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FOR ALL WE KNOW Nao (Sony) by AKIHIRO AOYAMA
KOHEI YAGI
September 08, 2016
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FOR ALL WE KNOW

英R&Bシーン期待の歌姫が長い研鑽の果てに作り上げた、
ベルベットのようにゴージャスで気品に満ちたデビュー作

ディスクロージャーが1stアルバム『セトル』で大ヒットを飛ばし、イギリスのポップ・シーンにR&Bとハウスのクロスオーヴァー的ブームが訪れてから3年が経つ。その潮流はいまだに継続中ではあるが、音楽的にはだいぶ落ち着いてきたというか、成熟期に入っているような印象がある。メインストリームへと食い込み少しずつエッジを失っていくことで、未来に待つのは、かつての2ステップ/UKガラージと同様の衰退か、あるいはそのさらに先にグライム/ダブステップの登場のような新たなる革新があるのか。その答えを知るには時が過ぎるのを待つしかないが、英国のポップ・シーンが今また転換点を迎えつつあるのは確実だろう。

このネイオによるデビュー・アルバムは、そんなイギリスの潮流の中で、最もリリースが待たされていたレコードの1つと言っていい。それまでジャーヴィス・コッカーやクワブスのバック・コーラスとして下積みを重ねていた苦労人である、ノッティンガム出身28歳の彼女のことを多くの人が認知したのは、2枚目のEP『フェブラリー15』をリリースした2015年5月のこと。この作品が〈ピッチフォーク〉のベスト・ニュー・ミュージックに選出されたことで、彼女の名前は世界的に知られるようになった。その後、ウィークエンドやミゲル、ロードら世界各地の新鋭が集ったディスクロージャーの2nd『カラカル』にもゲスト・ヴォーカルの1人として参加。英R&B界の次なるスターとしてのバズが日を追うごとに高まる中、『カラカル』からも1年近くの時間をかけて、ようやく発表されたのが本作というわけだ。

“イントロ(ライク・ベルベット)”から聴こえてくる、彼女の甘く伸びやかな歌声と何層にも重ねられた荘厳なコーラス。「まるでベルベットのよう」という歌詞の通り、気品に満ちた美しいオープニングだ。そこからジャングルのプロデュースによる“ゲット・トゥ・ノウ・ヤ”が始まり、『フェブラリー15』にも収録されていた“インヘイル・エクスヘイル”へと続く前半部で、彼女は人間味溢れたファンク色を強く打ち出している。その後、ロンドンの新鋭DJ/プロデューサー、グレイズによるプロデュースを基調としてエレクトロニックな質感を強めていくが、そこでも即物的な快楽を追ってBPMを上げるようなことはなく、プロダクションはあくまでネイオの歌声と感情に寄り添うようなニュアンスで統一されている。

本作には、“ヴォイス・メモ”と題された短いスキットが3つ収録されている。「161」と「162」のナンバーがふられた最初の2つのスキットは、本作前半のハイライトとなっている“ハッピー”のレコーディング時に録られたと思われるもので、当時の彼女がいかに充実した状況にいたかの記録だ。対して、後半に登場するスキットのナンバーは「4」。ここでは男性(クワブス?)が歌う、フロエトリーの03年リリース曲“セイ・イエス”のカヴァーが粗い音質で録音されている。おそらく、これはネイオがクワブスのバック・コーラスだった頃に練習用に録られたもの。つまり、バック・シンガーとしての下積み時代から、デビュー・アルバムのレコーディングまで、彼女のスマートフォンには160超のヴォイス・メモが残っていることになる。そして、この“ヴォイス・メモ4”で過去を振り返った後、“ブルー・ワイン”から続くラストの3曲で彼女は素晴らしくゴージャスな一人多声コーラスを披露する。長かった下積みと絶えまない努力を糧として、ついに1人のアーティスト/シンガーとして才能を開花させたネイオの喜びが詰まった、とても感動的な幕引きである。

正直、本作のリリースに関しては、「一番良い時期を逸したのでは?」という思いがないわけではなかった。もう半年リリースが早ければ、もっと注目を集め、チャート・アクション的にもより良い結果が得られたかもしれない。ただ、彼女は功を急ぐことなく、きっちりと時間をかけてアルバムを作り上げる選択をした。それは彼女がこれまで長い下積みを重ねてきた苦労人だったからこその判断だったのだろう。結果として、その選択は正しかったと言える。本作は、2016年の英国ポップ・シーンにおいて、最も豊かで、最も丁寧に作り上げられた珠玉の一品、必聴の一枚だ。

文:青山晃大

エリカ・バドゥ・ミーツ・ジェイムス・ブレイク
ポップとアンダーグラウンドの境を軽やかに乗り越える才女

ここ数年の音楽シーンでは90~00年代前半におけるヒップホップ~R&B周辺をサウンドのベースとしたうえで、どのようにしてそこに現代性/実験性を持たせるかが命題の一つになっている。例えばロバート・グラスパーを中心とした現代ジャズ勢はそういったサウンドを意識的に取り入れアップデートさせたことが現在の隆盛の一因だ。彼らはジェイ・ディラ~ソウルクエリアンズ以降のリズム・ストラクチャーを取り入ることでリズム/音色の面で音楽シーン全体のレベルを底上げした。

それと歩調を合わせるように近年、ジ・インターネット『エゴ・デス』、BJ・ザ・シカゴ・キッド『イン・マイ・マインド』やアンダーソン・パック『マリブ』といったネオ・ソウルの遺伝子を受け継いだ音楽家たちが秀作をリリースしている点から見ても、前述の潮流は未だ留まるところを知らないといえるだろう。

ネオ・ソウル的なものから距離を取ったところでも、去年ジョーイ・バッドアスが、現在に至るまで続くトラップ全盛の状況下で90sオマージュの決定版のような作品『B4.Da.$$』をリリースし、それが高く評価されたことは意義深い。また、今年5月に来日して大きな話題になっていたキングのデビュー作『ウィー・アー・キング』は、ジャネット・ジャクソン(ジャム&ルイス)をはじめとしたミネアポリス・サウンドをベースにしながら、複雑なコーラス・ワークを巧妙に加工することでヴォーカルのメロディよりもそのアンビエンスを抽出し、インディR&B的な価値観との接近を実現させた。また、10月にデビュー作をリリースするジョーンズというイギリスの女性SSWは、サム・スミスが絶賛していることで話題になっているが、彼女のスタイルはシャーデーを彷彿とさせるものがある。

ここで挙げたのはほんの一握りの具体例であり、大雑把な外観ではあるが90~00年代前半のタッチを残しながらそれをアップデートする様々な試みが数多くみられ、大きな話題となっていることがよくわかるだろう。

ネイオ『フォー・オール・ウィー・ニード』を、そういったリヴァイヴァル・ムーヴメントのUKにおける展開と捉えると本作の位置づけがより鮮明になるだろう。この作品は乱暴に要約すれば、ポスト・ダブステップ以降におけるエレクトロニック・ミュージックの視点から、先述した年代/ジャンルを再解釈した作品といえるのではないだろうか。ジェイムス・ブレイクやケレラ、FKAツイッグスと矛盾せずに上記のリヴァイヴァル・ムーヴメントとリンクさせ、アリーヤやエリカ・バドゥをアップデートさせようという試みこそが、本作のコンセプトであるように思える。

本作でもっとも多くの楽曲を担当しているのがグレイズというプロデューサーなのだが、彼の手がけた楽曲(特にアルバム後半)が本作の核を担っているというのが筆者の理解だ。彼はネイオ以外にもK-POPユニットであるガールズ・ジェネレーションのメンバー、ティファニーの“トーク”という楽曲をプロデュースしているのだが、こちらは90sR&B的なレイドバックしたメロディをトラップと組み合わせており、ある意味ではネイオとそう遠くない試みをしている。このことから彼自身の関心の一部が、90~00年代前半のアップデートにあると推察出来るし、そんな彼に多くの楽曲を任せたネイオも意識的/無意識的を問わず、そういったサウンドを志向していたのではないだろうか。

グレイズが手がけている楽曲をいくつかピックアップしていく。“インヘイル・イクスヘイル”におけるイントロのもたったドラム・ビートを聴けば嫌でもネオ・ソウル以降のリズム構造が頭を過るし、チープなシンセの使用やエフェクトがかったヴォーカルはどこかプリンスを彷彿とさせる部分があるところが面白い。“バッド・ブラッド”はディアンジェロ的なスロウ・リズムを備えながら、全体の音色はポスト・ダブステップ~インディR&B以降のエレクトロニック・ミュージックで彩られており、本作における白眉だ。粘り気のあるダビーなベース・ラインとハイハットを軸にしたリズム・セクションがジェイムス・ブレイク的なロング・トーンのシンセと交差していく“Dywm”の構成は非常に今日的といえ、こちらも本作を象徴する楽曲といえる。“ガールフレンド”はネイオとグレイズが本作で構築してきたサウンドが、まさにアンセムともいえるポップ・ミュージックへと昇華された感動的な楽曲であり、彼女を新世代の歌姫として評価したい気持ちにすらさせる。これらの楽曲たちを聴けば、本作における大まかな方向性はほぼ間違いなく理解出来るだろう。

本稿ではグレイズ関連の楽曲に焦点を当てたため、90~00年代前半の参照に力点が置かれているが、先ほどプリンスの名前が出てきたように80年代的な要素も本作には存在している。ロンドンのモダン・ファンク・バンドであるジャングルをプロデュースに迎えた腰の入ったファンク・チューン“ゲット・トゥ・ノウ・ヤ”やLOXEが手掛け、USインディR&Bデュオ、Abhi//Dijonがフィーチャーされている“アドアー・ユー”はThe 1975的な80sファンク・ポップと並列に語っても差し支えないだろう。冗長になってしまうので詳しくは触れないが、マーク・ロンソンやザ・ウィーケンド、ファレル・ウィリアムスの近作を聴けば分かるようにここ数年は80sファンク~R&B周辺のリヴァイヴァルの動きも顕著なため、そういったサウンドと本作が交差している部分があることは言っておきたい。

また、デビュー作が待たれるジェイ・ポールの兄弟であり、ミゲル『ワイルドハート』でもプロデューサーとして活躍しているA.K. ポールが本作に収録されている“トロフィー”を手がけていることも注目しておこう。BPMを落としファンクネスを付与したプリンス・アンド・ザ・レヴォリューション“コンピューター・ブルー”のようなこの楽曲もまた本作に80s要素を加えた作品になっている。

R&B~ヒップホップをベースとしたポップ・ミュージックとしての即効性/大衆性と、UKのベース・ミュージックが担ってきたアンダーグラウンドな佇まいがシームレスに連結しているこのデビュー作を聴くと、「ポップ」と「アンダーグラウンド」が二項対立であった時代が懐かしく思われてならない。軽やかなフットワークで事もなげに島宇宙を跨ぐ彼女を見ていると、音楽の現在と未来がより一層輝いてくるだろう。

文:八木晧平

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