ループに乗せて、ボビーは甲高い声でなんどもこう繰り返す。「You got the money, I got the soul」。反ミリタリズムを打ち出したアルバム『エクスターミネーター』における、ボビーたちの所信表明ともいうべき痛烈な一曲。
その音楽性と思想において、プライマルに影響を与えたバンドは数え切れないほど存在するが、なかでも人種対立の緊張が高まる60年代のデトロイトに現れたバンド=MC5はかなり重要なロール・モデルだ。そしてこの“アクセラレーター”は、まさにMC5直系の爆音ガレージ・ロック。ケヴィン・シールズのプロデュースによるファズ・サウンドの破壊力は、この後に続々と現れるロックンロール・リヴァイヴァル勢をかるく凌駕してしまっている。ちなみに次作『イーヴル・ヒート』にも、ケヴィンの手がけたB級ガレージ・ロックンロールはいくつか収録されているのだが、どれもこの“アクセラレーター”のインパクトには及ばない。
2002年のアルバム『イーヴル・ヒート』は、本来であれば『エクスターミネーター』よりもはるかに痛烈な反米姿勢を打ち出した作品となるはずだった。しかし、9.11のアメリカ同時多発テロ事件を受けて、ボビーたちは“ボム・ザ・ペンタゴン”という曲名を“ライズ”に変更するなど、いくつかの見直しを余儀なくされる。それゆえにアルバム全体の攻撃性が薄まったことは否めないが、一方で『イーヴル・ヒート』はこのバンドの音楽的ルーツを非常に幅広く捉えることにもなった。なかでもユニークな試みだったのが、ケイト・モスとのデュエットによる、リー・ヘイゼルウッド&ナンシー・シナトラ“サム・ヴェルヴェッド・モーニング”のカヴァーだ。ロックンロールとは別の文脈から生まれた60年代のゴージャスなポップ・ソングを、プライマルはエレクトロニクスを用いて妖艶にアレンジ。そのカヴァーに手応えを感じたのか、チープな電子ビートを強調した別ヴァージョンも制作され、トゥー・ローン・スウォーズメンのダブ・ミックスも加えたシングルとしてリリース。ベスト・アルバム『ダーティ・ヒッツ』にも、あらためて収録されている。
この頃のプライマルは、すっかりシラフ状態。それだけでなく、ボビーの発言からは社会批判的なトーンが明らかに薄まっていた。実際、この“カントリー・ガール”のマンドリンを取り入れたアイリッシュ・トラッドな演奏は、これまでのプライマルからは想像出来なかったほどに牧歌的で、リリックもどこか自嘲的。それでいてこの曲は、ロックンロール再興で勢いづく2006年当時の英国シーンにおいて、若手には持ち得ない音楽的バックグラウンドの豊かさも見せつけていた。伝統的な英国フォークを再解釈したテムズ・ビート周辺をはじめとして、気鋭のインディ・バンド勢がビートルズ以前の大衆音楽にヒントを見出していくなかで、プライマルが『ライオット・シティ・ブルース』の先行シングルとして放ったこの曲は、チャート・アクション的にもかなりの好成績を収めている。
2008年、英国シーンはエクスペリメンタルなバンドが次々に登場したムーヴメント=ニュー・エキセントリックに湧き立っていた。しかし、その活況ぶりも翌年にはあっけなく終息し、さらにはオアシスが実質上の解散。そこから始まるシーンの低迷期を予見していたのか、この頃のボビーたちはあきらかに冷めていた。彼らのそんな気分を象徴していたのが、この“アップタウン”。ディスコティックなビートの洗練具合もさることながら、消費社会をテーマとしたこの曲の歌詞は、ボビー・ギレスピーならではのサーカスティックなユーモアと批評性を久々に感じさせるものだった。生演奏とエレクトロニカを掛け合わせたプロダクションは“スワスティカ・アイズ”あたりとも近いが、一方であの頃のような鋭い攻撃性はなく、ビヨーン・イットリングが手がけたサウンドの耳触りは、全編を通して非常に柔らかだ。
通算10作目のアルバム『モア・ライト』の先行トラックとして発表されたこの曲は、収録時間にしておよそ9分。しかもそれが、たとえば“カム・トゥゲザー”のようなヴァースを引き延ばしたものでもなければ、“スワスティカ・アイズ”のようにマッシヴなビートで突っ切るわけでもなく、構成とギター・アンサンブルを練り上げた壮大な「ソング」であるというところに、2010年代に突入したプライマル・スクリームの新たな挑戦が見出せるだろう。そして何よりも特筆すべきは、2013年当時の英国を取り巻く状況への怒りが込められたリリック。あの“ボム・ザ・ペンタゴン”の一件以降、直接的な社会批判は避けられてきたが、この曲はその語気が再び強まるひとつの契機となった。
恐らくほとんどの方が、この曲を聴いてすぐに“ムーヴィン・オン・アップ”を連想したはず。実際のところ、ストーンズ風の陽気なロックンロールにゴスペル隊のコーラスを掛け合わせたこの曲は、あの“ムーヴィン・オン・アップ”とまったく同じアイデアによるものだし、とりたててそこに新しい要素が加えられているわけでもないのだが、言うまでもなく、この曲が生まれた背景はおよそ20年前の当時とまったく異なるものだ。あらゆる問題が解決せぬまま山積し、あきらかに行き詰まっているこの2010年代に、あえてここで「イッツ・オールライト、イッツOK」と叫んだボビー。この曲には、かつての希望に満ちたフィーリングをこの時代に再現し、もういちど人々の結束を促そうとする気概が込められている。
リスナーとしての嗅覚もさることながら、その時々の魅力的な女性シンガーを見定め、みずからの作品へと招き入れる手腕にかけては、ボビー・ギレスピーの右に出る者は誰もいない。そんなボビーが最新シングル“ウェア・ザ・ライト・ゲッツ・イン”の共演者として指名したのが、スカイ・フェレイラ。彼女と共に、プライマルはここでけばけばしいほどにカラフルなシンセ・ポップを展開させている。ちなみにこの曲を通常のライヴで披露する際は、2012年からバンドに加入した女性ベーシストのシモーヌ・バトラーが、スカイに代わってヴォーカル役を務めているようだ。それだけでなく、この曲が収録された最新アルバム『カオスモシス』には、ハイムの3姉妹や、キャッツ・アイズのレイチェル・ゼフィラらもゲストで参加。とにかく現在のプライマルは女性アーティストを積極的にフィーチャーしているのだ。これからの主役は彼女たちだ――ボビーたちからのそんなサインが端的に示された、プライマル・スクリーム最新のデュエット・ソング。
移り気なカメレオンなんかじゃない!
常に時代に対する鋭利な批評たりえた
プライマル・スクリーム全歴史。前編