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COMMUNIONS Communions (BIG LOVE) by RYUTARO AMANO
RYOTA TANAKA
August 21, 2015
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COMMUNIONS

コペンハーゲンからやってきた恐るべき子どもたちの一撃。
夏の陽光のようにまばゆいまでの輝きを放つ鮮烈なレコード

まるで流星のように、あるいは閃く稲光のようにどこからともなく突然現れて、日常という途切れることなく続いている不断の時間の流れに瞬間的な中断や停止をさしはさんでしまうような音楽がある。日々の生活に寄り添ったり、聞き手に安らぎを与えてくれるのではない、ある種の暴力性を伴った音楽。コミュニオンズ、という密室的な、宗教じみた奇妙な名前を携えてコペンハーゲンからやってきた恐るべき子どもたちのロック・ミュージックはつまりそういうたぐいの音楽で、それは雷光のように鮮烈であり、夏の陽光のようなまばゆい輝きを放っており、ぼくたちの目を一瞬にして眩ませてしまう。

彼らの音楽を耳にした(インディ・)ロックの歴史をよく知る大人たちは、もしかしたら眉をひそめて口々にこう言うかもしれない。「こんなものストーン・ローゼズのものまねだ」。「1980年代のポストパンクとなにがちがうんだ」。「〈I.R.S.〉のジャングル・ポップだ」。「いや、『C86』とか〈クリエイション〉のギター・ポップだ」。「いや、シューゲイザーだ」……。まあ、たしかにまちがっちゃいない。けれど、そういった言葉の数々にはびこっている貧しさや恐怖心のようなものを、大人よりも数倍鋭い嗅覚や聴覚を持った子どもたちはすぐに見抜いてしまうだろう。「それがなんだっていうんだ?」。コミュニオンズの4人と同世代のレイト・ティーン/アーリー・トゥエンティの君たちはそう言うにちがいない。とにかくそんな戯言は気にしなくていい。これが僕たちの音楽だ、と胸を張っていればそれでいい(それに君たちはYouTubeで繰り返し彼らの映像を見ているのだろうからよく知っているはずだ。彼ら4人のファッションが、レイヴの楽天性を身にまとっていたストーン・ローゼズのそれとはまったくちがうということを)。

言い訳めいたことはよして、〈ポッシュ・アイソレーション〉からリリースされたファーストEP、『コブルストーンズ』を思い出してみよう。そこにはハードコア・パンクの厳格さや熱気、それと同時にどこか陰鬱な翳りや苦悩、あるいは彼らが根城としたコペンハーゲンの〈メイヘム〉の冷気が息づいていた。『ソー・ロング・サン/ラヴ・スタンズ・スティル』のシングルを経て、バンドは大きく舵を切ったかのように思える。無邪気で愛らしいメロディと力強いフック、深いリヴァーブに包まれたジャングリーなサウンド、そしてまるで幼い子どものような中性的で繊細な響きを持ったマーティン・レホフのヴォーカル……。しかし、このセルフタイトルドEPに注意深く耳を澄ませば、その熱い息吹や影はそこかしこに感じられるはずだ。その熱気や翳りとはつまり彼ら自身の若さ、その刹那的な儚さを自ら慈しみながら讃えているかのような態度から滲み出たものである(それはけっして歪んだ自己愛ではない)。その肯定的な美しさにあふれたバンドの姿がレコードとして永遠に記録されているからこそこのEPは、直視できないほどのまばゆさを持っている。あの偉大なアイスエイジも聞き手を打ちのめしたロウワーもひとまず忘れさせてしまうほど強烈な輝きがここにはある。アメリカでもUKでもない場所からやってきたコミュニオンズが、20年前、30年前にプライマル・スクリームやジーザス・アンド・メリー・チェインやストーン・ローゼズが占めていたいまは空席のあの場所を奪い去っていくだろう日は、そう遠くはなさそう。

文:天野龍太郎

唯一でなく、天才でもなく。この世界にありふれた
宇宙一の青く眩き瞬間(そのひとつ)

この数年のインディ・クラブにおいて、ラスト・フォー・ユースと書かれたTシャツとの遭遇率といったら! もはや日本中の若者のすべてが、かのデニッシュ・バンドへと心酔しているのではと、一瞬思ってしまうほどの頻度であった。当然それは筆者の脳裏に浮かんだ蜃気楼である。されど、スノッブなキッズたちにとって、ラスト・フォー・ユースやアイスエイジ、セックスドロームといったバンドを輩出し、デンマークはコペンハーゲンのインディ・コミュニティを世界へと知らしめたレーベル〈ポッシュ・アイソレーション〉こそが、現在魂の拠り所のひとつであることは間違いないだろう。

アンダーグラウンドの業火とでも言うべきハードコアやインダストリアルに、隣国スウェーデンから〈シンシアリー・ユアーズ〉の意思を受け継ぐような眩いエレクトロ・サウンド――アヴァンギャルドからポップまでを共通の美意識で訴える〈ポッシュ・アイソレーション〉は、まさにインディ・レーベルの理想だ。個人的には、その魅力は、LCDサウンドシステム、ラプチャー、ブラック・ダイス、フアン・マクリーンという鉄壁の四枚看板で成立していた黎明期の〈DFA〉と同種のものだと理解している。また、自転車を主要の移動手段として、幾つもの運河と水路を挟み、10~20分圏内でヴェニューやスポットを移動できるというコペンハーゲン・シーンの成り立ちには、京都の音楽カルチャーとの近似を想像した。

17歳から21歳のメンバーによる4人組、コミュニオンズは、その年齡もさることながら、彼らの奏でるサウンドから、コペンハーゲンの末っ子たるチャームを発している。甘いギター・アルペジオ、印象的なベース・ライン、手数の多いドラム。そのアンサンブルには、初期ストーン・ローゼズが引き合いに出されていることも頷ける。その一音一音に胸の痛くなる青さが張り詰めている。そして、同郷のミューを思い出させるトーンの高い歌声が、ブルーをさらに鋭いものとしている。

この宇宙で自分たちがもっとも輝いているように思えること。勿論、それはまやかしである。だが、この世で最も素晴らしい勘違いだ。コペンハーゲンだけで起きているわけではない。世界中のローカル・タウンで毎晩繰り返されている、その場だけしか説得力を持ちえない高揚だ。だが、その渦中に居合わせてしまうことこそが、我々がインディ・ミュージックを追いかけ続ける理由ではなかろうか。今の瞬間だけの瞬きをとらえた今作は、それだけで何物にもかえがたい。以前〈ポッシュ・アイソレーション〉のオーナー、Loke Rahbekは、レーベルの展望について、こう語っている。「ひたすらに星を求めて」。どう考えても、かっこつけすぎである。

文:田中亮太

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