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CARE How To Dress Well (Hostess) by KOHEI YAGI
ATSUTAKE KANEKO
October 27, 2016
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CARE

エレクトリック・ギターの「発見」が導く
インディR&B史上最高峰のエモーション

インディR&Bを巡る潮流は、ここ数年の音楽シーンにインディ/メジャーを問わず様々な形でユニークな成果をもたらしている。フランク・オーシャンは突如、ヴィジュアル・アルバムである『エンドレス』と、タイラー・ザ・クリエイター、ビヨンセ、ファレル・ウィリアムス、カニエ・ウェストといった豪華な顔ぶれをフィーチャーした純然たる新作『ブロンド』の2枚を立て続けにリリースすることで2016年のアイコンとなり、メジャー・デビューを果たしたウィークエンドはマイケル・ジャクソンを憑依しながら、あのダフト・パンクとコラボレーションをすることで最先端のポップ・スターの座を欲しいままにしている。インディR&Bの貴公子として扱われていたインク.ノー・ワールド(かつてのインク.)は新作『アズ・ライト・アズ・ライト』でネオアコ~ギター・ポップとインディR&Bの融合に取り組んでいると思わしきサウンドを創り出し、この界隈でも屈指のエクスペリメンタルなサウンドを追及し続けるオート・ヌ・ヴは電子音響の鬼才フェネスとコラボレーションした。また、この潮流はUSに限ったものではなく、FKAツイッグスやケレラといった、最先端のベース・ミュージックを土台に新たなポップ・ミュージックを模索する新時代の歌姫たちの存在が示すように、UKの音楽シーンに置いても独特の立ち位置を確保している。幾分、恣意的に思えるピックアップかもしれないが、インディR&Bが現在の音楽シーンでどのように展開/拡散しているか、そのバリエーションの広さをうかがえるだろう。新作『ケア』をリリースしたハウ・トゥ・ドレス・ウェルもインディR&Bに出自がある音楽家だ。

2016年で最もエモーショナルなレコードの一枚となるであろう『ケア』について書く前に、少し時間を巻き戻す必要がある。ハウ・トゥ・ドレス・ウェル=トム・クレルの音楽性の変遷を辿ることで、この途方もない美しさを放つ新作をより深く理解することができるはずだからだ。

彼のデビュー作『ラヴ・リメインズ』は、バラム・アカブ、oOoOO、クラムス・カジノ、ホーリー・アザーを擁するレーベル〈トライアングル〉からのリリースだったということは重要だ。ポスト・チルウェイヴのダークサイドといってもいいウィッチ・ハウスを拡張させたこのレーベルが掲げたサウンドは、上記のアクトたちに代表されるようなアンビエント/ドローンの要素が強いもので、漆黒のリヴァーブがそのサウンド・カラーを定義しており、トラックの上を浮遊する亡霊的なヴォーカリゼーションはポスト・ダブステップにおけるそれと呼応する部分もあった。『ラヴ・リメインズ』のポイントは、上記のレーベル・カラーに忠実なサウンド・デザインでありつつ、彼がこの頃からすでにR&B的な歌唱をしているという点だろう。激しい音割れや、薄くレイヤリングされる霧のようなシンセに覆われがちではあるが、そのシルキーなヴォーカルには彼のR&Bへのリスペクトが宿っていた。

そんな彼のR&Bへの憧憬は、次作『トータル・ロス』でよりストレートな形で爆発することになる。前作よりもサウンドがはるかにクリアになり、楽曲のバリエーションが広がった本作で、なによりも驚くべきは“アンド・イト・ワズ・ユー”の存在だ。小気味よいフィンガー・スナップによってトム・クレルのシャープな歌声が導かれ、ミニマルなリズム/ビートと共に、これまで身に纏っていたダークなアンビエンスを突き破るように響き渡る。この曲のマイケル・ジャクソンを連想してもおかしくない朗らかなヴァイブスと、ミニマリズムを巧みに操った楽曲構成をモノにできたという事実は、彼のその後の方向性を決定づけているようにさえ思えてくる。このことから類推するに、『ラヴ・リメインズ』から『トータル・ロス』にかけてのトム・クレルの進化の核心は、リヴァーブやシンセを多用したべったりとしたトラックメイキングではない、起伏に富んだサウンド・デザインを習得したこといえるかもしれない。

さらにトム・クレルは作曲家としての才能を磨き、次作『ホワット・イズ・ディス・ハート?』で更なる次元に達する。共同プロデューサーに、前作でも共に仕事をしたロデイド・マクドナルド(ジェイミーxx、キング・クルール、ドーターを手がけている)を迎えた影響もあってか、かつてはノン・ビートな曲調も多かった男の楽曲とは思えないほどに練り込まれた複雑なリズム・アプローチ(前作との大きな違いはここだ)、エモーショナルなソングライティング、緻密なトラックメイキングなど、どこをとっても一級品だ。自身の作品もさることながら、オーウェン・パレットやクリスタル・キャッスルズ等のリミックスでも有名なCFCFを製作に迎えた点も興味深く、『トータル・ロス』でも見られた、外部の血を自身の楽曲に取り入れることでより作品を輝かせている。そして、この作品で最も称賛されるべきは、“ワーズ・アイ・ドント・リメンバー”や“ハウス・インサイド(フューチャー・イズ・オールダー・ザン・パスト)”といった6分を越えた長尺曲を、冗長さが無いどころか作品のピークポイントに持ってきても差し支えの無いほどのポップ・ソングとして仕上げている点だ。

駆け足で彼のキャリアを振り返った後、ようやく新作『ケア』に辿り着く。本作は、前作でもコラボしたCFCFをはじめ、ドレ・スカル(スヌープ・ライオン)、カラ・リズ・カバーデール(ティム・ヘッカー)、ジャック・アントノフ(テイラー・スウィフト、カーリー・レイジェプセン)等が楽曲の制作に加わり、アンドリュー・ドーソン(カニエ・ウェスト、ペット・ショップ・ボーイズ)がミキシングを手がけるなど、彼のキャリア史上最も豪華な作品といえるだろう。

冒頭の“キャント・ユー・テル”を聴いたリスナーは、トム・クレルのファルセット・ヴォーカルの煌めきが、もはやジャスティン・ティンバーレイクの域に達していることに気付かされるだろう。鍵盤やハンドクラップ、ギターのカッティングがアクセントになったこのポップ・ソングを聴いていると、あの『ラヴ・リメインズ』を作った男がここにたどり着いたのかと、何とも感慨深い。続く“ソルト・ソング”は本作の目玉であり、“ワーズ・アイ・ドント・リメンバー”にも負けない長尺曲だ。この曲はシンセとストリングスが薄く重ねられたレイヤーで幕が開き、トムのヴォーカルがそこに加えられ、疾走感のあるブレイクビーツが差し込まれる。この楽曲は途中で、終わりを告げるようなストリングスとヴォイスのシークエンスが訪れるのだが、その緩やかな時間は5分30秒を迎えようというところで突如はじまる、弾けるようなドラムと爆発的なエレクトリック・ギターによってかき消され、圧倒的なカタルシスが訪れる。おそらくハウ・トゥ・ドレス・ウェルがここまで大々的にエレクトリック・ギターをフィーチャーしたのは、キャリアではじめてのことではないだろうか。このカタルシスが我々に告げるのは、本作で最も重要なトピックがエレクトリック・ギターであるという点だ。それは“ロスト・ユース/ロスト・ユー”や“ザ・ルインズ”、“バーニング・アップ”、“メイド・ア・ライフタイム”“ゼイル・テイク・エヴリシング・ユー・ハヴ”、“アンタイトルド”で時に高らかに、時に囁かに響き渡るギターを聴いても明らかだ。トム・クレルは明らかにエレクトリック・ギターに魅せられている。彼はエモーショナルを爆発させる手段として、この楽器を「発見」したのだ。エレクトリック・ギターとエモーションというありきたりにも思える図式を、トム・クレルは自身のサウンドに巧みに取り入れてみせた。だが、本作の特徴はエレクトリック・ギターだけではない、これまでどこかアクセント的な扱いだった鍵盤が本作ではメイン楽器的なものとして現れているところも本作のポイントの一つだ。軽快なビートが印象的な“アイ・ワズ・テリブル”、ポスト・クラシカル的なリヴァーブが効いた深いピアノ・アプローチが美しい“メイド・ア・ライフタイム”や“アンタイトルド”等にそれが現れている。こういった、以前から様々な形で彼が試みてきた多彩な音響空間の構築が、本作では洗練されたポップ・ミュージックとして昇華されているところにも注目すべきだろう。

『ケア』はおそらく、初期からハウ・トゥ・ドレス・ウェルを聴いているファンであるほど距離感を抱いてしまう作品だろう。たしかにこの作品に漲るポップ・ミュージック然としたサウンドは、初期のそれとは大きく異なっている。しかし、彼のワークスをこのように改めてじっくりと聴きなおしてみると、一人の男が様々な人間の助けを借りながら、日の当たる道へと歩んでゆくような光景が見えてくるのではないのだろうか。インディR&Bがもたらした素晴らしい成果がまた一つここに誕生した。

文:八木晧平

Immerse your soul in love.
過去と対話し、魂を救済するソウル・ミュージック

2016年はここ日本でもインディR&B以降のアトモスフェリックな音像を纏ったアーティストが(ようやく)頭角を現し、おそらくはD.A.N.やヤイエルをチェックしている人も多いかと思うが、ここでは雨のパレードについて言及したい。同世代のライバルとしてAstronomyやOceaanの名前を挙げ、サンプリング・パッドやアナログ・シンセの生演奏によって、日本における新たなバンド像を提示する彼らは、今年“ユー”というメジャーからの1stシングルを発表している。

この曲について、中心人物の福永浩平は「辛い状況にある人を救える曲を書きたいとずっと思っていた」とコメントしているのだが、歴史に名を連ねる「人を救う曲」の多くがそうであるように、“ユー”という曲は福永自身を救う曲でもあったはず。現に“ユー”は「あの頃の僕は 霧の中の様な場所にいて」と自らの過去を回想するような歌い出しになっていて、これが直接的に自分自身に言及しているのではないとしても、「人は誰しもひとりでは 生きていけないと知ったんだ」と結論づけるこの曲は彼にとってのブルースであり、ソウル・ミュージックなのだと言えよう。

ハウ・トゥ・ドレス・ウェルことトム・クレルは2010年代前半にインディR&Bのムーヴメントをリードしたアーティストであり、福永も昨年の筆者との初取材時に影響を受けたアーティストの一人として彼の名前を挙げていたのを覚えているのだが、『ケア』というアルバムはそのタイトルが示すように、「救い」という意味で“ユー”とテーマを共有する作品であるように思う。ジャケットに自らの顔写真を大写しで掲げ、「この気持ちは一体何なんだ?」と赤裸々に「愛」について探求した前作を経て、音楽的にはよりオープンに開かれつつも、マインドとしてはもう一度自らの内面と向き合い、疲弊した魂を救う必要があった。そんなストーリーがごく自然に浮かび上がる。

その意味で本作を象徴する一曲が、セクシャルな色合いを強めたオープナー“キャント・ユー・テル”に続く“ソルト・ソング”だろう。「自分の魂をケアする方法を学びたい」という歌い出しで始まるこの曲は、前半こそシンプルなビートと口笛が軽快な印象を与えるが、トムお得意の会話形式で「あの頃の僕」と向き合う間奏から曲調が一転。静謐なストリングス・パートから、それを打ち破るかのように苛烈な生ドラムが襲いかかり、シンセのレイヤーと共に勇壮かつ荘厳なムードを編み上げていく。そこで歌われるのは「ぼくが歌うあらゆる言葉で、彼を讃え、成長を助けてあげたいんだ」「来る日も来る日も、自分のものだと呼べる心のためにうたうよ」といった胸を打つ言葉の数々。もちろん、「涙」を暗示する曲タイトルが示す通り、この裏側には深い悲しみが張り付いているわけだが、だからこそ、この曲は人の魂を救済する資格を持つ。

もう一曲、トムが「あの頃の僕」と向き合っているのが、ラストの“ゼイル・テイク・エヴリシング・ユー・ハヴ”の後ろにシークレット的に置かれた“アンタイトルド”。アルバム全体の「救い」のムードを音色面で規定しているノスタルジックなピアノに導かれるように、「『子供が、その子の悲しみを理解するのを助けてあげよう』これは僕が歌わなければと思っていた歌」と歌い始めると、途中で立ち現れるドープでノイジーな音塊のパートを挟んで、再びリヴァーブの効いたピアノの美しいフレーズに戻り、アルバムは静かに幕を閉じていく。

ここで再度、雨のパレードを引き合いに出したい。福永は“ユー”について、「本当は『生きていくんだ、それでいいんだ』って言いたいけど、今の自分にはまだ説得力がないから、今書ける言葉で歌詞を書いた」という趣旨の発言を残している。そして、トムはと言えば、前述の歌い出しに続いて、「やってみたけれど、はっきりと歌えなかった」「文章にしようとしても、何も書くことがなかった」とこちらもかつての自分に歌詞を贈ることの難しさを吐露している。

しかし、トムは最終的にこの曲のラストで、「そう、まだ手遅れじゃないよ」と歌う。アルバム4枚に渡って愛と喪失の狭間で堂々巡りを繰り返してきた神経質な一人の男が、ようやく口にすることのできたこの言葉こそが本作の成果であり、彼の魂がほんの一瞬救われた瞬間なのだ。「魂を愛に浸せ」。今年の夏にもう一人のトムが最後に口にした歌詞のリフレインが、どこからともなく聴こえてくる。R&Bというよりはソウル・ミュージック。いや、ゴスペルと呼ぶべきか。

文:金子厚武

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