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CULTURE Migos (300 Entertainment) by AKIHIRO AOYAMA
MASAAKI KOBAYASHI
March 16, 2017
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CULTURE

アトランタ・ヒップホップきってのトレンドセッターによる
今もっとも新しく刺激的なトラップ・シーンの革新と成功の証明

ミーゴスの勢いが止まらない。昨年末にリリースされたシングル“バッド・アンド・ブージー”は1月の半ばに全米1位の座を射止め、それからもエド・シーランの“シェイプ・オブ・ユー”と1位の座を毎週のように奪い合うチャート・アクションを展開。そして、“バッド・アンド・ブージー”ヒットの勢いに乗ってリリースされた、このアルバム『カルチャー』も当然のように全米1位を奪取し、いまだロング・ヒット中。チャイルディッシュ・ガンビーノ名義で音楽活動も行っている俳優ドナルド・グローヴァーは、主演ドラマ『アトランタ』の〈ゴールデン・グローブ賞〉受賞に伴うスピーチで同作にゲスト出演もしたミーゴスのことを「この世代のビートルズ」と称賛し、今年に入ってからは毎週のように彼ら関連のニュースがアメリカの音楽系メディアから発信されるなど、まさにミーゴス旋風が吹き荒れているような状態だ。

ビートルズとの比較は大袈裟だとしても、クエイヴォ、テイクオフ、オフセットの親類3人によるラップ・グループ、ミーゴスが現在のUSヒップホップ・シーンにおける屈指の先駆者であり、成功者なのは間違いない。では、彼らの何が先駆的であり、何が一連の成功を用意したのか? 一つには、アトランタ発のトラップ・シーンの隆盛による後押しがあるだろう。彼らミーゴスは、最新アルバムが二作連続で全米1位となったフューチャー、音楽面だけでなくファッション・アイコンとしても強い個性と存在感で君臨するヤング・サグらと並んで、アトランタ生え抜きのトラップ・シーンの立役者。現在では、トラップの裾野はアトランタを飛び越えて全米中に広がっており、リル・ヨッティー(シカゴ)、リル・ウージー・ヴァート(フィラデルフィア)、レイ・シュリマー(ミシシッピ)、デザイナー(NYブルックリン)、フェティ・ワップ(ニュージャージー)といった新鋭ラッパーが各地から頭角を現し、トラップを新しい形に変容/発展させながら、全米1位獲得曲を含むいくつものヒット・ソングを生み出している。それらの新世代は、程度の差はあれど、全員がミーゴスの影響下にあると言っていい。

とは言え、トラップという音楽自体は何もミーゴスが生み出したものというわけではない。そもそもドラッグ・ディールを行う場所の暗喩だった「トラップ」という言葉は、90年代からアウトキャストやグッディ・モブらの〈ダンジョン・ファミリー〉周辺や〈UGK〉らサザン・ラップの先達によって使われていた。南部ヒップホップ特有の重く引き摺るようなドラム・パターンを発展させ、2倍、3倍にリズムを刻むスネアを付加/強調したトラップという音楽スタイルが世間的に確立されたのは2010年代に入ってから。EDM系のディプロやトゥナイトらが自身の音楽に取り入れた一方で、地元アトランタでレックス・ルガー、ゼイトーヴェン、マイク・ウィル・メイドイット、メトロ・ブーミンといった気鋭のトラップ・プロデューサーが台頭し始めたことで、トラップというジャンルは一気に市民権を得るようになった。ミーゴスのこれまでの作品も、提供曲最多のゼイトーヴェンをはじめとするトラップ系プロデューサーがトラックメイキングを担当しているため、サウンド面でのイノヴェイターは、上記のプロデューサー陣だと言った方が正確だろう。

ただ、ミーゴスはトラップの隙間が多いトラックに乗せるために最適なラップのスタイルを爆発的に流行させた。それが二拍三連のフロウと呼ばれるもので、二拍の中に3つの音節で言葉を入れることで、独特のシンコペーションを生む彼らのスタイルは、2013年に発表されたシングル“ヴェルサーチ”がヒットすると、瞬く間に他のラッパー達に模倣され、最新のラップ・フロウとして広まっていった。その影響はアメリカのみならず、ここ日本のラッパーたちにも顕著に影響を与えていて、今では「ミーゴス以前」のラップが想像しづらいほどに定着している。また、現在のヒップホップ・ダンス界では「ダブ(Dab)」と呼ばれる、腕を上げ顔を隠すムーヴが流行しているが、これもミーゴスが2015年のシングル“ルック・アット・マイ・ダブ”で取り上げたアトランタ発祥のもの。二拍三連のフロウも、ダブも、本当のオリジネイターが誰なのかは諸説あるようだが、少なくともミーゴスがいなければ今ほど爆発的に流行ってはいなかったはず。このトレンドセッターとしての才覚こそが、ミーゴスを「この世代のビートルズ」と言わしめる所以に他ならない。

その点で、このミーゴスのブレイクスルー作が『カルチャー』と名付けられたことは、とても象徴的だ。トラップという音楽スタイルを取り巻く状況は、今なお日々進化しながら定着し、新しい「文化」を形作りつつある。ミーゴスにとっても本作は今までの集大成とも進化形とも言えるような充実した仕上がり。アトランタ産純粋培養のトラックに乗る3人のフロウ、掛け合い、アドリブはこれまで以上に研ぎ澄まされている。豪華ゲストを招いたり、コーラスを歌モノにしたような楽曲などは皆無で、安直なコマーシャリズムへの目配せは全くない。それにも関わらず、彼らのラップはフォロワーが続出するのも納得できるようなキャッチーな魅力で満ちている。やはり、今もっとも新しく刺激的なポップ・カルチャーの現場は、アトランタを中心としたトラップ・シーンなのだ。そのことを、ミーゴスはこの『カルチャー』の一点の隙もない充実した内容と成功によって改めて証明してみせた。

文:青山晃大

ポスト・トラップ時代の2017年。「ポスト・テクスト・ラップの
代表格」が上梓した全米No.1アルバムは新しいのか? 古いのか?

「レインドロッ、ドロットッ、スモキノクキノ、ハッボッ」というオフセットによるフックだとか、「……クキナクキナウィピナ、ウィピナトゥアロカ、レリロカ」とかいうクエイヴォのヴァース中の一フレーズを聴いている時に感じる、なんかおもろいな、愉快だな、という感覚は、実際にそれらを含む“バッド・アンド・ブージー”をかけながら、(上のカタカナ表記にも反映されているような)三連符のフロウを意識して口ずさんでみると、さらに強まってくるだろう。そして、それを繰り返しているうちに、ミーゴスが、そこでどんなことを言っているのか、などということは、まったくといっていいほど、気にならなくなってしまう。

例えば、上に挙げた二つのラインに出てくる言葉には、一部を除き、二重の意味がある。そもそも、彼らの使うスラングは、アトランタで(彼らの周囲で)しか使われていないとも言われているわけだから、裏の意味になんら関心を持たないようなリスナーなら、本当に、これ、なんかおもろいな、楽しいよね、で完結してしまうだろう。

2013年の“ヴェルサーチ”以降、フロウと言葉の連なりの組合せが生み出す音の面白さゆえに、彼らの曲に満足しているリスナーなら、別にそれでいいのかもしれない。冒頭に挙げた前者は「雨降り、オープンカーのルーフの下で吸うマリファナ、車内で」という意味のようだし、後者は、コカインの精製過程の描写だ。つまり、当たり前だ、と言われてしまえば、その通りなのだが、一応意味があるのだ。

これが、本作の2曲目に入っている“Tシャツ”になると「目が覚めたら、髪がコカインだらけ、シラミかと思ったよ」というナンセンスなラインが含まれているし、「朝も、はよからトラッピン」と始まる3曲目の“コール・キャスティング”は「希望があればなんなりと。チキンいくつほしい? どんな調理も大丈夫。トラップが(フライド・チキンのファストフード・チェーン)ザクスビー状態」と続き、スラングでは「チキン」とも言われているコカイン、その精製/販売をファスト・フードのフライド・チキンの調理/販売になぞらえている。音の人と思われがちなミーゴスだが、今回は上に挙げた3曲だけでも、既にテクストの面白さにこれまで以上に気を配っているように聴こえる。

ドラッグ絡みのあれこれを、巧みなダブル・ミーニングを使ったパンチラインに落とし込むスタイルは、既に、ゼロ年代からプッシャTが推し進めてきている。彼は歳を重ねるごとに、ラップのスタイルや内容に関しては大きな変化はないもの、自分の言葉に責任を持つように、つまり、反ドラッグの立場を表面化してきている。それに対して、ミーゴスは無責任、だとして彼らのことを糾弾するつもりは全くないけれど、おもろけば、それでいいじゃん、的な態度しか伝わってこない。

今回は、“スリッパリー”で共演している地元の先輩、グッチ・メインなどは、今から10年以上も前からミーゴスがチキンと言っているコカインのことを「バード、バード」とスラングで表し、さらにそれを簡略化し、やたら、「バー、バー」とだけ表現していたわけで、ポスト・テクスト・ラッパーの嚆矢的な存在とさえ言えそうだ。グッチは、ハードなトラップの世界を、緩くて隙だらけでバカっぽい、という印象をリスナーに与えかねないフロウにのせて表現するミスマッチを一つの個性として打ち出しているラッパーだ。同時にリリック中に、無責任な「鈍い笑い」を忍ばせている技巧派であるにもかかわらず、それが気づかれず、誤解されやすく(舐められやすく)もある。

そこから考えると、特に本作の収録曲の半分以上で、ミーゴスは、グッチ・メインが行っていた、ポスト・テクストとテクストの二つへの関心の両立を、彼とは逆に、ガチガチなフロウ(と、特に“バッド・アンド・ブージー”のオフセットのヴァースに顕著な、複数の音節での律儀な押韻)で実践しているのかもしれない。彼らが、自分たちを、素直にラップ史の流れの中に置いていることは、前作に当たる2015年のアルバム『ヤング・リッチ・ネイション』を聴き直しても確認できる。トラップ(コカインの精製/販売)は、ギャングスタとしての活動の一環でもあるけれど、そのデビュー作には、“ギャングスタ・ラップ”という曲を入れ、ギャングスタ・ラップ排斥運動を呼びかける活動家の言葉をイントロに置いた上で、「ギャングスタ・ラップ復権」を唱えていた。そのアルバムからは、“ヴェルサーチ”でブレイクし、2014年のミックステープ『ノー・レーベルII』に至るまでに、人気を高めてきた自分たち自身を、あらためて見つめ直す、そんな冷静さのようなものも感じ取れた。この作品自体、期待されていたほど支持されなかった原因も、そこにあったのかもしれない。

また、本作でも、“デッズ”は、ヒップホップ史的には、1994年にナズ~ジェイZが広めた、ドル紙幣を意味する「デッド・プレジデント」(紙幣に描かれているのは、ベンジャミン・フランクリン以外は大統領を務めた物故者の肖像であるため)を思い起こさせるし、“Tシャツ”では、総合的に、トラップの先駆的な音楽を演っていたアトランタのグループD4Lの故ショーティ・ローのリリックを引用/参考に、している。先達の歴史を踏まえつつ、本作では、弾けきれなかった前作の反省込みで、収録曲数も(恐らく彼らの全アルバム/ミックステープ中)最少にとどめ、テーマも、今まで以上にトラップに絞り込んだのではないだろうか。

曲の中での三人は、コカインの精製過程の細部(描写)で頭の中がいっぱいで、ストリッパーの動きを観ても、連想するのは、精製過程の動作であるし、でなければ、コカインを売ること、そして、それにより手にする(した)唸るほどのカネのことしか頭になく、本作を聴く限り、女性についての曲は、アルバムの後ろのほうに追いやられている(ベッド上で、おまえを、熱唱系シンガー、ケリー・プライスのようにうんうん言わせてやる、というリリックを含む)。

そして、トラック面では、“ホワッツ・ザ・プライス”でエレキ・ギター、“デッズ”で管弦楽、といった音を目立つように鳴らし、サウンドとしてのトラップにいくばくかのヴァリエーションを聴かせようとしたのかもしれない。とはいえ、やはり、本作は、例えば、トレンドとしてのトラップ、あるいは、アトランタのシーンの今、とかそういうのとは別次元において、あくまでも2009~2010年から活動してきたミーゴスとして、何をすべきか取捨選択した結果できたものなのだろう。

文:小林雅明

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