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RIVAL DEALER Burial (Beat) by AKIHIRO AOYAMA
YUSUKE KAWAMURA
December 20, 2013
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RIVAL DEALER

表舞台に出る事を極端に嫌ってきた孤高の音楽家が
歩を進めんとする「以前は想像すらできなかった世界」の始まり

ブリアルは『アントゥルー』のリリース以降、つまりは自身が思いがけず音楽シーンのリーディング・パーソンとして祭り上げられる事態になった2008年から2011年まで、長らくソロでのリリースを行わなかった。その期間は、ダブステップが一気に市民権を得てメジャー化していく期間とピッタリと重なる。また、2011年に沈黙を破ってリリースされたEP『ストリート・ヘイロー』以降、彼はほぼ1年ごと年末か年始にEPという形で作品をリリースする活動形態を続けている。EPというフォーマットと、年末年始のリリースに対するこだわりは、毎年この時期になると発表される各種メディアの年間ベストに収まり、周囲に騒がれることへの反発と勘ぐることもできる。もちろん、どんなに高額のギャラを提示されても一切ライヴをしない、インタヴューもほとんど行わないブリアルのことだから、本当の意図がどこにあるかは想像の域を超えるものではない。とは言え、大方の人が抱いてきたブリアルのイメージは、表舞台に出ることを極端に嫌い、決して自分を曝け出すことを良しとしない、徹底してアンダーグラウンドな音楽家といったもので間違いないだろう。僕も確かにそう思っていた。

しかし、この最新EPを聴くと、ブリアルが今何らかの心境の変化を迎えているのではないかと思わされる。タイトル・トラックの“ライヴァル・ディーラー”からして、かなり驚きの1曲だ。これまでのブリアル・サウンドと同じく甘美なヴォーカル・サンプリングで始まったかと思いきや、その後に続くのはかつてないほどに硬質で攻撃的なビート。これまでのEPでも、彼はハウスへの接近を何度か試みているが、ここにあるのはハウスというよりもテクノ。もっと言えば、ケミカル・ブラザースらビッグ・ビートの面影さえ思い起こさせる。ただ、そのビートは途中で何度も分断され、「This Is Who I Am」という呟きを間に挟んで次第にダビーなものへと変容していき、最終的にはビートレスで耽美な音世界へと終着し次曲“ハイダース”へと続く。

この2曲目にも驚きは待ち構えていて、桃源郷のようにアトモスフェリックな前半から、かつてないほどにシンプルでユーフォリックなダンス・ビートが50秒(2分30秒~3分20秒の間)だけ登場。そして、3曲目に収められた“カム・ダウン・トゥ・アス”でもその多幸感は地続きとなっており、狂おしいほどに切ない歌と旋律からダンス・フロアの恍惚を経由して、最終的には、成功の後にトランスジェンダーである事をカミングアウトした映画『マトリックス』3部作の監督=ラナ・ウォシャウスキーによる、2012年ヒューマン・ライツ・キャンペーン授賞式でのスピーチが引用される。この3曲には、過去のブリアル・サウンドをイメージづけていた、沈み込むように陰鬱な面影はない。かつて彼の音楽は「レイヴ・ミュージックへのレクイエム」と評されたが、ここで彼は鎮魂を歌うのではなく、レイヴ・ミュージックを自らの手で現代に蘇らせようとしているかのようにも見える。

ラナ・ウォシャウスキーのスピーチで最後に語られるのは、こんな言葉だ。「この部屋で私たちが想像したこの世界が、以前は想像すらできなかった他の部屋、他の世界へのアクセスを得るために使われるかもしれない」。部屋での想像(創造)を繰り返し、これまで頑なに外の世界を拒んできたかのように見えたブリアルは今、以前は想像すらできなかった他の世界へと足を踏み入れようとしているのだろうか。

文:青山晃大

第2期の幕開けか、そのキャリアにおいて岐路となるシングル。
が、リズムのキレはどこいった!

この作品をとりまく“リズムの不在感”、それはブリアルがその表現の軸足を大きく変えたということを指し示すものだ。ブリアルのこれまでのキャリア考える上で、じつはリズムは重要だった。そんな考えに逆に気づかされるほどの変化がそこにはある。

デビュー作“South London Boroughs”(2005年)と1stアルバム(2006年)は、そのリズムによって、その後のシーンの進化を指し示した。2000年代中ごろ、ヘヴィなハーフステップがリリースの中心となっていたシーンに対して、ブリアルが提示した2ステップ/UKガラージ・タイプの、ある意味で軽やかなリズムはダブステップにおける表現の多様性を示してみせたのだ。そのダーク&メランコリックなサウンドも、重すぎないそのリズムの上だからこそ生きたという部分は間違いなくある。2ndアルバム『アントゥルー』(2007年)は、その後、ハウス化するポスト・ダブステップ~ベース・ミュージックの雛形とも言える感覚がいま聴けば存分にある。とにかく、リズムにおいてさまざまなヒントを1stや2ndでシーンにバラまいてる。それはポスト・ダブステップの契機と言ってもいいだろう。

最新作『ライヴァル・ディーラー』は、10分超え2曲、5分弱の曲が1曲の計3曲入り、これが約30分のヴォリュームで展開する。楽曲は、前作にあたる1年前のシングル『トゥルーアント』にて到達した方法論をさらに発展させたものと言えるだろう。表題曲“ライヴァル・ディーラー”は、ジャングル~テクノ~アンビエントと、楽曲のなかでほぼ別の楽曲と言えそうな各パートがDJミックスのようにストーリーを伴って展開していく。他2曲も同様に、ひとつの楽曲のなかでその表情を大きく変える。サウンド的にも、すでにダブステップから遠く離れ、むしろ〈L.I.E.S〉や〈モダン・ラヴ〉が繰り広げているインダストリアル/電子音の冒険に近いと言えるだろう。しかし通して聴いてみて思うのは、ジャングルの援用という新機軸はあるもののリズムは、とにかくぞんざいに扱われているということだ。

このリズムの不在感というのは、この複雑化した構成がDJツールとしての価値を下げていると、そんな単純なことを言いたいのではない。おそらくだが、これまでも彼の楽曲がストレートなDJツールとして作られてたことは一度もない。彼はDJでもないし、どちらかと言えば、ダンスフロアとは一定の距離をとりながらもつかず離れずでクラブ・トラックのある種のリズム・フォーマットに寄り添いつつ楽曲を作り続けているアーティストであった。それでもダブステップとその周辺のDJカルチャーに間違いなく刺激を与えるほどの才能を持っていたというわけだ。

さて、その“リズムの不在感”はどこから来るのだろうか? リズムと言えばまず本作で浮かぶのが、“ライヴァル・ディーラー”における冒頭のダーク・コアのジャングル・リズム、そして中盤で鳴り響くハード・ミニマル・テクノの音だ。これが、これまでの彼の作品のリズムのような輝きをどうしても感じられないのだ。どこかぶっきらぼうで、どこか借りモノのようだ。ひとことで言うと「凝ってない」。ここ数年、さまざまな方法でジャングル/ドラムンベースのリメイクはシーンで顔を見せはじめているが、例えば朋友フォー・テットが最新作『ビューティフル・リワインド』で行ったジャングルの改訂やレーベル・メイトでもあるDJラシャドが『ダブル・カップ』にて行ったジュークとジャングルのミクスチャー、そういった楽曲のような新鮮な使い方をしているわけではない。この楽曲のその部分だけを切り取れば1992年の〈Reinforced〉あたりからリリースされててもおかしくなさそうだ。ハード・ミニマル・テクノのパートにしても、とってつけたような感覚がある。ブリアルが初期の作品で展開した2ステップ/ガラージの改訂リズムを考えると意外なほどにぞんざいだ。

また他の2曲、“ハイダー”にて突如でてくるニューウェイヴ的なリズムも、さらには“カム・ダウン・トゥ・アス”のかなりストレートなダウンテンポも、どちらも彼のこれまでの凝ったリズム使いからすればかなり異質と言えるだろう。この2曲のニューエイジ(最近のじゃなくて、まさに昔の)的な壮大な歌とシンセのラインも含めて、その借り物感やフェイク感は、まさかのヴェイパーウェイヴへの接近をも感じてしまう。この感覚は、たしかにこれまでの疾走するリズムのクールさの上ではなし得なかった表現かもしれない。そう、リズムの後退によって示された新たな表現がここにあることは間違いない。が、逆に言えばリズムが、彼の音楽をリードする要素では間違いなくなくなっている。

本作のリズムの感覚は彼の作品制作の方向性がはっきりと変化したことを如実に示している。2ndアルバムと『キンドレッド』あたりまでが第1期とすれば、前作で発芽したブリアルの第2期が本作で本格スタートとなったと言えるのではないだろうか。さて、どうなるのだろう。

文:河村祐介

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