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  • この世界の片隅に (2016) directed by Sunao Katabuchi by TSUYOSHI KIZU December 01, 2016 1
  • 戦場でワルツを (2008) directed by Ari Folman by TSUYOSHI KIZU December 01, 2016 2
  • 五日物語 ―3つの王国と3人の女― (2015) directed by Matteo Garrone by TSUYOSHI KIZU December 01, 2016 3
  • ブルーに生まれついて (2015)
    directed by Robert Budreau by TSUYOSHI KIZU December 01, 2016 4
  • ハンズ・オブ・ラヴ 手のひらの勇気 (2015) directed by Peter Sollett by TSUYOSHI KIZU December 01, 2016 5
  • クラウド・ファンディングから始まったこの映画が今年日本で公開され、きちんとヒットしていることはわたしたちの幸福な記憶のひとつとして共有されることだろう。原作はこうの史代の漫画作品。広島の呉を舞台に1945年の8月6日へと至る、いや、さらにその続きまで、主人公「すずさん」の戦時下の日常が丹念に描かれるアニメーション映画だ。戦後70年が過ぎ、わたしたちはいよいよ戦争体験者の話を直に聞けない時代に突入しようとしている。本作はその最後の時期における、「何とか後世に伝えたい」という制作側と観客の想いがひとつになった作品なのだ。ごく短いエピソードを小気味よく重ねていく編集も当時の風景を出来るだけ精密に再現した風景も素晴らしいが、特筆すべきは当時広島の街に実際に住んでいた人びとの姿が聞きこみによって背景に描きこまれていることだ。つまり、歴史に消えていった人びとの生(生活であり、人生)がここでたしかに蘇っている。わたしたちは「すずさん」の、あるいは彼らのその生の続きを生きている。そのたしかな事実を観る者に深く刻みこむ……しかしどこまでもチャーミングな戦争映画である。ああそれから、のんというユニークな女優に出会い直す一本でもあります。

  • 戦争アニメ映画からもう一本。1982年のレバノン内戦の記憶をアリ・フォルマン監督自身が辿るドキュメンタリーだが、これがかなり特殊な作りの作品で、わたしたちが過去の負の遺産にどうアプローチするかというひとつの示唆になっているのだ。アリ(監督)は19歳のときレバノン国防軍の兵士だったが、ある時その記憶がすっぽりと抜け落ちていることに気づく。これはどういうことなのか? アリは当時のことを知る友人たちやジャーナリストを訪ね、自身の、そしてレバノンの過去に向き合っていくことになる……。複雑を極めてわけのわからないことになっていた(本当に)レバノン内戦のさなか、だから同様に「わけのわからないことになっていた」一般人や兵士がいたこと。そして彼らが殺し合いをしていたこと。それをどこかドリーミーなアニメーションで見せる異色作である。賛否両論あったラストに関しては、じつはどちらかと言えば僕も否なのだけれど、そうでもしなければ伝わらなかった過酷な現実があるのも理解は出来る。わたしたちは忘れようとしても、過去と現実は追いかけてくるのである……。ちなみにアリ・フォルマン監督作では、こちらも非常に風変わりな『コングレス未来学会議』(2013)も必見。

  • イタリアの犯罪組織「カモッラ」をグローバル経済も踏まえて重層的に描いた意欲作『ゴモラ』(2008)のマッテオ・ガローネ監督のファンタジー作品。同作と『五日物語』はまったく違うモチーフを取り上げつつも、暴力に組み込まれていく人びとを群像的に描いている点で共通していると言える。本作は17世紀のナポリのおとぎ話からエピソードをピックアップしまとめた映画であり……どんよりとした世界観で映されるダーク・ファンタジーである。3つのエピソードから浮かび上がってくるのは、体制や権力のためになされる婚姻が女やゲイや貧者をいかに不幸にしていくかということで、今年公開作ではかなりの傑作だったヨルゴス・ランティモス『ロブスター』(2015)とぜひ併せて観たいところ。というか、名脇役俳優ジョン・C・ライリーがその両方に出演しているのが僕には偶然と思えない。婚姻という「制度」が人間を不幸にしているのか、あるいはモノガミー自体に限界が見えているのか? そんなことに想いを巡らせつつ、禍々しい世界観に酔いしれてください。

  • 50年代の絶大なアイコンであるトランペッター、チェット・ベイカーのしかし66年からの失意の時代を丹念に映した一本。僕が言うまでもなくイーサン・ホークの憂いに満ちた演技が味わい深く、全体のトーンはやや感傷的だとは思いつつも、それはバドロー監督のチェット・ベイカーへの想いの表れだと言えるだろう。ここで監督が行っているのはチェットがたんなる演奏者ではなく圧倒的なポップ・アイコンだったということの語り直しであり、すなわち悲しみや苦悩、混乱こそが彼の音と色に深みを加えていく過程である。それは本人にとって必ずしも幸せなことではないが、それでも音楽に飲み込まれていくしかなかったのだ。じんわりと染みるエピソードで彼の物語が綴られていくが、僕には帰郷するくだりがなんとも切なかった。保守的な土地と父親から見放された子どもであったチェットが、それでも自分と父を繋ぎとめていたはずの音楽を象徴するレコードを手渡すシーン。そのレコードこそがこの映画のタイトル、「Born to Be Blue」である。そんな風に傷だらけで生きた演奏者の音と歌を、後世から静かに讃える作品だ。

  • 昨年全米で同性結婚が認められた時、SNSのアイコンがレインボウに染まったことを覚えているひとも多いだろう(サイン・マガジンもでしたねー)。いや実際、それだけ画期的なことだったのだ。本作はそれ以前(2008年)にあった実話の映画化であり、あるレズビアン・カップルが男女のカップルと同等の権利を勝ち取ろうと闘った姿が描かれる(脚本は以前紹介した『フィラデルフィア』のロン・ナイスワーナー)。同性婚はどうしてもロマンティックなものとして語られがちだけれども、当事者にとってじつはとても現実的な問題なのである……ということがよくわかる映画だ。末期がんに侵された女性警官(ジュリアン・ムーア)が遺族年金を年下のパートナー(エレン・ペイジ)に受け取られるようにする、それだけの願いがここでは政治闘争になってしまうのだ。僕は当事者なのでどうしても他人事として観られなかったけれど、これ、日本でもおそらく近々訪れるセクシュアル・マイノリティ・イシューにおける政治的な季節を予見した話だと思う。マイノリティにとって個人の幸せを守ることが、政治に「ならざるを得ない」のである。そういう意味では「ウザい活動家」のスティーヴ・カレルが登場してからが俄然面白く、うーん、権利を勝ち取るってほんと大変ですよねえ、と(他人事じゃないけど)。

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