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FREE YOUR MIND Cut Copy (Universal) by AKIHIRO AOYAMA
YOSHIHARU KOBAYASHI
November 25, 2013
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FREE YOUR MIND

セカンド・サマー・オブ・ラヴの空気に染め上げた最新作で、
失われてしまったカット・コピー最大の魅力

本作からのリード・シングル“フリー・ユア・マインド”を初めて耳にした時の驚きは、なかなかのものだった。BPM120弱のハウス・ビートの上を軽快に跳ねるパーカッションやピアノにソウルフルな女性のバック・ヴォーカルと、幾重にも重ねられた音の端々から醸し出されるのは、80年代後半~90年代初頭の英国を席巻したセカンド・サマー・オブ・ラヴの息使い。以前はもっと清涼感のある歌声だったはずのダン・ウィットフォードのヴォーカルも、まるでヘドニズムの渦に身を委ねながらタンバリンを振っていた頃のボビー・ギレスピーのような変貌を遂げている。この鮮烈なシングルが予見させた通り、カット・コピーによる2年振りの最新4thアルバムは、全編をマッドチェスター~アシッド・ハウスへの憧憬に染め上げた1枚となった。

テーム・インパラやポンドを筆頭として、サイケデリアを身に纏った若手アーティストの台頭が著しいオーストラリア。同地のインディ・ダンス・シーンの顔役として10年以上のキャリアを誇るカット・コピーが、地元メルボルンのクラブ・シーンのムードを改めて吸い込んだ結果、90年前後の英国産サイケデリアを参照点として選び取った事実は確かに興味深い。今では同様の志向を持つピースやジャグワー・マーのようなバンドも登場し、本格的に90年代のリヴァイヴァル現象さえも起きそうな時代に突入しているのだから、彼らが今作で見せた方向転換は同時代性も十分に兼ね備えていると言えるだろう。しかし、どうしてもこのアルバムを諸手を上げて絶賛する気になれないのは、前の2作には確かにあったカット・コピー最大の魅力を本作からは感じ取ることができないからだ。

そもそも初歩的なPC操作の「カット」と「コピー」をバンド名に冠した彼らの一番の魅力は、時代に先んじたサウンドをクリエイトする先見性ではなく、同時代的なトレンドに更なるサウンド・エディットと卓越したメロディ・センスを加えて、見事なポップ・ソングの連なりによる美しいサウンドスケープへと昇華する手業にあった。サウンド自体は当時のインディとダンスのクロスオーヴァーや80年代シンセ・ポップ・リヴァイヴァル、あるいは主に北欧を中心としたバレアリック・ビート再興の流れと共振するもので、特段目新しい要素があったわけではない『イン・ゴースト・カラーズ』(08年)が彼らの最高傑作と名高いのは、間違いなく群を抜いた各曲の粒立ちと流れで聴かせるトータリティの高さゆえだろう。

しかし、最新作『フリー・ユア・マインド』での彼らの手業は、セカンド・サマー・オブ・ラヴの空気を完璧に再現してはいるものの、彼らなりの独自性は薄く、アルバムを通した流れも単調で、単なる模倣に終始してしまった感がある。前述の“フリー・ユア・マインド”や『テクニーク』の頃のニュー・オーダーを髣髴させる“ウィ・アー・エクスプローラーズ”、カットアップ処理されたホーンのループが鳴り響く“ミート・ミー・イン・ア・ハウス・オブ・ラヴ”など、曲単位では素晴らしいポップ・ソングも数曲あるだけに、彼らのトータル・コーディネートの上手さが今作では十分に発揮されなかった事が残念だ。

文:青山晃大

20年以上の時を超え、そっくりそのまま現代に蘇った、
セカンド・サマー・オブ・ラヴの空気

自分ではすっかり記憶の片隅に追いやっていたのだが、リアルタイムの2008年には「いまいち乗り切れない」と話していたらしいので、ここで思い切り手のひらを反してしまおう。カット・コピーの評価を一気に押し上げた名作『イン・ゴースト・カラーズ』は、今聴き直しても圧倒的に素晴らしい。キラキラと天から降り注ぐ美しいメロディに、60年代ソフト・ロック調の甘ったるいコーラス、そしてシューゲイザーの陶酔が入り混じったサウンドは、息を飲むほど甘美な世界を築き上げている。当時はエレクトロの文脈で捉えられていたバンドだが、そのしなやかなハウス・ビートはつんのめったエレクトロのキックの質感とは対極。共同プロデューサーに迎えた〈DFA〉のティム・ゴールズワージーの手腕もあったのか、全体にうっすらとサイケデリックなムードが塗されているのも心地よい。そう、このアルバムはまるでビーチ・ボーイズとマイ・ブラッディ・ヴァレンタインとハウス・ミュージックの饗宴。とめどなく溢れ出るユーフォリアは、聴き手を終わりなき白昼夢の王国へといざなっていた。

続く『ゾノスコープ』でも彼らは2ndの路線を踏襲していたが、曲の完成度や全体的なムードの美しさという点では、ややパワー・ダウンしていたのは否めない。となれば、この4thアルバム『フリー・ユア・マインド』で何かしらのテコ入れがされることは予想できていた。だが正直なところ、こう来るとは誰も思いも寄らなかったのではないか。何しろこれは、よくも悪くも2013年に蘇った『スクリーマデリカ』だからである。

一体彼らに何が起きたのか?と言いたくなるくらい、このアルバムはセカンド・サマー・オブ・ラヴの空気一色だ。明らかにアシッド・ハウスを意識したドラム・パターンとベース・ライン、懐かしい響きのピアノ・リフ、そしてダン・ウィットフォードのルーズな歌い方はまるで往年のショーン・ライダーかボビー・ギレスピーである。曲は明らかに前作よりも粒揃いで、プライマル・スクリーム“カム・トゥギャザー”の7インチ・ヴァージョンを思い起こさせる“フリー・ユア・マインド”は、彼らの新たなアンセムのひとつとして名を連ねることになるだろう。もうひとつのリード・トラック、“レット・ミー・ショー・ユア・ラヴ”における、スローなグルーヴとアシッドにうねるシンセがじわじわと熱を帯びていく曲展開も強烈なカタルシスだ。音楽的な完成度だけを見れば、これは『イン・ゴースト・カラーズ』に次ぐか、肩を並べるくらいの傑作だと言っていい。

しかし、本作でただ一点だけ気にかかるのは、あまりにも80年代末のヴァイブそのままであることだ。このアルバムに充満している絶大な多幸感や開放的なフィーリングは、決して悪いわけではない。ただやはり、プライマル・スクリームの“ハイヤー・ザン・ザ・サン”を連想させるタイトルを持った曲、“ウォーキング・イン・ザ・スカイ”というユーフォリックなバラードの中で、「フリー・ユア・マインド=己を開放せよ」と繰り返されたりすると、はて、今はいつの時代だろうと前後不覚の状態に陥ってしまう。ここでは明らかに、ダン・ウィットフォードの瞳孔は大きく開いている。

例えば同郷の後輩ジャグワー・マーもセカンド・サマー・オブ・ラヴを大きな参照点としているが、彼らのアルバム『ハウリン』には内省的なフィーリングも混じり込んでいた。また、ピースも同じ時代への愛情を共有しているものの、ブリットポップやUSオルタナなどとごちゃ混ぜにそれを扱うような遠近感の欠如に、むしろ現代性が感じられる。だが彼らに較べると、カット・コピーのやり方はあまりにも屈託がない。このレコードが鳴っている間だけは、時代は90年頃へと逆戻りしているのだ。

文:小林祥晴

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