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MANIC Halsey (Universal) by TATSUMI JUNK
YUYA WATANABE
February 27, 2020
MANIC

ファンダム出身者が贈る、バラバラな「好きなもの」の集合体

いま絶好調なポップ・スターのホールジーが、最初はアイドル・ファンとして有名になったことはご存知だろうか。2013年ごろ、Tumblrで自作の詩やアートワークを投稿していた彼女は、大ファンだったワン・ダイレクションのハリー・スタイルズがテイラー・スウィフトと交際したショックを歌うジョーク・ソング“The Haylor Song”によってウェブ・メディアから注目を集めたのだ。同時期にリリースされた“SOS”ふくめ、これらはなかなか面白いオタク・ソングになっている。「私のダッシュボード(フォロイー)はみんな彼女が嫌いだよ」「私ならもっと彼のことを愛せる」なんて歌詞は、世界中のアイドル・ファンダムで叫ばれつづけている想いではなかろうか。ただし、この時点で、ホールジーの才能は開花していた。たとえばこのライン。

「うちらのファンダムは受け入れない/彼女は彼を“元カレの山”に放り投げようとしてる/オー、オー、オー、トラブル、トラブル」

そう、この曲、テイラーのヒット曲“アイ・ニュー・ユー・ワー・トラブル”のコーラスをリファレンスしているのだ! 当時、学校を辞めてSNSに浸っていたホールジーは、母親から「あなたの現実の人生は終わってる。友達もいないし……インターネットのファンタジーの世界に住んでる」と言われたこともあった。娘からすれば「ブランド構築の最中」であったが、当然理解されなかったので、実家を出てニューヨークを放浪することとなる。TumblrやTwitterのフォロワーに支えられるかたちで“ゴースト”がヴァイラルになって以降の活躍は知ってのとおり。かつてホールジーの人生を心配した母親は、それから10年も経たないうちに愛娘が2019年もっともヒットしたポップ・レコードを作りあげ、テイラー・スウィフトその人と仲良く共演ステージを披露するなど想像もしていなかったであろう。

そんなSNSファンダム出身者、ホールジーの「もっともTumblrっぽいアルバム」こそ、映画的な作風からパーソナルな表現にシフトした『マニック』である。Tumblrといえば、自作のものや無断転載の品ふくめて、ユーザーが好きな画像や動画、文章をシェアする文化が特色だが、このアルバムにもさまざまな引用が散らばっている。たとえば、“クレメンタイン”の前には映画『エターナル・サンシャイン』に登場するクレメンタインのセリフ、“キリング・ボーイズ”冒頭には映画『ジェニファーズ・ボディ』予告編の会話が挿入されている。大ヒット作“ウィズアウト・ミー”開始前には、ジョン・メイヤーからの留守電がそのままシェアされる。つけたすと、“フォーエヴァー…イズ・ア・ロング・タイム”で反省される「ずっと皮肉を正直さの代わりにして口汚く意地の悪いことを言っていた」過去は、毒舌キャラが受けやすいSNSでははまりがちなところなので共感できる。

ホールジーの「好きなもの」に満ちた『マニック』では、当然、サウンドの幅も広くなっている。オアシスのように始まる“3am”はチャド・スミスも参加するノスタルジックなポップ・ロックだ。カントリー調の“ユー・シュッド・ビー・サッド”のミュージック・ヴィデオではレディー・ガガがオマージュされるが、その後の“ファイナリー//ビューティフル・ストレンジャー”には自身も出演したガガ主演映画『アリー/スター誕生』挿入歌の趣がある。フランク・オーシャン・ライクと評判の閉幕曲“929”は「本当だと思って吹聴したことが嘘だった」展開のリリックで、ポップ・スターにありがちな「本当の自分」開示アルバムとしては皮肉が効いているし、なんだか現実的なやりとりだ。

「デジタルがいい フィジカル(現実)じゃどうせ独りになるから」。そう歌うホールジーは、SNSに没頭しながら放浪した過去をこのように振り返っている。「ミック・ジャガーや『エターナル・サンシャイン』のクレメンタイン、ウィノナ・ライダーみたいな、好きなもの……私の不安に語りかけてくれた人たちが合体した存在になりたかった」。ジャガーもクレメンタインも登場する『マニック』はまさにそんなアルバムと言えるわけだが、一方で面白いことは、ここまでアーティストの「好きなもの」が行ったり来たりする構成にもかかわらず16曲中ずっと個性が一貫していることだ。もちろん、これが成立した理由は彼女のシンガー・ソングライターとしての才能にほかならない。その一方で、こうも感じさせる魅力がある。たとえばTumlbrのダッシュボードのように、不規則に憧れのものや熱狂、鬱憤が並ぶからこそ、自然と浮かび上がるその人の個性。『マニック』は、そんなオンライン・ファンダム時代のクリエイティビティがメインストリームに輝いたアルバムなのだと。

文:辰巳JUNK

メンタル・イルネスを力に変えた“マニック”な勝負作

本作のタイトル『マニック』は、日本語でいうと「躁状態」を意味する言葉だ。これは双極性障害を公にしているホールジー自身の精神状態を指したものとみて、まず間違いないだろう。メンタル・イルネスを題材にした作品はいまや珍しくないが、その多くが「鬱」という側面にフォーカスしていたことを思うと、これは非常に興味深いテーマだ。そこでまずは双極性障害、ひいては「マニック」という状態をもう少し理解するところから、本稿を始めてみたいと思う。

双極性障害は、かつて躁鬱病とも呼ばれていたとおり、躁と鬱と寛解期が循環する精神障害だ。その症状は千差万別だが、いわゆる「躁」とは気分が極端に高ぶった状態のこと。本人の自覚としてはエネルギーに満ち溢れている一方、尊大な態度をとったり、注意散漫になる場合もあり、周囲からすれば人が変わったような言動に走ってしまうことから、その程度によっては対人関係に支障をきたすことも少なくないという。

躁と鬱は回復可能だが、専門家でも診断が非常に難しいところが問題だ。軽躁の場合は単極性の鬱病と混合されることもしばしばあるし、何よりも躁は当人がそれを病として認識しづらく、家族や知人も気づけなかったり、指摘しづらいというのがある。まずはそれを本人が受け入れること。それが双極性障害と付き合っていくうえでの第一歩であり、大きな関門なのだ。

ホールジーが双極性障害と診断されたのは、17歳の時。そのショックで自殺を図ったという話からも、彼女にとって診断がいかに受け入れがたいものだったのかがうかがえるだろう(当時はヘロイン中毒だったことものちにホールジーは明かしている)。同時に、彼女はその頃から楽曲制作をスタートさせている。クリエイティヴになること、そこから生まれた作品をリスナー/オーディエンスと共有することは、障害を自覚した彼女の大きな救いとなった。

1stアルバム『バッドランズ』には、メンタル・イルネスを題材とした楽曲がすでにいくつか収められている。なかでも直接的なのが“コントロール”という曲で、彼女はここで双極性障害を擬人化し、それを「モンスター」「私の頭のなかに住むヴィラン」と呼んでいる。昨年の〈ローリング・ストーン〉誌のカヴァー・ストーリーで「目覚めたときにその日の自分がどのヴァージョンなのか、すぐにはわからない」と述べていたことからも、そのコントロールの難しさがうかがえるだろう。

そんなホールジーが発信してきた音楽は、しばしばダーク・ポップと形容されたり、MVの演出も伴って「怒り」や「シネマティック」というイメージが付随するようになった。実際、そうした印象は決して的外れではないし、当のホールジー自身もその反響を受け入れてきたところはあるだろう。一方で彼女のセルフ・コントロールできない感情がそれだけに集約できるはずもなく、より素直に自分自身をさらけ出す必要がホールジーにはあった。そこで生まれたのが本作『マニック』なのだ。

オープニング・トラックは、ベニー・ブランコとカシミア・キャットらが手がけたエレクトニック・バラッド“アシュリー”。ホールジーの本名を冠した同曲は、このアルバムがこれまで以上に等身大の作品であることをさっそく示している。アウトロで聞こえてくる声は、2004年の映画『エターナル・サンシャイン』のケイト・ウィンスレットのセリフをサンプリングしたもの。「私はめちゃくちゃな女の子で、ただ心の安らぎを求めているの」。ケイト演じるクレメンタイン・クルシェンスキーは静かにそう語る。

2曲目は“クレメンタイン”。いうまでもなく、これは前述したケイト演じるキャラクターを指したものであり、同時に本作のカラーを端的に表しているのがこの曲だ。ホールジーはコーラス・パートで何度もこう繰り返す。「誰もいらない/みんなが必要なんだ」。この矛盾を孕んだようなリリック、そしてウィスパー・ヴォイスとヒステリックな叫びが重なる録音は、感情的なヴァージョンが異なるふたりのホールジーがせめぎあっているようだ。

サウンド面においても、『マニック』は一筋縄ではいかない。従来のエレクトロニックな路線でいくかと思えば、唐突にそれがエレキ・ギター主体のエモへと移り、さらにはカントリーやダンスホールへと切り替わっていく様は、ともすれば支離滅裂とも受け取れるだろう。しかし、この極端な振れ幅こそ彼女のリアルなのだ。

双極性障害であることを明かしたアーティストは、何もホールジーだけではない。そこでまず思い出されるのが、カニエ・ウェスト『Ye』だ。このアルバムの収録曲“Yikes”で、カニエは自分が双極性障害であることを語りながら、「これは障害じゃなくてスーパーパワーなんだ」と言ってのけたが、まさにこれは『マニック』という作品にも当てはまると思う。自分のなかに巣食うモンスターと向き合い、それを自身のエネルギーとすることによって生まれた渾身の一作。それが『マニック』だ。

文:渡辺裕也

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