韓国でも日本でも、Netflix世界ランキングでも人気上昇中のシリーズ。法廷劇として一話ごとに事件が完結し、もどかしくも純粋な恋が生まれ、家族の秘密が明かされる——そんな王道ポイントを全部押さえつつ、主人公のウ・ヨンウ(パク・ウンビン)は自閉症スペクトラムの女性です。彼女の葛藤も取り上げられる社会問題も実にリアルで具体的、でもドラマの基調は軽やかでキュート。そこにやはり、どんなタイプの作品にも社会的なエッジを取り込んできた韓国エンタメの力を感じます。たとえば障害者や脱北者に向けられる差別的な言葉、ネットの書き込みには胸が苦しくなってしまう。しかもそこにとってつけたような解決は与えられず、判決は出ても、どうにも割り切れない部分が残されている。正義や真実を明らかにするというより、ただの「勝ち負け」になっている現代の裁判において、その結果を原告や被告となった人々がどう受け止め、どう生きていくか、という視点があるのです(もちろん、スカッとする展開の回もありますが)。おそらくはそれを表象するのが、ウ・ヨンウという人物像。ともあれ、毎週何が飛び出すのか、配信時間を心待ちにしています!
エリック・ロメールから続く、避暑地での「ひと夏の恋」の映画。ギヨーム・ブラック監督による『みんなのヴァカンス』は、そんなフランス夏映画の最新版です。ちょっとしたノスタルジーもありながら、21世紀のいまは中流の白人男女の会話劇ではなく、お金も余裕もないさまざまな人種の若者たちが描かれている。きっかけはパリ、セーヌ川のほとりで甘い時間を過ごしたフェリックスとアルマ。フェリックスはアルマを追いかけて南仏へ向かい、それに付き合うのがフェリックスの親友シェリフと、同乗アプリで知り合った白人の若者エドゥアールです。突然やってきたフェリックスに、アルマは気まぐれで自己中な女の顔を見せる。とはいえ男性にとって「ロマンティック」な行動も、女性には気味が悪いのはよくあること。このふたりの駆け引き、そしてシェリフと別の女性との出会いがプロットを牽引しつつ、結局はフェリックス、シェリフ、エドゥアールという3人の男の友情の話になっているところがいい。「負け組」のようなレッテルにこだわっていた3人が、同じテントで身を寄せて眠るうちに変わっていくのです。彼らのしょぼいヴァカンスに大笑いしながら、共感できるはず。
これも懐かしのサマー・ムーヴィ、といった体の作品。『ぼくのエリ』(2008)や『裏切りのサーカス』(2011)を手がけたトーマス・アルフレッドソン監督の新作が、意外にもスラップスティックな犯罪コメディなのです。登場する「イェンセン一味」は80年代からスウェーデンで愛されてきた、国民的怪盗団なのだとか。日本だと二十面相とかルパンになるんでしょうか。従来は3人の男性が中心メンバーだったところ、今回のリブートでは女性がひとり加わり、家族的な犯罪一味に。各自のスキルは高いものの、ちょっとしたミスで練りに練った計画が暴走していくところが楽しい。さらに、このシリーズではヨーロッパ各国のキャラをギャグにするのが伝統らしく、ここではスウェーデンとフィンランド、ロシアの関係が背景にある。ある「王冠」をめぐって、3国の支配の歴史や君主制/共和制の相違が浮かび上がってくるので、勉強にもなります。美術や衣装も可愛らしく、ちょっと昔のウェス・アンダーソン映画好きなんかにもチェックしてほしい一作です。
ハンガリーのイルディコー・エニェディ監督の前作『心と体と』(2017)は深く印象に残っています。ある男女がひとつの夢を共有し、そこでは「2頭の鹿」として寄り添えるのに、現実ではすれ違う——という不思議なラヴ・ストーリー。新作はミラン・フストの小説を原作にした、よりクラシックな大河ロマンスです。主人公は船長のヤコブ(ハイス・ナバー)。彼は20世紀初めのマルタ共和国に上陸し、最初にカフェに入ってきた女性、リジー(レア・セドゥ)と結婚します。そこからはパリやハンブルクに舞台を移しながら、あくまでヤコブ目線でリジーの官能的な魅力と、その「つかめなさ」がつづられる。エニェディ監督はリジーを開けることのできない素敵な小箱に例えて、こう語っています。「あなたは最初、繊細に開けようとします。次にナイフを使って試してみます。ハンマーを手にした時、箱そのものを破壊してしまうことに気がつくでしょう」。リジーがただのファム・ファタルではなく、ともに生きていく他者として存在するのは、この解釈があるから。恋愛における、相手を理解することと支配することのすれすれのライン、それもテーマのひとつかもしれません。『ユーフォリア』を手がけるマルツェル・レーブ撮影監督の映像がモダンな美しさを添えています。
いちばんのお手柄は、さかなクン役にのんをキャスティングしたこと! 男女にこだわらない曖昧さが、ちょっと現実離れしていて、だからこそ親しみやすいキャラクター/ストーリーに寄与しています。原作のさかなクンの自伝的エッセイからもぐっと自由になって、お魚の世界に魅了された主人公・ミー坊が日常の幾多のハードルを乗り越え、周りの人々もありのままのミー坊を認めていく物語になっている。そう、「好きなもの」って相手に押し付けるわけにいかないので、線引きやプレゼンが重要だし、そこに至るには失敗を重ねるのが普通。もしかすると自分ひとりで楽しむべきものかもしれない。本作にもそうした紆余曲折や逡巡がありながら、ひとつひとつの出会いがミー坊にとって、そして人々にとっても長いスパンで糧になっていくのに感動します。特に地元の不良たちとのやりとりは傑作。ひさびさに日本的なコメディ感覚を堪能しました。沖田修一監督、前田司郎脚本。