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THE ELECTRIC LADY Janelle Monáe (Warner) by AKIHIRO AOYAMA
SOICHIRO TANAKA
October 10, 2013
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THE ELECTRIC LADY

R&B界の異端児がアンドロイドの意匠を身にまとい描く、
マイノリティとポップ・ミュージックの歴史・未来

一昨年から昨年にかけてのザ・ウィークエンドやフランク・オーシャン、ミゲルら新世代の台頭によって、R&Bは今最も目が離せないポップ・シーンのトレンドの1つとなっている。その影響はアーバン・シーンだけに留まらず、インディやビート・ミュージックにも及び、それらが互いに交流を持ち混じり合うことで、世界中から折衷的で斬新なR&Bが次々と生まれている状況だ。そして、そんなジャンル越境的なR&Bの今に先鞭を付けたアーティストこそがジャネール・モネイ。2011年にファンの“ウィー・アー・ヤング”にゲスト参加して大ヒットに貢献した事でも知られる、カンサス生まれの27歳である。

彼女がこれまでに発表した作品は全て、2719年を舞台に女性アンドロイドのシンディ・メリウェザーについて描いたSFコンセプト・シリーズとなっている。最初のEPではアンドロイドが恋に落ちる全ての始まりが描かれ、続く2010年のアルバム『ジ・アーチアンドロイド』では彼女が逃避行を続けながらそれでも恋心を募らせていく様を描写。そして、この最新作『エレクトリック・レディ』でジャネールが描くのは、シンディ・メリウェザーの生き様が次第に他のアンドロイドの心を揺さぶり、社会に変革を与えていく様子である。つまり、彼女は、恋するアンドロイドというSFの古典的な主題を通して、近代以降の女性(あるいは黒人、ひいては全てのマイノリティ)のエンパワーメントの歴史を鮮やかに総括してみせていると言える。ラジオ放送を模した3つのインタールードの最後に登場する男性たちが一様にエレクトリック・レディの生き方に否定的なのは、もちろん彼女達を縛り付ける旧態依然とした価値観の象徴である。

そのテーマにも呼応するように、本作でジャネールは黒人音楽を軸に据えたポップ・ミュージックの豊饒な歴史の一片一片を慈しむように蘇らせる。冒頭の“ギヴン・エム・ホワット・ゼイ・ラヴ”はそのままゲストに招聘したプリンスへの敬意を感じさせ、先輩エリカ・バドゥと共演したサイバー・ファンク“クイーン”ではアフロ・フューチャリズムが全開に。その他、ソランジュと共にR&B全盛の90年代を思わせる歌を響かせる“エレクトリック・レディ”や70年代前半のスティーヴィ・ワンダーを髣髴させる“ゲットー・ウーマン”、エスペランザ・スポルディングをゲストに迎えた“ドロシー・ダンドリッジ・アイズ”ではジャズをR&Bビートに融合している。前作に比べエキセントリックさが抑えられ、慈愛を感じさせる歌の比重が増しているのは、「個人から普遍への波及」という本作のテーマ性を反映した結果だろう。

画一的なプロダクションで量産されるただのショウビズ音楽だった時代を経て、今再び個々の創造性を取り戻しつつあるR&B。その中でも、ジャネール・モネイの作り出す音楽は最初から群を抜いて独創的だった。1人の女性が異端的な才能で口火を切り、その余波が次第に世界の在り様を変えていく――。ジャネールが描く、シンディ・メリウェザーとアンドロイド世界にまつわる物語は、今のR&Bシーンからポップ・シーン全般で起きている現象にもそのまま当てはまるのかもしれない。

文:青山晃大

歴史に葬られた彼や彼女は確かに「ここ」にいた。
そして、未来永劫も生き続けるということ

よせばいいのに、この国の歴代のヒット曲を時代順に追っていく類いのTVの歌番組を何となく眺めていたりすると、実は自分自身がこの国には存在しなかったのではないか? という錯覚に襲われる時がある。大袈裟に言えば。実際、この国の2013年のヒット・チャートは、この時代に生きる自分自身の日々の生活感や心情をほぼ何ひとつ反映していない。言うまでもなく、歴史とは為政者の歴史のことを指す。20世紀の歴史の大半がワスプから見た歴史観を中心にしているのもすなわちそういうこと。それゆえ、滅びていった者や辺境や地下で暮らしていた者たちの歴史は語り継がれることなく失われてしまいかねない。結果として、すべてなかったことにされる場合だってあるだろう。だからこそ、ある種のポップ・アーティストたちは、それに楯突こうとするのではなかったか。

これはジャネール・モネイと彼女のパートナーたちが変わらぬ才気と情熱を注ぎ込んだアルバムで、2010年の前作『ジ・アークアンドロイド』を聴いた時のような鮮烈な驚きはさほど期待出来ない代わりに、じっくりと何度でも聴きたくなるレコードだ。前作が『ジギー・スターダスト』のアフロ・フューチャリズム・ヴァージョンだったとすれば、今作は『アラディン・セイン』だと言えるかもしれない。間違いなく数年来の豊作続きの2013年の中でも、手に入れて決して後悔することのない数少ない1枚だ。

時代が時代ならこれはヴァイナル2枚組のヴォリュームを持ったロック・オペラの大作で、アートワークに示されている通り、新たに全7章へと拡張された『メトロポリス組曲』の第4章と第5章を、インタールードを含めた全19曲で構成してある。出来れば、詳細なクレジットやライナーノートがついたフィジカルで手に入れたい。前作同様、さまざまな歴史的な記号がクモの巣のように張り巡らしてあって、それをひとつひとつ紐解きながら聴けば、その度に新たな発見があり、さらに夢中になってしまうレコードだからだ。

乱暴に言えば、ここで鳴っているのは、時代の辺境に押しやられてしまいがちな者たちーーオトコではなくオンナやゲイ、ワスプではなく有色人種、ホワイトカラーではなくブルーカラーの歴史だ。近未来のディストピアを舞台にしたこのレコードは、さまざまな過去の音楽的記憶を繋ぎ合わせたもので、実のところ、決して順風満帆とは言いがたい現在について語っていて、だからこそ、来るべき未来についてのマスタープランをそこかしこで匂わせている。

ラフマニノフの引用だったアルバム冒頭の序曲が、何故、今回はエンニオ・モリコーネの引用に取って代わっているのか。そのヒントはちりばめてある。それにあなたが気がつく時、このレコードはさらに新たな意味を持つだろう。そして、どんな音楽もあらかじめ歴史そのものを内包したものだということを改めて思い知るに違いない。そもそもギターが歪んでいたりするのも、リズムがシャッフルしたりするのも、すべて何かしらの歴史と繋がっていて、あらゆるサウンドは実際の音の波形以上の意味を持っている。そう、良くも悪くも、ポストモダン先進国であるこの国のポップ・ミュージックとジェネールの音楽が決定的に違っている点はそこだろう。

もし興味があるのなら、何故、ジャネールの髪型がポンパドールで、何故、彼女の服装がタキシードなのかについて調べてみればいい。そうすれば、あなたはさらに知ることになるだろうーー何故このレコードがこんなにもあなたを悲しい気持ちにさせるのか、にもかかわらず、何故このレコードがこんなにもあなたの気持ちのドアを強引にノックして、高揚させてしまうのか、を。

レコードを聴くという行為は、会ったこともない赤の他人の悲しみや喜びを自分自身のものにしてしまうという体験でもある。おそらくこれはあなたについてのレコードだ。そして、あなたが今ここに確かに存在したということを後世に伝えてくれることだろう。たとえ、あなたの生がどこか時代の片隅に押しやられてしまっていると感じていたとしても、このレコードさえあれば、それは決して忘れ去られることはない。

文:田中宗一郎

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