2017年10月10日に開催された〈BETヒップホップ・アワード〉。その中で公開され、音楽業界に留まらず社会的にも話題騒然となっているのが、このエミネムによる完全アカペラ・フリースタイルの新曲(曲と呼べるかどうかは一旦置いておこう)だった。地元デトロイトの駐車場で撮られた映像には、エミネムがトランプを激烈に批判する様が何のバック・ミュージックもなく収められている。エミネム自身、これまでに何度もトランプを批判してきたし、YGやケンドリック・ラマーをはじめ、トランプ批判のラップを作ってきたラッパーはこれまでにも数えきれないほどいた。だが、この動画が今までにないほどの物議を醸しているのは、一つにはシンプルな作り故にエミネムの怒りがダイレクトに伝わってくるからだろう。また、〈ニューヨーク・タイムズ〉は、彼がラッパーでありながら白人で、郊外に住む白人が主なファン層であることから、トランプ支持者とも重なる層にまで届いたのではないかと分析。エミネムの異次元ラップ・スキルを改めて世に印象付ける、必見の動画。
ドレイクのストリーミング回数新記録樹立、フューチャーの二作品、二週連続一位等々、USヒップホップ界隈において、2017年は多くのチャート新記録が生まれた年だった。このカーディ・Bによるデビュー・シングルも、チャート上のある記録を19年振りに塗り替えた一曲。それは女性ラッパーの一位獲得記録で、ローリン・ヒルの98年曲“ドゥー・ワップ(ザット・シング)”以来、数週連続一位となると初めての記録だ。サウス・ブロンクス出身の貧困家庭に生まれ、ストリッパーとして生計を立てていたこともあるという彼女は、Instagramで話題を集めることで成り上がってきた、実に現代的な経歴の持ち主。その音楽性も今年旬のザ・トラップで、フロウはコダック・ブラックの“ノー・フロッキン”を意図的に借用するという今っぽさ。ジェンダー的な視点も含めて、まさに2017年の空気を体現するようなニュー・スターの誕生だ。
韓国のキース・エイプ、中国のハイヤー・ブラザーズ、インドネシアのリッチ・チガ等々、今、アジアのヒップホップ・アーティストには国内を超えて世界で注目される存在が少なくない。その紹介元として重要な役割を担っているのが〈88 rising〉というクルー(という呼び方でいいのかは不明だが)なのだが、そことも繋がりを持つ要注目のアーティストがこの女性。韓国系で現在はニューヨークを拠点とする彼女の新曲は、ヴァースを韓国語で歌っているにも関わらず〈ピッチフォーク〉や〈フェーダー〉等のメディアで軒並み絶賛されている。しかも、それが決して東洋へのオリエンタリズムではなく、純粋な音楽性の高さによる評価であることに大きな意味がある。ビートの抜き差しにトラップ・フィールを感じさせつつ、軽い酩酊感を醸す上音と囁くような声のレイヤーで彩ったプロダクションがとにかく完璧。彼女によるドレイク“パッションフルーツ”のリミックスも素晴らしいので、ぜひチェックを。
先日、〈サイン・マガジン〉で「フランク・オーシャン以降」という括りで5人のアーティストを紹介したが、ロンドンにはもう一人、その流れを汲むボーダー拡張型アーティストとして紹介したい女性がいる。それがこのニルファー・ヤニヤ。今年に入ってからリリースした数枚のシングルで、英米のメディアで話題となりつつある彼女の音楽は、音数が少なく簡素でありながら、一つのジャンルに留まらない豊かな音楽的素養を内包している。この最新曲は、ほぼギター一本で行っているライヴの感覚が反映された、シンプルなバッキング。だが、そのリズムやメロディからは、いわゆるフォークやシンガー・ソングライターものとは一線を画す非凡なセンスが感じられる。曲によってはよりR&B的なフィーリングの強い楽曲もあるが、総じてミニマルで折衷的。物憂げな声色も含め、彼女もキング・クルールの後を追う存在として見ることも可能だろう。
昨年、ハミルトン・リーサウザーが元ヴァンパイ・ウィークエンドのロスタムと組んで発表したアルバムは、個人的に昨年もっともよく聴いたインディ・ロック作品だった。ニューヨークのポップ・ミュージックの伝統を受け継ぎつつ、プロダクションを現代的にアップデートした同作は、聴くたびに改めてアメリカ音楽の豊かさに触れるような、素晴らしい一枚だった。そのハミルトン・リーサウザーが、同作以来となる新曲を発表。ゲストにはエンジェル・オルセンを迎え、ロックンロール以前のスタンダードやバロック・ポップを髣髴させるデュエットとなっている。ハミルトン・リーサウザーの狂おしい歌唱に応えるように、エンジェル・オルセンの歌声もかつてないほどに鬼気迫るような名演を見せている。