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  • 寝ても覚めても(2018) directed by Ryusuke Hamaguchi by TSUYOSHI KIZU August 10, 2018 1
  • きみの鳥はうたえる(2018)
    directed by Miyake Sho by TSUYOSHI KIZU August 10, 2018 2
  • オーシャンズ8(2018) directed by Gary Ross by TSUYOSHI KIZU August 10, 2018 3
  • 2重螺旋の恋人(2017) directed by François Ozon by TSUYOSHI KIZU August 10, 2018 4
  • 大人のためのグリム童話 手をなくした少女(2016) directed by Sébastien Laudenbach by TSUYOSHI KIZU August 10, 2018 5
  • 映画が始まるとすぐ、ある登場人物が「運命」という言葉をやすやすと口にする。誰かが何かの偶然を必然だと感じたときにそれを「運命」と呼ぶのならば、同じ顔をしたふたりの男に恋をする女の物語は「運命」についての考察なのだろうか? それともたんなる妄想なのだろうか? いずれにせよわたしたちは、日常が簡単に非日常に飲みこまれそうな「運命」のすぐ側でいつも生きていて、この映画はその瞬間を真剣なまなざしで見つめようとする。だからカメラは、自らの「運命」に決然と踏み出す女の一歩をまっすぐに捉える。やがてその一歩一歩が重なり、本当に手にしたいものを女が悟るとき、「運命」すらも蹴散らしてしまうような鮮烈で清々しい疾走となるだろう。躍動するアクション。それからtofubeatsが歌う。「ふたりの愛は 流れる川のようだ/とぎれることないけど つかめない」。いつだって「つかめない」というもどかしさを抱えて生きているわたしたちの、それでも繰り返してしまう悪あがきについて。

  • 何かが起こりそうで何も起こらない時間、あるいは、何も起こっていないようでたしかに何かが起きている時間……。『海炭市叙景』(2010、熊切和嘉)、『そこのみにて光輝く』(2014、呉美保)、『オーバー・フェンス』(2016、山下敦弘)に引き続き、夭折し忘れられていた作家・佐藤泰志の物語を掘り起こす本作。さらに若い世代の三宅唱へと監督のバトンが渡されたのと呼応するように、映画は若さゆえの長閑で怠惰な時間をひたすらに映し出す。とくに行く着く場所を持たない会話たち。クラブで知らない者たちと酔っぱらい、ただ音に身体を揺らす夜。ダーツとビリヤードに興じる無益なひととき。深夜の道端でのキス。ふたりの男とひとりの女。金はなく目的もないが、永遠に続くかような時間だけがあった、終わらない夏についてのスケッチ……だが、あらゆる夏は必ずいつか終わりを迎える。その、不確かなバランスで奇跡的に成り立っていた、エモーショナルな青春がここには詰まっている。

  • 時流でしょう。ハリウッド産娯楽品としての久しぶりのオーシャンズ・シリーズ最新作は、ヴィジュアルからすぐにわかるように主要キャストをすべて女性で揃える。まあ監督も女性で揃えられれば企画としては完璧だったとは思うが、そこは安定のゲイリー・ロス、ソダーバーグ時代のユルいノリを引き継ぎつつ比較的テンポよくまとめていると思う。ポイントは、この強奪計画に参加する女性たちは取り立てて生活や金に困っているわけではないということ。ではなぜメイク・マネーするかと言えば、自分の才能を生かしたい、その一点である。そしてそれに見合う報酬は支払われるべきだと。男女平等はつねに経済の問題でもある(まあ、ここまで稼ぐ必要ある? とも思うけど……。ハイパー資本主義や拝金主義とどう対峙していくが娯楽産業の今後の課題だと自分は考えている)。舞台をメットガラとして、セレブ・カルチャーの狂騒をかき乱すというのにも、いくらかの皮肉がこめられているのだろう。ポップ・ミュージック・ラヴァーズの皆さまは、コミュ障気味の天才ハッカー役のリアーナのチャーミングさをぜひ見てください。

  • とはいえ、女をめぐる映画が道徳的でなければならないというドグマなどない。女の「欲望」についての考察を物語を変えながら繰り返し変奏させてきたフランソワ・オゾンの新作は、不道徳なエロティシズムがじわじわと染み渡る本領を発揮する一作となった。原因不明の腹痛に悩まされるクロエ(マリーヌ・ヴァクト)は誠実に黙って自分の話を聞いてくれる精神分析医のポール(ジェレミー・レニエ)とやがて恋仲になる。再び体調不良になったクロエは別の精神分析医にかかるが、それはポールの双子の兄だというルイという男だった。ポールと正反対の粗野で暴力的なルイとの面会を重ねるうち、クロエは自らの秘めた欲望を自覚し……というところから、映画はミステリアスにツイストしていく。タッチはあくまでエレガントだが、迷宮的な作りとなっている本作。それはそのまま、女性のエロスや官能の不可解さや複雑さを示すものであるだろう。モラルとアンモラルの境界がエロティックな描写とともに溶けていく。

  • これもまた、女性の生き方に関する哲学的探求である。グリム童話の短編をベースにしたアニメーション映画だが、これはきわめて現代的な女性の自立についての物語だろう。父権的かつ暴力的な境遇の犠牲となった少女は、やがて自らの意志で人生を切り拓いていく。「王子」との出会いと蜜月もあるが、それとて通過点でしかないのだ。どこかしら常に不穏さを湛えつつも、ひとつひとつの絵そのものが剥き出しの叙情性を誇るような圧倒的な作画は監督のセバスチャン・ローデンバックがすべてひとりで手がけているというのだから恐れ入る。観る者は流麗に動く絵に魅せられているうちに、少女の生命力をあざやかに感じていることだろう。ローデンバック監督は「これはわたし自身の物語でもあった」と語っているが、つまりジェンダーに拠らない普遍的な強度を持った作品でもある。世界は残酷で暴力的だが、このアート映画はだからこそわたしたちの生きる力を懸命に讃えようとしているのである。

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