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  • チェルノブイリ(2019) directed by Craig Mazin by TSUYOSHI KIZU December 18, 2019 1
  • ザ・ランドロマット ―パナマ文書流出―(2019) directed by Steven Soderbergh by TSUYOSHI KIZU December 18, 2019 2
  • ルディ・レイ・ムーア(2019) directed by Craig Brewer by TSUYOSHI KIZU December 18, 2019 3
  • 冬時間のパリ(2018) directed by Olivier Assayas by TSUYOSHI KIZU December 18, 2019 4
  • 家族を想うとき(2019) directed by Ken Loach by TSUYOSHI KIZU December 18, 2019 5
  • なにか未曾有の事態が発生したとき、ひとはそう簡単に“事実”に直面することができない。それは“現実”とも、ときには“真実”とも言い換えることができるだろう。1986年4月26日に発生したチェルノブイリ原発事故を内部事情も含めて克明に描き、今年もっとも評価されたドラマとなった本作。事故の現場となった組織内で信じられないようなミスや暴挙があったこと、そして国家権力が隠蔽しようとしたある“事実”を容赦なくえぐり出していく。誰もが目の前で起きている酷い現実に向き合えなかったのだと。たしかに当時のソ連のどん詰まりの政治状況をあぶり出すものではあるが、組織ぐるみで“事実”を認めようとしなかったときに事態がどれだけ酷いことになるかを浮かび上がらせているという意味では、当然ソ連だけの問題ではないし、この問題意識がポスト・トゥルース時代のアメリカで求められるのはよくわかる。あるいはまた、どれだけ“事実”が酷かろうと、たしかに“事実”の力で問題に立ち向かった科学者たちがそこにいたことを示すことで、現代の気候変動問題に何が必要なのかを仄めかしてもいる。だからいま、本作を観るわたしたちは、過去の惨状を見ながら現代の絶望的状況を思わずにはいられない。それがどれだけ酷かろうと、その“事実”と向き合うことから始めなければならない。

  • 観る前はアダム・マッケイの台頭を意識してるんだろうかと思っていたのだけど、蓋を開けてみればじつにソダーバーグらしい一本に。つまり、スター俳優を揃えてゆるいノリでアメリカを解剖する、と。そもそもフィルモグラフィにおいて近現代アメリカ史のターニング・ポイントを押さえてきたソダーバーグだけに、現代の経済格差を象徴するパナマ文書問題を取り上げずにはいられなかったのだろう。世界の富をほんの一握りの人間が独占していることが糾弾されている昨今だけど、それをシリアスにでなく、あくまで軽く、少しばかり実験的に、しかもやや露悪的なタッチで浮かび上がらせる。そもそも演じているのが金持ちのハリウッド・スターたちですからね。そのねじれが何ともソダーバーグの底意地の悪さを示している。じゃあふざけているのかと言えばまったくそんなことはなく、来年の大統領選挙にハリウッドが向き合わなければならないイシューを突きつけつつ、アメリカ型資本主義の暴走に確実に憤慨している。

  • いやこれ最高でしょ。『ハッスル&フロウ』(2005)ではヒップホップを、『ブラック・スネーク・モーン』(2006)ではブルーズをその音楽の精神性も含めて鳴らしてきたクレイグ・ブリュワーが今回題材にしたのが、お下劣な下ネタ満載のコメディ・レコードや超低予算の自主制作映画『ドールマイト』(1975)で知られるルディ・レイ・ムーア。要は70年代のブラックスプロイテーションとファンクである。売れないコメディアンでしかなかったルディがドールマイトというペルソナ(いかがわしすぎるポン引き!)を得て人気を集めていく序盤からしてワクワクするが、何よりも、キャラの濃い仲間たちを集めてインディペンデント映画を制作する過程が多幸感に満ち満ちている。低俗でクオリティは低く批評家受けも最悪だったが、それでも『ドールマイト』はブラック・パワーのあまりにファンキーな打ち出しだったし、そしてのちの時代をたしかに作ったのだと本作は宣言する。エディ・マーフィーもここ10年での……いやもしかしたら今世紀ベスト・パフォーマンス。新しい時代はいつだってストリートのパーティから始まる。最高。

  • フランス映画界どころか、いまや現代映画界の異端児たるオリヴィエ・アサイヤスだが、本作はウディ・アレンをさらにハイコンテクスト&スノッブ&ハイブロウにしたようなコメディであり会話劇。お互い不倫しながら別れずにいるギョーム・カネとジュリエット・ビノシュ演じる夫婦を軸に、出版業界のデジタルへの移行、私小説において実在の人物を描く際の倫理、政治スキャンダルとメディア、離婚率の高い国で夫婦でい続けることの意味といった現代的な(そしてとても限定的な)話題がえんえんと繰り広げられる。これはつまり、現代の西欧社会の斜陽のなかで中年の男女たちが抱く漠然とした不安の見本市のようなものである。それをフランス的な恋愛劇と交えつつ、ある種スーパーフラットに羅列していく不遜さ。アサイヤスにしかできない芸当だろう。ヴァンサン・マケーニュはいつだって素晴らしいけど、その情けなさと愛くるしさのバランスが仕上がってきたような気がするのは僕だけ?

  • もちろんケン・ローチはいつだって厳しいまなざしで、庶民がこの社会から切り捨てられる過酷な現実を見つめてきた。しかしこんなにも……これはあまりにも……僕は映画が終わった瞬間、絶句するしかなかった。新自由主義が労働者を痛めつける様をここまで容赦なく捉えた映画がほかにあるか? 家族の絆と愛をたしかに立ち上げながら、政治がそれを叩き潰していることにこれほど怒りを見せた映画がほかにあるだろうか? ローチの映画で信じられてきた労働者同士の助け合いは、本作ではフランチャイズ契約とゼロ時間契約という巧妙な制度によってズタズタにされる。言葉をぶつけ合い、身体に傷を負い、涙を流しても、生活は何ひとつ楽にならない。助けを求めたくても、誰に助けを求めていいのかもわからない。これはたしかに2019年イギリスの現実。地べたを生きる者たちのリアル。ラスト・ショットの苛烈さ、その息の詰まるような画面は、現代社会から生々しく切り取られた窓にほかならない。

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