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6 FEET BENEATH THE MOON King Krule (Hostess) by JUNNOSUKE AMAI
YOSHIHARU KOBAYASHI
October 10, 2013
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6 FEET BENEATH THE MOON

「Blue」の記憶を受け継ぎ、荒々しい歌声で
ステップを踏む、痩身の若きハードボイルド。

キング・クルエルの前身名義であるズー・キッドの音源を聴くと、今に較べて線はやや細いが、その歌声はやはり天性のものであることがわかる。その苦くしゃがれたバリトン・ヴォイスから、トム・ウェイツやイアン・デューリー、さらにはドン・ヴァン・ヴリートを思い起こすことは容易い。

そのズー・キッドのバンドキャンプには、アーチー・マーシャル自身の造語で「Blue Wave」とタグに付されている。30年代のスタンダードからジョン・ルーリーやジェームス・チャンスまでフェイヴァリットに挙げるマーシャルのこと、その「Blue」がジャズを意識したものであることは間違いない。が、同時にマーシャルの音楽が喚起させるのは、ブルースの「Blue」でもあるだろう。かつてブルース・エイジのアフリカ系アメリカ人を襲ったのは、自分達には生まれたときから故郷の記憶が失われたことの憂鬱だったという。ロバート・ジョンソンはアメリカを放浪したのではなく、そもそも帰る場所がなかったのだ。そして、むしろブルースは、だからこそ様々な出会いと洗礼をへてポピュラー・ミュージックの故郷=ルーツとなり得た歩みを踏まえたとき、この早熟な音楽遍歴を披露する白人青年にも、その歴史の末席に座る権利は有されている――と見るのは、飛躍した思い込みだろうか。

マーシャルが登場時のベックを連想させたのは、華奢な童顔がライフルを抱えるようにアコギを構えた、そのどこか反動的な佇まいだけではない。ルーツ音楽の素養を窺わせる骨太なソングライティングに、ヒップホップのオールドスクールなビート、テープ・ディレイやダブ処理のアナログなプロダクション。何よりも雄弁すぎる歌い口は、NYのアンタイ・フォーク・シーンでならしたベックの荒々しいシンガー像と重なる。「僕の歌にはアメリカン・ソングのメロディと構造が根付いている。けど、音楽的な意味での僕の持ち味は、その構造の中に様々なサウンドやアイデアを反映させるところにある」。このベックの自己分析に対して、かたや、曲作りでジャズのサンプリングも使用してきたというマーシャルが、自身のスタイルについてどの程度意識的なのかはわからない。が、ミニマルなギター・アンビエンスとOFWGKTAを一枚絵に収めた“ハズ・ディス・ヒット?”、エディ・コクランがコントーションズとセッションするような“ア・リザード・ステイト”等からは、その豊富な音楽的語彙とこなれた折衷感覚が窺えるようだ。

また、ほとんど全曲でエンジニアリングを務めるアンディ・ラムゼーの名前も興味深い。ステレオラブのドラマーとして知られるラムゼーだが、近年はフリー・フォーク・ユニットのMV+EEとの共演が一際目を引く。マーシャルの志向/嗜好から察するに、それを把握した上でラムゼーを起用した可能性は十分あり得る。そこからマーシャルの音楽的展望に想像を巡らすことも、本作の聴き方として無意味ではないだろう。

文:天井潤之介

自らの内側に巣食う痛みや切なさをロマンティックに伝える、
暗い目をした吟遊詩人。その鮮烈な才能と悔やまれる時代の機運

キング・クルエルことアーチー・マーシャルが初めて大きな注目を浴びたのは、2011年の「キング・クルエルEP」。なかでも、“ヌース・オブ・ザ・ジャー・シティ”という曲は衝撃だった。とても16歳とは思えぬドスの効いた歌声と、そこにそっと寄り添うミニマムでメランコリックなサウンド。当時は甘美な陶酔に耽溺するチルウェイヴや暴力的なブロステップが勢力を伸ばしていたが、それらに背を向け、一人孤独に深い闇を見つめる彼の音楽は、恐ろしく鮮烈な印象を与えたのである。

それから2年、19歳の誕生日に送り出された1stアルバムでは、彼の音楽的な成長が手に取るようにわかる。とは言え、音数を絞りつつも、ジャズ、ヒップホップ、ダブ、ポストパンクの影響が染み込んだサウンド自体に大きな変化はない。だが、暗い洞窟の奥深くから響き渡ってくるロックンロール“イージー・イージー”、ノーウェイヴの衝動が宿った“ア・リザード・ステイト”、ブレイクビーツに乗せて情緒的な歌が揺らめく“ネプチューン・エステイト”など、「“ヌース~”とその他多数」という印象を拭い切れなかったEPと較べると、遥かに各曲の粒が立っている。そしてもちろん、アーチーの歌声は相変わらず強烈だ。この、やや口ごもっていて、泣き濡れているようにも感じられる声からは、彼がやるせない日常を生き抜く中で感じた痛みや悲しみ、怒り、そしてほのかなロマンティシズムが胸に迫るリアルさで伝わってくる。

英国ではリリックの美しさも称賛を浴びているが、その魅力の一端はアルバム・タイトルからも感じ取れるだろう。「月から6フィート下にいる」とは、憧れのものから6フィート離れたままずっと届かない、という意味らしい。月は常に見上げるものだから、憧れの対象の比喩というわけだ。こんなにロマンティックな表現で、自らの内側に巣食う痛みや切なさを伝えられる彼の言語感覚に、人々が魅了されるのもよくわかる。

もっとも、もしこれが世に出るのが後2年早ければ……と感じるのも確かだ。2011年当時、今と較べればまだ音楽的には稚拙だったかもしれないが、彼の暗い眼差しは新しい時代の機運を確かにつかんでいた。件のEPが出たのは英国各地で暴動が起こった時期と重なっていたため、アーチーは不満を抱える若者達の世代意識を代弁しているとされたのを覚えている人も多いだろう。一緒くたに語るのはあまりに乱暴だが、当時はジェイムス・ブレイクやThe xxの闇が新時代の象徴として持て囃され出した時期でもある。一方で、今乗りに乗っているディスクロージャーはパーティの興奮を味わっているが、内向的でも怒りにまみれているわけでもない。

10年後、20年後に振り返った時、こういった些細なタイミングなど問題ではない。後に評価されるのは、間違いなくEPより1stの方だろう。だが、この2013年というタイミングで、本作はどこか居場所を見つけられずにいるように感じられるのも事実なのだ。

文:小林祥晴

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