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RARE Selena Gomez (Universal) by MARI HAGIHARA
KENTA TERUNUMA
February 10, 2020
RARE

重かった心と体が、また再び動きだす喜び。アーティストとして
セレーナ・ゴメスは、「ヴァルネラブルであること」を選んだ

「こんなにポップ・ソングが歌い手の実生活と密着してていいのかな」という思いは、もういまや老婆心でしかない。昨年“ルーズ・ユー・トゥ・ラヴ・ミー”がセレーナにとって初の全米No.1になったのは、彼女がジャスティン・ビーバーのことを歌っていたから。恋の毒、傷、悲しみ、それを乗り越えて過去にすること。スキャンダルもSNSも全部引き受けてこそポップ・スターである時代だとわかっていても、やっぱりセレーナがここ数年苦しんできた姿を「自分を愛するためにあなたを失うしかなかった」という歌詞に重ねるのはちょっとつらかった。「私の曲でコーラスをぞんざいに歌うあなた」とか、リアルすぎ。そういうのを差し引いても、いい曲なんですけどね。ただ、だからこそ、同じテーマ「セルフ・ラブ」に貫かれたセレーナの新作アルバム『レア』では、もっと肩の力が抜けた曲のほうが楽しめる気がする。

ジャスティン・ビーバーと別れてはよりを戻し、難病と鬱を患い、ここ数年は特に、チャイルド・スターとして始まった人生のさまざまな問題をくぐり抜けてきたセレーナ。2017年にリリースした“バッド・ライアー”の素晴らしさは、トーキング・ヘッズ“サイコキラー”のベースラインをサンプリングしたからでも、セレーナがインディ・ポップの領域に踏み出したからでもなく、そんな時期に「恋が始まるときの感覚」を軽快に、ちょっとナスティに歌っていたことにある。あの名曲は少し腰を揺らしながら、周りの景色を楽しみながら、歩いていくのにぴったりのサウンドトラックだった。

『レア』にもほとんどの曲調にあの感覚がある。ミッドテンポで音数少なく、軽やかに、スロウダウンして楽しむ感覚。とはいえ、歌詞は重め。オープニング・トラックの“レア”では自分に関心を失った恋人と冷めかけた恋を「トースターの中で焦げていくトースト」に例えてみせる。逆に“ダンス・アゲイン”では重荷から解放され、エモーションを取り戻し、また踊りだす喜びが歌われる。「こうやってダンスすることが、こんなに気持ちいいなんて」と。この曲でも、タイトル通りの曲“ヴァルネラブル”でも宣言されるように、これがいまセレーナがアーティストとして出した答えなのだろう。自分を隠さないこと、どんなに傷ついていても「ヴァルネラブル=感情を開いたまま」にすること。そしてそれをドラマチックに盛り上げるというより、楽しくて直感的なポップ・ソングで軽快に歌うこと。このアルバムにはまだ洗練されていない曲も、スケッチのような曲もあるけれど、彼女が選んだスタイルはたぶん正しい。とても大変な道ではあるけれど、きっとこれまでの経験が彼女を支えるはず。これは、セレーナ・ゴメスという20年のキャリアを持つアーティストの新境地なのだ。

文:萩原麻理

アルバムを通して描かれる
“解決しない問題”への向き合い方

あまりにもゴシップ的な歌詞を持つ先行曲“ルーズ・ユー・トゥ・ラヴ・ミー“に辟易したリスナーも、アルバムを通して聴けばきっとその印象を新たなものにすることだろう。

セレーナ・ゴメスのソロ3作目となるアルバム『レア』は、所謂“「本当の私」をさらけ出した”という作品だ。前作『リヴァイヴァル』もそんな触れ込みだったはずのアルバムだが、すでになかったことになっているらしい。……なんて、意地悪い言い方のように聞こえるかもしれないが、決して非難する意図はない。ポップ・スターがそうした“正直”な作品を何枚かリリースするのは珍しいことではないし、何よりも自己認識や人の考えなんて日々変わるものだからだ。

そしてそれと同時に、人は“繰り返す”生き物でもある。変われたと思っても、また元どおり。窓を突き破ってもまた次の窓。ドアを開けて回っていたはずが最初の扉に戻っていたなんてことは、よくある話だ。とくに恋愛と失恋はその最たる例だろう。

おそらく本作は「セレーナ・ゴメスがジャスティン・ビーバーとの長年にわたる恋愛に区切りをつけ、次のフェーズに進んだアルバムだ」と記憶されるだろうし、実際にそれは間違ってはいない。しかし、このアルバムがユニークなのは“決して解決していない”という点だ。アルバムの曲順通りに本作を聴くことで得られるのは「落ち込んだりもした。でも、やっと新しい私に出会えた。昨日までの私さようなら」という、ハッピー・エンドの予感を孕んだポジティヴなフィーリングだ。しかし、ディテールに目を向ければ、本作の中には何度かの恋が見て取れる。「かつて燃え上がった恋愛が冷え切り、失われ、悲しみに打ちひしがれた。しかし徐々に回復し、新しい恋が訪れる。そして再びそれを失うも、どうにか立ち上がる」というストーリーラインが見えてくるはずだ。

つまり、本作は“これから先、失敗と喪失を何度も繰り返す”ことが仄めかされたアルバムとも言えるということだ。

あまりにドライな割り切りかもしれないが、ここで描かれる“恋愛”を“(他者への)依存”と捉えたらどうだろうか? アルコール、砂糖、非合法なドラッグ、ギャンブルなど、私たちの周りには多くの“依存”が存在している。それに伴う問題が表面化するたびに、私たちはリハビリし、離脱症状に苦しみ、時には再び依存に陥ったりを繰り返す。それはただの堂々巡りかもしれない。しかし、ドリルが一周するごとに少しずつ前に進むように、少しずつ前に進めていると信じることもできるだろう。

依存に限らず、この世界には解決しない問題が山積している。そこに向き合い、克服しようとするとき、本作のような音楽(ダンスが気持ちを変えるという“レット・ミー・ゲット・ミー”の描写は見事だ)や、自分を愛する態度(“レア”のセルフボーストと最終曲“ア・スウィーター・プレイス”に耳を澄まそう)は、きっと大きな役割を果たすことだろう。

ミニマリスティックな音像でポスト・ジャンル的な楽曲を鳴らす本作のサウンドは特別に新しいものではないが、MDMAが効く様子を音と言葉で見事に表現したザ・ストリーツ“ブラインデッド・バイ・ザ・ライツ”のように、リリックとその気分の乖離やシンクロを適格に描いてみせている。

このレコードは決して派手ではないが、この2020年に“アルバム”というフォーマットの意義と音楽の力を提示する貴重な作品だ。そしてそんな作品がしっかりとチャート・アクションを得られたことは、2020年最初の良いニュースのひとつだろう。

文:照沼健太

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