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  • ケイコ 目を澄ませて(2022) directed by Sho Miyake by TSUYOSHI KIZU December 22, 2022 1
  • 別れる決心(2022) directed by Park Chan-wook by TSUYOSHI KIZU December 22, 2022 2
  • すべてうまくいきますように(2021) directed by François Ozon by TSUYOSHI KIZU December 22, 2022 3
  • ホワイト・ノイズ(2022) directed by Noah Baumbach by TSUYOSHI KIZU December 22, 2022 4
  • ギレルモ・デル・トロのピノッキオ(2022) directed by Guillermo del Toro and Mark Gustafson by TSUYOSHI KIZU December 22, 2022 5
  • あらゆるものは消えていく。すべての者は去っていく。だとすれば、映画はたしかにここに存在したはずの瞬間を捕まえることができるのだろうか? 聴覚障害のあるプロボクサーだった小笠原恵子の自伝『負けないで!』に丁寧に寄り添いながら、しかしその再現とせずに舞台をコロナ禍の東京とした本作は、「ケイコ」個人の喪失と敗北を見つめることであの季節に多くの人間が抱えていた孤独と共振する。どうしてわたしの居場所はなくなるのか? なぜそれでもわたしは闘うのか? 怖い。逃げたい。それでもやがて内側に生まれる、情熱のような何か。強くなりたいという切なる祈り。その、懸命な生そのものの美しさをとらえるために、ここにはささやかな瞬間ばかりが収められている。しかしだからこそ観る者の胸に強く刻まれる光と音、俳優たちの横顔、やがてこの世から消えていくであろう風景。それを見逃すまいと、何度だってわたしたちはスクリーンに目を澄ませるのだ。

  • パク・チャヌク6年ぶりの長編は、真面目な刑事の男が容疑者の女に惹かれていくサスペンス・ロマンス。一見するとオールドスクールなファム・ファタールもののように見えるが、時空が次々に飛ぶ奇妙なスピード感の編集と、翻訳やGPSなどスマートフォン・アプリの過剰な使用によって現代生活/社会の異様さを強調するかのようだ。そう考えると現代の歪みによって心を病んだ者同士が引き寄せ合う様を描いているようにも見え、これまでショッキングなシーンで観客の気を引きがちだったパク・チャヌク作品としてはストーリーテリングそのものの飛躍で映画をドライヴさせていることに気づく(自分はポール・ヴァ―ホーヴェンの諸作を連想した)。「一般的」な場所から逸脱した者たちの物語は「一般的」な方法では語れないのだ。そしてそのなかでこそ、映画が幾度となく描いてきた常識的な生き方を外れることの危険な誘惑を、官能的な手つきで立ち上げてみせる作品だ。

  • これまで『まぼろし』や『スイミング・プール』などフランソワ・オゾンと共同脚本を手がけてきたエマニュエル・ベルンエイム(2017年に死去)の著作の映画化で、脳卒中を起こした85歳の父親が望んだ安楽死を主題としている。思わずゴダールの死が頭をよぎるが、オゾンはあくまでも原作に綴られていたことを尊重し、フランス国内で法的に認められていない安楽死をスイスでどのようにおこなうかも含め、きわめて具体的にベルンハイムが直面した過程や心の動きを捉えようとする。きわめて今日的な社会問題を取り上げたものだが、父親の身勝手さ――それでもフランスの名優アンドレ・デュソリエは彼をチャーミングに演じてしまうのだが――をどのように子どもが許容するかという問いこそがじつは現代的だとも言える。本作は現代フランスを代表する監督のオゾンと俳優のソフィー・マルソーの初タッグ作でもあり、ふたりが同世代的な問題に誠実に向き合ったものなのだ。とはいえ、オゾンの次作『Peter Von Kant』(2022)はライナー・ヴェルナー・ファスビンダーの戯曲の映画化。そちらはバリバリのクィア・アート作品になっているはずで、猛烈に楽しみである。

  • ドン・デリーロの原作(1985)の不条理性が、実感を伴って味わえる時代が訪れたということだろうか。日常が非日常に侵食され、また日常に帰るとき――わたしたちは元の場所にもう二度と戻れないことをパンデミックで体験したからだ。いや、そもそも日常こそが狂っていたのではないか? ノア・バームバック作品としてはとくに非リアリスティックな演出が頻出し、異常事態のなかで偽情報が錯綜する様などは誇張されて描かれているものの、それがあり得ないことではけっしてないことをわたしたちは身をもって知っている。そしてエキセントリックな佇まいのなかでこそ、死への恐怖や関係性の不確かさといった、時代を超えて人間性に根差したテーマが生々しく立ち上がってくるのだ。パーソナルな映画ばかりを作っていたバームバックがより大きな場所に足を進めた一作でもあり、LCDサウンドシステムの新曲が「愉快に」流れるエンド・クレジットまで、痛烈な皮肉といくばくかの悲しみが張りついている。

  • ディズニーが1940年に映画化した『ピノッキオの冒険』はもともとイタリアの作家カルロ・コッローディが1883年に出版した児童書で、当初は社会的な要素も強いものだった。最近では『ゴモラ』のマッテオ・ガローネによって原作により近づけた実写版『ほんとうのピノッキオ』(2019)もあったが、ギレルモ・デル・トロがアニメーターのマーク・グスタフソンと制作したストップモーション・アニメ/ミュージカルである本作は、ディズニー作品に一定の敬意を示しつつも、ファシズム、戦争と死、見世物小屋のいかがわしさ、動物やモンスターといった非人間に対する愛着などなど、きわめてデル・トロらしいモチーフが目立った一本に仕上がっている。人形の細やかな表情の変化を見せる映像は非常に「人間的」で、そのタッチによって喪失とともに生きる者たちの哀切が丹念に描かれるのも、彼の原作への真摯なアプローチだと言えるだろう。豪華なハリウッド俳優陣が声を担当しているが、何よりもアニメーターたちの手仕事が本作の感触を痛ましくも温かいものにしている。 この連載も今回でラストとなります。いっしょに連載を担当し刺激をたくさんくださった萩原麻理さん、好きな作品を好きに紹介させてくれた〈サイン・マガジン〉、映画やTVシリーズを通して時代や社会そして世界にともに向き合ってくれた読者のみなさまに感謝します。また、映画やドラマの前で会いましょう。

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