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  • エル ELLE(2016)
    directed by Paul Verhoeven by TSUYOSHI KIZU July 03, 2017 1
  • ワンダーウーマン(2017) directed by Patty Jenkins by TSUYOSHI KIZU July 03, 2017 2
  • ジョン・ウィック:チャプター2(2017) directed by Chad Stahelski by TSUYOSHI KIZU July 03, 2017 3
  • 君はひとりじゃない(2015) directed by Malgoska Szumowska by TSUYOSHI KIZU July 03, 2017 4
  • 甘き人生(2016) directed by Marco Bellocchio by TSUYOSHI KIZU July 03, 2017 5
  • いまもっとも生真面目に社会派であるトム・マッカーシーがドラマ『13の理由』で女性への暴力を重要なモチーフとしたのは、現在女性の権利があらためて見直され、訴えられていることと繋がっている。逆に言えばヤング・アダルトが社会派になる時代だということだ。では、もっとも不道徳な部類の作家であり続けてきたオランダの異才、ポール・ヴァーホーヴェンがレイプを描いたらどうなるか。結論から言えば、その回答例である『エル ELLE』は社会的正義などまったく度外視した、きわめてインモラルな――しかし、だからこそスリリングな一本となった。冒頭からレイプ・シーンで幕を開ける本作だが、主人公であり被害者であるミシェルはゲーム会社の社長であり、社会的にも経済的にも成功した人物である。彼女は39年前にも凄惨な暴力と関わった経験があることが次第に明らかになっていくのだが、つまり、暴力の被害者であることに留まらず、何らかの「権力」を得てきたキャラクターだということだ。だからレイプ被害に遭った彼女は被害者の立場に収まらず、しかし単純に犯人を見つけて復讐することもない。暴力を内面化し、性においてのパワー・ゲームをまるで愉しむかのように振る舞うのだ。次第に脆さを露呈する男たちと、「権力」をまとって輝くイザベル・ユペール。不道徳だがエレガントな、ある女の闘いについて。

  • 闘う女と言えば、近年のDCもののなかではなかなか評判のいい『ワンダーウーマン』。映画の時代設定は第一次世界大戦末期の1918年だが、その理由は婦人参政権運動初期と重ねるためだという(以前紹介した『未来を花束にして』と併せて観てください)。まさしく闘う女の象徴としてワンダーウーマンがここでピックアップされているということだ。肌を晒した鎧を身にまとい、男たちを置き去りにしてひとり戦場で舞うワンダーウーマン……を見て、痛快に思うと同時に、いま女はこれほど強く、かつ華麗であることが標榜されるのかと複雑な気持ちになりはする。もう少し「女たち」の共闘が見たくはあった。そういう意味では、ワンダーウーマンたるダイアナが生まれ育ったパラダイス島には男がひとりも存在せず、戦闘する女たちばかりが住んでいる様を映した前半パートがわりとしっかり描かれているところが本作のポイントだろう。そこは文字通り「楽園」だが、彼女はそこを後にして男たちによる暴力で支配し合う世界に立ち向かっていく。そのコントラストに現代性があるように感じられる。

  • では闘う男はどうかと言えば、ひたすら孤独に追いつめられていく殺し屋がここにいる。キアヌ・リーブスにとって久々の当たり役となったジョン・ウィックだ。スマッシュ・ヒットした前作以上に共闘ではなく孤軍奮闘になっているのは、男はひとりでしかエレガントに振る舞えないということなのか。それはともかく、このシリーズの肝は衣装だ。武器も含めて、何をどう着こなし、いかに効率よく美しく「仕事」を行うか。そうした美学は、キアヌが衣装を揃えていく過程にかなりの時間が割かれていることによく表れている。そして、舞台はあくまで一般人の世界とは関係ない裏社会であり(「社会的」ではまったくないということ)、そこではただただ見ていて気持ちいいアクションが繰り広げられるばかりだ。いま、男が闘うことの時代的な必然性のなさをこれほどまであっけらかんと逆手に取った例もなかなかないのではないか。そこに意味も何もない。ただ敵を殺し続けるだけのその単調さを、快楽にまで持ちこんだことにジョン・ウィックの輝きがある。ちなみに、本作では敵のひとりとしてコモンが出てきます。

  • 原題は『Body』、邦題の元となっているのは劇中歌である“ユール・ネヴァー・ウォーク・アローン”。フランク・シナトラやエルヴィス・プレスリーが歌い、英ロック・バンドであるジェリー&ザ・ペースメイカーズのヒットで知られるナンバーだ。人間の肉体と精神の関わりをテーマとした本作で、その歌が象徴的に使われているのはなぜか。この映画が「君はひとりじゃない」と言うとき、「君」の側にいるのは死者である。母を亡くし拒食症になってしまったオルガと、心を閉ざしてしまった父親のヤヌシュ。ふたりはお互いと母親の死を受け入れられないが、セラピストであり霊媒師でもある(!)中年女性アンヌと関わっていくことで、死んでしまった愛するひとの気配を感じ取っていく。オリヴィエ・アサイヤス『パーソナル・ショッパー』やヨアキム・トリアー『母の残像』など、いま、死者の記憶とともに生きることは重要なテーマとなっている。それだけ喪失感が漂う時代だということだろうが、だからこそスピリチュアルな意味での「声」に耳を澄ましたくなるのだろう。監督はポーランドの気鋭女性監督。新しい世代が明らかに台頭している。

  • 現代イタリア映画を代表するマルコ・ベロッキオによる本作は、本国で著名なジャーナリストであるマッシモ・グラメッリーニの自伝的小説の映画化だ。幼い頃に母親の死を経験したマッシモは、ひとを愛する気持ちを失い他人に無関心な人間となってしまうが、パニック障害となり、苦しみの根源と向き合うことで自分自身と向き合っていく……というのがおもな物語の軸。それに加えて、政治的な作風で知られるベロッキオらしい社会への視座が存在することは見逃せない。ジャーナリストであるマッシモは、経営者の自殺、紛争下のサラエボなどを目撃するが、それらとどう関わり、何を感じればいいのかわからない。つまり、戦後イタリア史を生々しく体験してきたはずのジャーナリストが、それを本当に「味わう」ことができなかった矛盾と悲しみがここでは描かれている。世界を認知するには、なにか愛が深く関わっているのだ。そして本作の感動は、心地いい空虚ではなく、苦難に満ちた愛を選んだ人間の姿が描かれていることにある。そのときにこそ、世界は開かれているのだと。

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