ここ一ヵ月、アメリカの音楽シーンは、ジェイ・Zの話題で持ちきりだった。それは、ラッパーやアーティストとしての活動よりも、〈ロック・ネイション〉〈タイダル〉のCEOとしてのビジネス面ばかりが目立っていた彼が、実に4年振りにニュー・アルバムをリリースしたから、というだけではない。新作『4:44』の内容が、昨年ジェイ・Zの不貞を告発した妻ビヨンセのアルバム『レモネード』に対する返答や謝罪と言えるものだったからだ。多数のゲストを招きジャンル越境的なマキシマム・サウンドを鳴らした『レモネード』に対して、ジェイ・Z自身とノーI.D.の二人だけでプロデュースされた『4:44』はサンプリングとブーム・バップ主体の極めてシンプルなヒップホップ。リリック面でも、『レモネード』が夫の浮気というパーソナルな事象から、黒人、女性のエンパワーメントへ繋がっていく構成だったのに対し、『4:44』では自身の不貞や虚栄心といったパーソナルな主体性が黒人の歴史的苦難と渾然一体となってさらけ出されていく。そのジェイ・Zの語り口がもっとも端的に分かるのがこの“ザ・ストーリー・オブO.J.”。昨年ドラマにもなったOJ・シンプソン事件を参照し、奴隷制時代から現代までの黒人女性の系譜を歌ったニーナ・シモンの“フォー・ウィメン”をサンプリング。白黒アニメで表現されたヴィデオも、この曲におけるテーマを分かりやすく視覚的に表現してくれている。
2011年、オッド・フューチャーを引き連れて世界を席巻し、ゴキブリを食らってゲロを吐く“ヨンカーズ”でリスナーの度肝を抜いたタイラー・ザ・クリエイター。だが、その後の彼と言えば、こと音楽活動においては登場時のインパクトを超えられていなかった。それは、ポップ・ミュージック界全体の分業制への移行に目もくれず、ほぼ全てのトラックを自分でプロデュースし、ゲスト招聘の大半も身内の仲間で補う、あくまで我が道を行くアティチュードにも一因があっただろう。しかし、盟友フランク・オーシャンがクリエイティビティに一切妥協せず大傑作『ブロンド』をヒットさせ、映画『ムーンライト』のようにパーソナルで内省的な黒人アートの表現が市民権を得るようになった今、タイラーにも登場時とはまた別の追い風が吹き始めている。アメリカの緊急電話のナンバー「911」をタイトルに、「電話してくれ/俺の名前はロンリー、はじめまして」と始まるこの曲は、以前とさほど変わらない制作クレジットにも関わらず、プロダクションの豊かさにおいて過去最高を更新。彼の極私的な表現姿勢が、今新たなフェーズに突入しようとしている。
もしあなたが今、先月末にリリースされたロードの『メロドラマ』を愛聴しているなら、次に心待ちにするべきはセイント・ヴィンセントの新作だろう。チャンバー・ポップ的だった登場時から、前々作『ストレンジ・マーシー』ではメタリック&ブルージーにエレキ・ギターを弾きまくり、前作『セイント・ヴィンセント』ではデヴィッド・バーン譲りのダンス・ビートに身を委ね……と、作品ごとに驚くべき変貌を繰り返してきた彼女。待望の新曲は、ピアノをバックにしたシンプルな歌唱から徐々にビートとエフェクトが加わって重なり合い、大団円のカタルシスへと辿り着く、セイント・ヴィンセント史上もっともストレートに「ポップ」な一曲。一聴して、ロードの“グリーン・ライト”を髣髴させる曲調だな、と思っていたら、プロデュースにジャック・アントノフが参加とのこと。彼はファンのギタリストで、ソロ・プロジェクト=ブリーチャーズとしても活動し、『メロドラマ』全曲をロードと共作&共同プロデュースした才人。これから爆発的に仕事が増えそうなジャック・アントノフにもぜひ注目を。
ジェンダーの多様性に対する理解が一般的なものとなりつつある現代。アンドロジナス=両性具有的なポップ・ミュージックだって、今やそれであること自体がセンセーショナルな存在感に直結することはなくなり、多様なアーティストによる多様な表現へと移行していっている。2013年に女声とも男声ともつかないファルセット・ヴォイスでアンドロジナス・ポップの歴史に新たなページを加えたライが次章として選んだのは、よりインティメントでミニマルな表現だった。エレクトロニック・プロダクションをほぼゼロに抑え、ピアノ、ハンドクラップ、最小限のベース&ドラムだけで構成されるこの“プリーズ”では、オーヴァーダブ処理されたマイク・ミロシュの声の魅力がより生々しく伝わるようになった。ライの新作における親密なミニマリズムは、2017年を代表するアンドロジナス・ポップの傑作、パフューム・ジーニアス『ノー・シェイプ』のデカダンスと好対照を成している。
ダフト・パンク、新人をプロデュース! それだけで見出しとしては十分に引きがありそうな楽曲が〈キツネ〉から届けられた。“ゲット・ラッキー”と『ランダム・アクセス・メモリーズ』の大ヒット以降、ファレル・ウィリアムスのソロ、ウィークエンド、アーケイド・ファイアの来たるべき新作(トーマ・バンガルテルのみ)と、アメリカを代表する大物のプロダクションに携わってきたダフト・パンク。彼らがプロデュースした最新楽曲は、オーストラリア出身で現在はベルリンを拠点にしているという5人組の新鋭、パーセルズのニュー・シングルだ。スムース&ファンキーなギター・カッティングとタイトでグルーヴィなディスコ・ビートが絡むこの曲は、まさに“ゲット・ラッキー”直系の生音ダンス・ポップ。現行の潮流とは外れたところにありながら、ダフト・パンクらしさも〈キツネ〉らしさもあって、何だか微笑ましい気持ちになる佳曲。